東方幻想今日紀 九十五話  十四夜の夜

・・俺はあのウサギの子を取り逃がした。

でも、結果的に竹林から出られたし、いいか。
・・それに彼女の悪戯だっただけで、命も助かったわけだ。




・・・つまりまた、命蓮寺に戻って来れた訳だ。



・・しかも、刻印の時間稼ぎまで出来た。
やることもやって、幸先はとても良い。



・・でも、妖怪化の糸口は相変わらず掴めず、
元の世界に戻れる目処も立っていない。



・・まあ、とにかく収穫は一杯あった。
・・・これでいいんだ。焦る必要なんか無い・・。





・・そんな事を考えていたら、命蓮寺の門の前に着いた。





・・・何度見たことだろうか。
・・・何度見たかっただろうか。



寺子屋から戻ってくる時、毎回目にする場所。

シャクナゲさんと別れてたどり着いた時に目にした場所。



たくさんの感慨を抱きながら、命蓮寺の中へ歩を進めた。








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「・・・で、篭をどこかに置いて来た訳か。」

「あ・・・鈴仙さんに材料と一緒に・・・。」



ネズミ耳の少女の口からふっと憂き気な息が漏れる。




「・・まあ、それは構わない。無事に渡せたのだからな。
 それにどうせ君の事だから篭を忘れたまま
 平気で戻ってくるだろうと思っていたよ。」



彼女の言葉そのものとは裏腹に、言い方に棘は無かった。




・・じゃあ何で普段四時起きなのに
こんな時間まで起きてたんだよ・・。


・・まあ、ある意味で信用してくれてた・・・のかな?


それに、お茶まで用意しててくれて・・・。
温かいのは淹れたばかりだからかな・・・。


軽く湯気が立ったお茶をすすった。
汗が冷えて猛烈に冷たくなった体が温まるような、お茶を。



「・・・で、その『ある考え』は実行できたのかい?」


仕切り直す様に彼女は告げた。


そっか・・そういえば内容を言ってなかったな・・。
詮索しなかったしな・・。

下手に踏み入らない所が彼女らしい。
凄く助かるし、変に気を使わずに済む。

やっぱり、それは長く生きているからだろうか?




もちろん、ある事とは刻印をどうにかして貰うということ。
腕を固めるつもりだったのだが、もっと手軽に済んでしまった。


・・というか、腕を固めても止まらなかっただろうし。


「うん。刻印をしばらく止めてもらった。」

「えっ・・そんな事が出来るのかい!?」




声を上ずらせて驚くナズーリン


そんな彼女の顔を得意気に見ながら、俺は続けた。



「刻印の正体がわかった。あと、刻印の犯人像もわかった。
 ・・明日、みんなの前でそれを話そうと思うんだ。」


彼女は話を前に乗り出して瞼を動かさずに聞いていた。
・・小動物的なその姿はちょっとかわいかった。


「・・そうか、明日それを聞こう。」


口ではそう言うものの、聞きたくて仕方ない、といった顔だった。
口許が軽く動いて、長い灰色の尻尾もぴょんぴょん動いて、
いかにもうずうずとした様子だ。


・・かわいい・・。




・・こんな様子を見てると、つい虐めたくなってしまう。

よし、焦らそう。



「やっぱどうしようかな?話すのやめようかな?」
「まあ・・・君がいいならそれでも構わないが・・」


発言とは反対に、ちょっときつい目つきになった。
同時に、何かを訴えるような目。

・・やめて、お願い話してと目は言っている。


うっわー・・可愛い!
この潤んだ目・・・・

もうだめ・・もっと虐めたくなっちゃう・・・!!



