東方幻想今日紀 九十六話  今日と明日の境目で

「・・やあ!今から一度しか言わないから良く聞いてね!」




いきなり幼い全身黒タイツの山高帽の男の子が
ロケットのように部屋に突っ込んできた。



こんな事を話すと、普通は頭がおかしいと思われるだろう。



・・そんな事が目の前で起こっていた。



・・二人で暫く顔を見合わせた後、
お互いにその男の子に視線を戻した。



・・その男の子はさっきと同じ表情でこんな事を言った。


「・・明日、子夜に妖怪の山の麓の南側に一人で来い。
 ・・・わかったな、リア。」



そして、それを言った直後に、
突然子供が口から白い湯気を噴出した。


「「っ・・!!?」」



・・何!!?何が起こったのこの子に・・!!?



・・そして、男の子はボンッという鈍い音を立てて、
沢山の歯車やら螺子やら黒い布切れを飛ばしてバラバラになった。


「・・ひあっ!!?」
「うわっ・・!?」



・・二人の素っ頓狂な唖然とした声が重なる。
少女の手は少年の腕に強く掴まっていた。



「・・・あれ・・機械か・・。」
「・・・・今のが・・機械?」



・・・なんて恐ろしい機械なんだ・・・。

いや、驚くのはそこじゃないかもしれない・・。
まるで人間のような出来のいい機械なのに、
それが使い捨てだという事実だ。

・・・機械だと、二人ともわからなかった。


・・でも間違いない。
これは刻印の犯人からのメッセージだ。


・・・子夜とは、深夜の〇時のこと。
つまりその時間に、指定された場所、妖怪の山に行く。



・・・勿論、罠の可能性だってある。敵は俺の名前を知っていた。
だから、刀の事も知っていると考えた方が自然だ。



・・でも、折角のチャンスだ。
ここで行かなくてどうする。



明日、午前〇時。妖怪の山、南側の麓。
・・・絶対にここで異変の犯人を倒して、解決してやる。




・・そう心に決めると、肩の荷が下りた。

・・だが、問題は重なるもので・・・。



「・・・私の部屋が・・・。」
「・・・うん、まずいね・・・。」



あの男の子が残したもの。


果たし状。
散らばった細かい金属ゴミ。
ナズーリンの部屋への壊滅的な損害。



・・・うわあ・・これ片付けるの大変だなあ・・。
しかも他の部屋には損害が無い。

ナズーリンの部屋だけ半壊したのだ。

・・・しかも、不自然なことに、これだけの爆音がしたのに、
ピンポイントでしか壊れていないし、
誰も駆けつけてこない事を考えるに、
音はそんなに広がらなかったということだ。


