東方幻想今日紀 四十話  どこかで見た弟さん

「ただいまー・・・。」

「お帰りリア君!お疲れ様!
 お茶でも淹れようか?それともお煎餅でも食べる?」

寺子屋から帰るとムラサさんが凄く上機嫌だった。
わざわざ玄関に出て迎えに来るなんて。
何か企んでいそうで怖いが、よく考えたら
ナズや丙さんや彼我さんじゃあるまいし、
ムラサさんがそんな事をするはずは無いだろう。

「・・えらく上機嫌ですねー、どうしたんですか?」
「えっとねー、実は・・・・福引で温泉旅行が当たったの!」

「・・・ああ。」
「あれ?」

何だ、温泉旅行か。
・・・温泉りょ・・・・!

「ええ!本当ですか!?」
「え、反応遅くない・・?」

珍しいな。というかまだここに来て一ヶ月だから
珍しいも何も無いんだけれどね。
おお、皆で外出は楽しそうだな・・・。

・・でも、一つ問題が。
温泉で一人とか退屈なんですが。
要するに俺だけぼっちになる訳で。
その辺は一応確認しておこう。

「あのー、混浴ですか?」

俺がそう言ったら、ムラサさんが軽くにやけだした。
「あれ、リア君やっぱり気になっちゃう?
 まあ、お年頃だし仕方無いんだけれどさー・・・。」

待て。大いに誤解されてるじゃないか。

「ちがっ、俺はただ単に一人は嫌だって言うわけで・・・。」
「リア君、顔が赤い時点で説得力無いよ・・?」

ああ、もう何で解ってくれないかなあ!
いや、そっちもあるけど少しだけ!いや、本当に少しだけ!

「はあ、残念ながら混浴じゃないよ。からかってごめんね。」
「いや、だから・・・」


カラカラ


俺がここまで言ったところで後から控えめに引き戸を
引く様な音がした。あれ、誰か来たのかな?

そしてムラサさんが急に目を丸くして唖然とした。
口が軽く開きっ放しになっている。え?どうしたの?

恐る恐る後ろを振り返ってみた。

そこには俺より少し背の高い二十歳にならない位の
紫と金色のグラデーションがかかった髪の青年がいた。
その髪型と独特な優しそうな目元から
すぐにどういった人かわかった。

その青年は少し周りを見回して、こう言った。
「あのー・・・ここが・・・命蓮寺ですか?」

「ええ、そうで・・」
「命蓮っ!!?どうしてここにっ!!?」

俺の言葉を遮ってムラサさんが軽く叫ぶ。
あの人は命蓮というのか。あれ、この寺の名前?
聖さんの兄兼師範、みたいな感じだろうか?

「え、ああこんにちはムラサさん、久しいですね。
 詳し経緯は皆の前で話したいんです。後で話します。
 えっと・・そちらの方は・・・?」

ああ、俺か。
「えっと、リアって言います。
 ここで居候をしています・・。」

「リアさんですか。初めまして。聖 命蓮と申します。」

その恭しい感じは見ているこっちが
背筋か引き締まるくらいだった。

「あ、命蓮・・・・とりあえずあ、上がって・・?」
「え、ええお邪魔します・・。」

ムラサさんの目は完全に命蓮さんに注がれていた。
しかもまだ信じられないような、
狐につままれたかのような顔をしてまじまじと見ている。

・・・どうも様子がおかしいな。

あとさっきから足音がする。かなり急いでいるみたいだ。

そう思った瞬間に渡り廊下の向こうに聖さんの姿が見えた。
そして走り寄って来て、ぎゅっ、という擬音が
聞こえてくるくらい強く彼を抱きしめた。

「ああ、命蓮っ・・・!!」
「・・・姉さん・・ただいま・・・!」

ああ、弟なのか。
良く見ると聖さんの目からは止め処なく涙が流れている。
命蓮さんも感無量そうに目を細めていた。

どうも尋常ではない。
・・長い間家出でもしていたのだろうか?

俺はムラサさんと場所を移動して近くの和室に来た。
そしてその事をムラサさんに訊いた。

「命蓮さん、家出でもされてたんですか?」
「・・そっか、リア君、知らないんだもんね・・。」

いい、良く聞いて、とムラサさんは前置きをして話し始めた。

「・・そう、聖白蓮には、弟がいたの・・・。
 真面目で、それこそ聖を鏡に映したように
 慈愛に満ちていた弟がね・・。」

「・・・いた・・?」
いた、って・・過去形?

「そう、彼女の弟は今から数百年前、亡くなったの。
 死因は私にもわからない。聖に訊くわけにも行かないし・・。
 そんな彼を偲んでこの寺を彼の名前にしたの。
 ・・でも、もしかしたら亡くなっていなかったかもしれない。
 そんなのはわからない。蘇生しただけかも知れない。」

「・・・蘇生なんて出来るんですか・・?」

「だから、憶測。そんなの私にわかるわけないじゃん。
 でも、何にせよ死んだと思われた彼がこうして生きて
 私達の前にいるんだ。それでいいじゃない。
 正直、私だってこの上なくびっくりしているよ。
 信じられない。でも、見て、あんなに幸せそう。」

ムラサさんはふすまの向こうを指差した。
そこには幸せそうに歓談している二人の姿があった。

蕩けんばかりの笑顔で話を交わしていた。

「・・・そうですね。
 何であれ、こうして再開出来て良かったですね。」

そういう形の幸せもあるのか。
亡くなったと思われた弟が・・生きていた。
不可解だけど、いいよね。

ムラサさんも死を経験しているからその辛さ、
悲しみも知っているんだろうな。
そういうことも汲み取れる彼女の言うことは
理に叶っていない訳が無い。

ムラサさんが飛び切りの笑顔で言った。

「そういう事。さ、皆を集めて広間に行こう?
 私はぬえと一輪を呼んでくるから
 リア君は小傘とナズを呼んできて。そんで広間に集合ね。」

「はい!」



俺は軽い足取りで渡り廊下を走り抜けた。


つづけ