俺は満面の笑顔でこんな事を言った。

「・・やっぱり、ナズーリンがいない所で誰かに話すよ!」










・・結局その夜は顎と腰とあばらと頬、
とにかく全部痛かった。

・・よく眠れませんでしたよ。




ちなみに丙さんはまだ帰ってきていないらしかった。
何か思い詰める事でもあったのかもしれない。

・・でも、どこかで生きている。

ここに来ないだけで、どこかにいる。


皆、誰もがそう信じている。


・・・だから、帰ってきた時は温かく迎えよう。







後日、寺子屋から帰って皆でご飯を食べた後、
そこでそのまま話をすることにした。時刻は七時。



「・・・さて、昨日俺が集めた情報をまとめてみたよ!」


妖夢さん含む、命蓮寺の皆で大きな卓袱台を囲み、
・・そして、向こうにいる俺が黒板を軽くバンと叩いた。


命蓮寺の物置にチョークと黒板があったので、
それっぽく説明をみんなの前でしてみた。



慧音先生が野狐の面倒をかなり見ていることもあって、
仕事量だけはもう助教師というよりは真っ当な教師みたいなものだ。


だから、黒板に書く字はかなり綺麗だし、わかりやすく説明も出来る。

教師としてのスキルがだいぶ身についてきたのだ。



一呼吸置いて、俺は人差し指をぴんと立てて説明を始めた。



「まず、刻印の犯人について、大体の消息と犯人像がわかった。
 ・・・最初に、犯人は幻想郷以外の者だという事だ。」


「えっ・・・そうなの・・!?」
「・・・どうしてそんな事が解るんですか・・?」


「・・・根拠は、この刻印の正体がどうやら疫病のような物を
 意図的発生させている奴がいて、その病の元が刻印として、
 わかり易い形で表しているんだ。
 ・・勿論、河童はそんな高度な技術は持っていないし、
 何よりもそんな事をする動機がない。だから幻想郷の外の奴になる。」


黒板に幻想郷、それとばい菌のようなもの、
河童と宇宙人のようなものを描いて説明をした。



勿論、河童が高度な技術を担っている、というのは
寺子屋の授業で俺が事前学習した内容の一つだ。

その時は俺が幻想郷に初めて来た頃に会った、
にとりさんを思い出したものだ。



「なるほど・・・だが、君はわかり易い形で、と言ったな。
 つまり刻印が無くてもその病で人妖が消えていく事になる。
 その話し振りから察するに、わざと刻印を付けている様に
 聞こえるんだが・・・そうなのか?」



「・・・そう。恐らくわざとわかり易くしている。
 刻印はそこに足される記号のような物で、本来は不要なんだ。
 むしろ、それを付けると発見されやすくなり、
 原因も特定されやすくなる。対策されるかもわからない。
 ・・本気で幻想郷を壊滅させようと思うのなら、
 最初から刻印を付けずに奇病として、幻想郷にばら撒けば良かった。
 ・・・じゃあ、何故それをせずに、
 わざわざ高度な技術を使って人にわかり易くしたのか。」



広間に張り詰めた空気が漂う。
・・それぞれの呼吸まで聞こえて来そうな位静かだ。


「・・恐らく、幻想郷の人妖を恐怖に陥れるためだ。
 数字が減っていき、人数が増えるそれも、切迫感を出す為。
 幻想郷の人妖を殺したい訳ではないだろう。
 そこまでするからには、犯人の狙いは一つ。」


俺は深呼吸して、次の言葉をゆっくりと告げた。


「・・大切な人のみを奪って、恐怖を増長させ、自我を失わせる。
 この刻印で犠牲になる人は、残された人に悲しみを背負わす
 演出の一つに過ぎないんだ・・・・・っ!!!!」


・・喋っていて猛烈な吐き気がしてくる。声が震える。
今言っている事がどれだけ最低な事か。



・・しかし、どう考えてもそうとしか思えないのだ。



・・俺は昨日の夜、ナズーリンに自業自得でやられた
満身創痍になった体の痛みでよく眠れなかった。


・・そして良く眠れなかったついでに、
じっくりと刻印異変について考えてみた。


・・・恐ろしく頭が回り、恐ろしく機械的な答えが出た。
何度巡っても、同じ答えしか出て来ない。


犠牲になった人は、悲しみを背負わせる道具だと。


心ではそれを否定したかった。
頭ではその答えしか出て来ない。


・・この矛盾に、一晩中苦しんでいた。



・・もちろん、今こうして話している辺り、
非人道的な結論に至った。




そして、震える声で俺はこう締め括った。



「・・・つまり、近い内に犯人は何かを仕掛けてくる。
 それに対する備えが必要だと思う。
 ・・・もしかしたら、洗脳の類かも知れない。」



・・それが、昨日の夜、散々苦しんで出した答えだ。



話し終えると、暫時の静寂が普段にも増して広い広間を包み込んだ。




・・そして、暫くの沈黙の末、銀髪の少女が口を開いた。



「・・・わかりました。それさえわかれば結構です。
 その元凶を叩いて、私は全ての霊魂を取り戻します。」



それに続くように、寅丸さんが口を開く。



「・・そうですね。私も毘沙門天の名に賭けて、
 そして、この地に生ける者として、許せません。
 必ず何とかしましょう、リアさん!」



寅丸さん・・・妖夢さん・・・。



「・・言いづらい事を、君らしくない事をよく言ってくれた。
 だから・・私は君にそんな事を言わせた奴が許せない。
 絶対に見つけ出して、この世の苦しみの全てを味わわせよう。」


ナズーリン・・表現怖い・・。



「・・・私も同感だ。そんな奴は見つけ出し次第、
 舌を抜いて、『ピーーーー』して、『ピーーーー』だ。」



ぬえ・・・具体的過ぎて聞いてるこっちが不安になる・・。



「わたっ・・わたしも頑張って、その子を見つけ出して、
 泣くまで驚かしちゃうから!」



・・・小傘・・・表現が
前の人とのギャップありすぎて和む・・。



「・・・そういう輩は、土に返るべきですね。
 雲山も、さっきからそれをひたすら呟いています。」


一輪さん・・・てか雲山怖っ・・!!?