・・・恐るべし、ハイテクノロジー


・・いや、そんな事を考えても仕方ない。



「・・・片付けよう。手伝うよ、ナズーリン。」
「・・・ありがとう、リア。」



二人で、ゆっくり部屋を片付け始めた。
まずは、金属の破片を拾い上げるところからだ。










数時間が経ち、彼女の部屋は大分すっきりとした。
大きな袋には、雑多な瓦礫や金属の破片や、布や塵。


・・綺麗になったものの、壊れたものは元に戻るはずも無い。




・・・ナズーリンの部屋は星を見るのに丁度良い場所になっていた。
ここに望遠鏡を設置して、星を眺めると楽しそうだ。


・・すっきりし過ぎてしまった。
この季節にここで寝たら間違いなく凍え死ぬ。

・・・妖怪である彼女も、余り望ましくないだろう。



「・・・困ったな・・・今日私はどこで寝ればいいんだ・・。」

ぼやくように、下を向いて呟く彼女。

「うーん・・・。」



・・確かに、これは大きな問題だ。

客間は妖夢さんがいる・・この時間だからもう寝ているだろう。
いきなり起こしてナズーリンと寝てくれ、
というのもおかしな話だし・・。





「・・・こうなったら、君と広間で寝るしかないじゃないか・・。」






・・勿論、そんな一言はあの時まっっったく期待していなかった。
ちょっと・・その、宇宙くらいの大きさではあったけど、ちょっと。


結局、彼女は寅丸さんの部屋で寝たそうだ。
・・・まあ、当たり前だろう。


・・俺は広間で布団を敷いて一人で寝た。



・・・ところで、皆さんはムンクの叫びという絵画をご存知だろうか。

そうです、人が叫びながら、
凄い形相で頬に手を当てているあれです。

実はあれ、頬に手を当ててるのではなく、耳を塞いでいるのです。
自然を貫く叫びに耳を塞いでいるのです。
つまり、中央の彼は叫んでいるのではないのです。


・・・そんな事はどうでもいいのですが、
俺はそんな藍色の絵の具のような淡い期待を破られた時、
ムンクの叫びの画の人物の顔とそっくりだったと思います。







翌朝、俺はいつもより早く目が覚めた。
それも起こされること無くだ。


・・・いつもの様に着替えて、ご飯を食べて寺子屋に行く。

寺子屋で先生の代わりに授業をやったり、手伝いをしたり。



・・・普段の生活、何気ない毎日だと思っていた。




「・・先生、具合悪いの・・・?」


生徒の一人に指摘されるまでは。


休み時間に木の椅子に座っていると、
ふと、ある生徒の男の子に言われた言葉だ。


・・・・確かに、自分の座っている姿勢を傍から見ると
具合悪そうに見えたかもしれない。

腕を組んで空を仰いでいるのだから。木の天井、
もっと言うと屋根より更に上の空を見ていたのかもしれない。

・・・心配されて当然かもしれない。


「・・・ありがとう。大丈夫だよ。」


俺はその子の頭をくしゃっと撫でて、そんな事を言った。







寺子屋の授業が無事に終わり、答案の採点や、課題の確認をする。
本来ならそれで終わりなので、
ここでさっさと帰路に着くはずなのだが・・・



「・・久しぶり、野狐。その様子だと元気みたいだね。」
「・・・」(コクコク)


部屋に入る俺を見つけるや否や、起き上がって
首を縦に振って目を輝かせるピンクの髪の狐の女の子。

そんな様子の彼女は凄く可愛らしく、見てて和む。

俺は彼女の長くてさらさらの髪の毛を梳くように撫でた。


・・・そう。野狐に今日はどうしても会っておきたかったのだ。

あれ以来彼女は未だに喋れないけど、表情は大分戻ってきた。
現に今、はちきれんばかりの嬉しそうな顔を浮かべている。


「・・・毎日ありがとう。野狐も大分元気になったからな・・。」
「いいんですよ。それよりも、
 ちょっと見ない間に随分と元気になって・・。」


ここは慧音さんの家。

あの事件をきっかけに、彼女が、あまりのショックで
言葉を失った野狐を引き取って世話をしているのだ。


「・・しかし、突然どうしたんだ?」


目を細める野狐を撫でていると、
慧音さんが疑念を含んだ表情でこちらに問い掛けた。


・・もちろん、どうしたんだというのは
何故今日突然来たのか、ということだ。


・・・そんなの決まってる。



「・・・今日で、お別れになるかもしれないからですよ。」


「「っ・・!!?」」

二人の表情が一瞬で強張ったのが、空気で伝わってくる。



慧音さんは一瞬唖然として、何か不安を抱えた表情をした。
まるで全てを察したかのような表情で。

野狐に至っては、涙目でこちらの腕を強く握っている。


・・・しばしの沈黙を置いて、慧音さんがぽつりと口を開いた。

「・・・そうか。それなら、気が済むまでここにいてくれ。」





・・もしかしたら慧音先生は全てを察してくれていたのかもしれない。





・・色々考えたが、結局俺は逃げてしまったのかもしれない。

お別れなんか言いに行かなくても、
生きて帰ると心が決まっていればそんな事はしない。

・・怖かったのだ。何かを言い残して明日を迎えるのが・・。





命蓮寺に戻ると、いつも通りだった。

おいしい聖さんのご飯を食べて。
皆と歓談して。

強いていつもと違う事を挙げるならば、
妖夢さんと丙さんが入れ替わっていることだ。

いつもの赤い帽子の面影はまだいない。


もう一つだけ、違うことがあった。


・・・全く物が喉を通らないのだ。


適当に食べたフリをしていたのだが、ばれなかった。
・・ばれていたかもしれないなのだが、誰も何も言わなかった。








満月が次第に高くなり頭上に差し掛かる頃、
俺はこっそり命蓮寺から抜け出した。

裏門の鍵が開いていた。

閉め忘れることなんて普通はありえないはずなのに。






行程の中程、人里から里山に分け入り、
妖怪の山の麓が見えてきた場所での事。


一人の少年は、ある一つの気配を察知していた。



そして少年は背後に向かって、背後を見ずに言い放った。


「・・・・何で付いてきたのさ。」



その人影は、少年の前に回り込んだ。



月明かりは逆光になってはいたものの、
少年にはそれが誰かなどわかっていた。

・・いや、仮に朔だったところで、少年はわかっていただろう。



「・・・君一人じゃあ、出来ることも出来なくなってしまうだろう?」
「・・・一人で来い、と言われたのに?」


寒々しい、眩い月明かりの下、二人の取りとめも無い会話は
少年の小さな溜息ですぐに一段落を迎えた。



冷えた冬の夜の空気は、妖怪の山に急ぐ二つの影を包んでいた。



つづけ