東方幻想今日紀 四十一話  引き戸をスパーンとな

ナズーリン!」

思い切り引き戸を開け放した。
そこには座って本を片手に半目のナズーリンがいた。
あれ?何か機嫌悪い?

「リア。入るときは一声掛けてくれ。
 全く、例えば私が着替えていたらどうするつもりなんだ?」

仏頂面で抑揚の少ない声でナズーリンが言う。

あ、そっか。ノックを完全に忘れていた。
「いや、ごめん。でも大変なんだ!」

そう、広間に集まってもらわなきゃ。

「まあわかれば良い。で、一体何なんだい?用事とは。」
「とにかく広間に来て!!すぐわかるから!」
「あ、おいリア!?」

俺は彼女の手を強く引いた。
彼女は軽く面食らったもののすぐに付いて来た。

一緒に廊下を走った。早く見せてあげたい。
きっと彼女も彼の存在を知っているだろうから。

「そんなに急いでるのは・・・よっぽどの事なのか?」

走りながらナズーリンが訊いてきた。
顔が曇っている。
いかん。悪いことだと思っている。ちゃんと言わなきゃ。

「いや、朗報なんだよ!凄く良い話!びっくりするよ!」
「ふうん・・・そうか、それは楽しみだな・・・。
 あと、もう一つ良いかい?」

はたと彼女が立ち止まった。自分も止まる。
何故か少し伏し目がちに訊くナズーリン。どうしたんだろう?

「?うん、どうしたの?」

「いや・・・手、繋ぎっ放しなんだが・・・。」
「っ!ごめっ・・・!!」


慌てて手を離した。まさか繋ぎっぱなしだったとは・・。
やばい、恥ずかしくて顔が熱い・・・。

急に我に返った。

「あ、いや、別に君がいいならいいんだが・・・?」
「ごめんなさいっ!そういうつもりは無かったんだ!」


俺が全力で謝るとナズーリンは軽く嘆息して、

「・・はあ。そんな事はわかっている。
 全く・・君というやつは・・・馬鹿か。
 そんなに遠慮する事は無いんだが・・・・。ほら。」

と言って微笑んで手を差し伸べてきた・・ってあれ?

「・・・その手は?」

「・・広間まで案内してくれるんだろう?
 ならば私の手を引いて案内をしてくれないか?」

彼女はさも当然のように、
しかしわずかにはにかみながら言った。

「っ・・!」
「ほら早く。急ぎなんだろう?私も気になる。」

ナズーリンが急かす。

「・・うん。」

緊張の面持ちで彼女の手を浅く握る。
その瞬間、彼女の手が俺の手をしっかりと握り返してきた。
彼女の手は小さくて、少し暖かかった。


今度はさっきよりも優しくその手を握って渡り廊下を歩いた。
彼女は一言も発しなかったが、どんな表情かは大体想像が付く。
自分も一言も発しなかった。緊張で頬が強張っている。
しばしの沈黙、しかし空気は重くなかった。



・・この時間が、永遠に続けばいいのに。
ぼんやりとそんな事を思った。



そんなこんなで、歩みは進み。

広間のふすまの前に来たとき、彼女は俺の手を離した。
刹那、ぼんやりとした意識が引き戻された。

手から暖かい感触がすっと引いていくのを感じた。
その瞬間、少し寂しさに似た感情を覚えた。

それが手を離したのが他の人に見られたくないから、
というのがわかっていてもだ。

「さあ、入ろう。」
「ああ、そうだね。」

「そういえば何か忘れていることは無いかい?」
「いや、無いよ。何で?」
「どうせ君の事だから何か大事なことを
 忘れているんじゃないかと思ってな。」
「うわ、ひどい。」

お互いにいつもの調子に戻る。
そうだよ、もっと遠慮が無い方がいいよね。
さっきまで変にどぎまぎしちゃって
変なスイッチが入りそうだったからね!

ふすまを開けて入った。
そこには先ほどの聖さん、ムラサさん、
命蓮さん、一輪さん、ぬえさんが座っていた。
そして明らかに皆彼に詰問していた。
命蓮さんめっちゃ困っとるがな。やめたげてよ。

「みょ、命蓮っ!!!?」
横でナズーリンが素っ頓狂な声を上げた。
というか叫んだ。耳痛い。キーンって言ってる。

ナズーリンは口が半開きになって目を丸くしていた。
こういう顔は普段見ないだけにちょっと新鮮だ。

すぐに彼女は命蓮さんに詰め寄った。
そして頬を引っ張った。おい。彼に何してんの。

「うわ、本物じゃないか・・・蝋人形とかじゃないよな?」

どういう喩えだ。いきなり頬を引っ張ってあの発言とか
酷すぎるでしょ。俺だったら涙目になる。多分。

「あはは、ナズーリン、久しぶりに見た割に
 見た目は大して成長してませんね。
 ちゃんと食べ物は摂っていますか?」

「うるさい。放っとけ、私は千年程前からさほど見た目は
 変わっていないんだ。つまり若いままなん・・だっ・・・。」

ナズーリンが強く彼の頬を引っ張る。
凄く声に力が篭もっている。
多分成長していない事を気にしてるんだな。
結構見た目は幼めだものなあ。

「だって胸も小さくて背もさほど高くなくて、心配になっ・・
 いたたっ、痛いですよ、そんなに引っ張ったら。伸びます。」

「伸びろ。いっそ私が今ここで使い物にならなくしてやろうか。」
ナズーリンが凄む。顔が怖い。

二人で過激なスキンシップ(?)をしているのを見ていると、
ムラサさんが話しかけてきた。

「ねえ、小傘はどうしたの?いなかった?」
「え・・小傘?・・・あ。」

ふふふ、完全に忘れていた。

「はい、リア君行ってらっしゃい!」
「イエス!大至急行って参りますっ!!」

という訳で俺はまた渡り廊下を
ダッシュで走ることになりました。

本当に何かを忘れていてびっくりですよもう。


つづけ