「とにかく、皆で団結して解決しよう!
 そして、そいつからしっかり訳を聞こう!」


ムラサさん・・・。


「・・文字通り、悪夢を見せてやりましょうね?」



彼我さん・・誰がうまい事を言えと・・。



「みなさん、敵とはいえ、慈悲を持って接してください。
 必ず訳があってそういう事をしているのを忘れてはいけません。
 ・・・だから、嬲るにせよ、絶命しない程度にして下さい。」


・・・聖さんには一度、辞書で「慈悲」を引いて欲しい。





・・・何にせよ、みんなの意見は纏まった。
後は、仕掛けてくるのを待って、全力で迎撃することか。

・・いや、動きを見せたら場所を特定して、
全力で潰しに掛かろう。

そうするしか、方法は無いのかもしれない。



そして、話が終わり、皆が解散した。

俺が黒板を物置に運び込む時に、ナズーリンがこっそり耳打ちした。



「・・・運び終えたら、私の部屋に来てくれ。」




・・・いつもよりも弾んだ声だった。








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俺は黒板を運び終えた後、
ナズーリンの部屋の戸を軽く二回叩いた。



・・少し待つと、ゆっくりと引き戸が開けられた。



・・そして、引き戸が開ききると、
少し目を反らし気味の彼女の顔が見えた。


「・・?」


・・彼女はいつもよりも石鹸の香りが強かった。
そして、銀灰色の髪の先がしっとりと濡れていた。


・・・お風呂に入ってきたのかな・・この短い間に・・。


・・・まあ、物置は外に出て庭の端まで行かなきゃいけないから
物凄い時間が掛かるのだから仕方無いか・・?


・・・そんな事を考えていると、
彼女は少し目を伏せ気味に、こんな事を言った。


「・・・別に、合図無く入ってくれても良かったのだがな・・。」



・・っ!!??



ナ・・・ナズーリンがおかしい・・。
いつもは合図を忘れると物理的な攻撃をして来るはずなのに・・!!

・・な・・なんで・・?


・・・疑問に思いながらも、俺は彼女の部屋に通された。





・・・ナズーリンの匂いがする・・・。



・・彼女の部屋に入って俺は少しだけ、ボーっとしてしまった。
灰色っぽい部屋にネズミのかわいい置物が少々。
それ以外はシックで大人びたすっきりとした部屋だ。

そして、少し大きめの本棚。


座布団が既に用意されていて、俺と彼女はそこに座った。



・・彼女は机に頬杖を付いて、切り出した。

「・・なあ、一昨日の事・・・君は覚えているかい・・?」



彼女の声はいつもよりも穏やかで、
思いを込めるような、そんな声だった。


尻尾もいつもより小刻みに動かしていて、
落ち着きの無い様子だった。


・・やっぱりいつもと違う・・・。



一昨日・・・?


俺が小首をかしげていると、彼女は続けた。


「ふふっ、忘れたとは言わせないぞ・・?
 ・・・何でも言う事を聞く・・・だったな・・?」


うっ・・・・。
そういえばそうだった・・・。完全に油断していた・・。


一体何をされるんだろうか俺は・・・。
でも、言ってしまったのだからしょうがない・・。

せめて・・常識的なことを頼んでくれ・・・!!



彼女がゆっくりと、優しさと悪戯っぽいような
含みのある微笑で、ゆっくりと口を開いた。



「・・君に・・・」



彼女がそこまで言ったところで、部屋の奥の方から
衝突事故の様な、けたたましい音がして
窓の方の障子が跳ね上がり、砕けてこちらに飛んで来た。


「危ないっ!!」
「えっ・・・?」


俺は咄嗟に机を踏み越して、彼女に覆い被さった。

障子の破片と思しき和紙の欠片が大量に背中に当たる。
かなり痛いが、怪我をするほどではなかった。


煙で部屋の様子がよく見えないが、俺は腰を上げて彼女から離れた。


「・・大丈夫・・・?」
「・・ごほっ・・・ああ、大丈夫だが・・今のは・・?」


軽く咳き込みながら言うナズーリン
・・確かにかなり煙たい・・。


・・それに、今のは・・?


・・・結論を出す前に煙が晴れ、目の前に原因が姿を現した。







「・・やあ!今から一度しか言わないから良く聞いてね!」



・・・そこには、山高帽を被り、黒いタイツのような
ぴしっとした服を着た5,6歳位の男の子がいた。




「「・・・・!!?」」



目の前で起こったあまりに不可解な出来事に、
俺とナズーリンは、互いに顔を見合わせた。






つづけ