東方幻想今日紀 九十七話  自己嫌悪

望が高くなり、真上に来た。



望月は明るく、眩く、そして冷たく山肌を照らしていた。

妖怪の山の麓、南側は拓けた場所になっている。
・・・それはこの日の前日からである。




「・・・時間はぴったりだな・・。」
「・・・ああ。間違いないはずだ。」



子夜に指定された場所に来たが、誰もいない。

・・しかし、辺りは気味が悪いほどに静まり返っており、
虫一つの鳴き声も気配も無い。


・・・それもそのはず、ここは拓けた場所ではなかった。




そもそも妖怪の山は開けた場所は無かったはずだ。
麓とはいえ、天狗の管轄であるこの場所を勝手に拓くなど、
天狗が黙っちゃいないだろう。


・・・でも現に、何も起こらない。



この拓けた場所に、彼女と二人きりだった。



・・・もしかしたら、騙されたのだろうか?

だとしたら、こんな所に俺達を誘き出す目的は・・。


まさか・・・その間に命蓮寺を・・・!?





・・いや、無いな。


もしそのつもりなら聖さんと寅丸さんを誘き出せば良い。
わざわざ俺を単独で呼び出したりはしないはずだ。


・・うーん・・・。



一度・・命蓮寺に戻った方が良いのか・・?



そんな選択肢が頭を過ぎった瞬間、背後に人影を感じた。
一つではない。二つだ。



「・・・誰だっ!」



後ろを振り向くと、意外な人物だった。


そこには腕を組んでこちらを見据えている少女。
腕をだらんと垂らすようにして突っ立っている少女。


自分が月を背後にしているせいか、
その姿ははっきりと、はっきりと見えた。


腕を垂らしている方は小学校低学年位の女の子で、
身長は自分の鳩尾くらいだろうか。

紺色の肩より少し下まで伸びる流麗な髪と、緑色の目。
眉上で一直線に切りそろえた所謂「ぱっつん」である。
そのせいか、物凄く幼く見える。
頭の左側には大きな蒼い見たこともない花の飾り。

そして、緑色のランプがいくつも付いた首輪。

服はSFの世界で見るような、
ふわりとした花弁を思わせる白とピンクのマフラーに、
ピシッとしたタイトな白いスーツに青いスカーフを
ゆるく何重にも巻きつけたような服装だった。

よく見ると、首についているリングは首だけではなく、
両手両足にそれぞれ二つずつ着いている。

何よりも目に付くのはその幼い容姿と
小さな体躯にそぐわない大きな胸の膨らみだった。
見た目からはありえない、明らかに不自然なそれは
青いスカーフを押し上げてひたすら自己主張をしていた。


・・正直、ちょっと目のやり場に困る。



もう片方の腕を組んでいる方は
見た目が十代初め位の少女で、身長は150cmほど。
黒髪、肩に届かないくらいの長さだった。
分け目は中央に集まり、後は疎らに細かく纏まっている。

そして、頭には猫のような縦耳がぴょんとあり、
両目の下には二本ずつ赤い横ラインが入っていた。
歌舞伎や能で見る、黒っぽい直垂を着ていた。


どうしてだろうか。腕を組んでいる方は違和感がなかった。
・・違和感が無い事に、激しい違和感を感じていた。

・・・他人には普通、近寄りがたい、面白そう、怖そう、
好きになれそう、など色々な印象を抱くものだ。



・・・しかし彼女には全くそれが無い。
どんな印象か訊かれたら、「わからない」と答えるだろう。



・・・でも、間違いない。


腕を組んでいる方はあの時・・妖怪の山で会った狢だ・・!!


・・そんな事を確信した少しの後、
腕を組んでいる方が口を開いた。





「・・・最初に言っておくぜ。
 東雲 晩秋(しののめ ちあき)。
 ・・この名前に聞き覚えはあるよな?」



・・・高い声で意味ありげに、
当たり前のことを訊くように尋ねるその黒髪の子。




・・・しののめ ちあき・・?


知り合いにそんな奴は幻想郷にも、
元の世界にもいなかったはずだけど・・。


「・・・残念ながら、そんな名前の知り合いはいない。
 ・・もしかしなくとも人違いだと思う。」


俺ははっきりとその少女に向かって言った。

すると、少女は横にいる女の子と
少しの間顔を見合わせ、また向き直った。

そして、彼女は深い溜息をついて、
方目を瞑り、片手を軽く横に差し出し、
やれやれ、といった様子でこんな事を言った。


「はあー・・・。
 お前なあ・・自己の名も覚えていないのか?」



自分・・・?


・・え?自分・・・?


彼女の言っていることの意味がわからない。
いや、音としては聞こえる。言葉としては聞こえる。

・・連なった意味が、どうしても理解できずにいた。


「リア・・?君の名前は『リア』じゃないのか・・?」


困惑して目を白黒させていると、
横からナズーリンが不安そうに尋ねてきた。



・・・確かに、ここに来た時、
自分の名前の記憶だけはすっぽり抜けていた。
・・きれいさっぱり、無くなっていたのだ。


・・しかし、いざ今言われても全くピンと来ない。
聞き覚えが無いのだから、本当に忘れてしまっているのか。


その少女は追い討ちをかけるように、続けた。


「・・・俺の名前は東雲 小春。二つ名は黒い雷(いかずち)だ。
 さて、察しがいいのなら、ここで気付くはずだ。」


「可愛い名前ですね(笑)。」
「・・なに笑ってん・・・ぶっ殺すぞてめぇ!?笑うな!」


うわあ怖い。(棒
しかも二つ名って・・・黒い雷って・・・うわあ・・・。


・・それはさておき、童顔を真っ赤にして怒る
彼女は普通は可愛いと映るだろう。

・・しかし、可愛いとは思えない。
何も感じないのだ。


・・おかしいな・・普通なら可愛いと思うはずなのに・・。


・・しかし、この可憐な少女の容姿に
随分とアンバランスな口調だな・・。中二入ってるし・・。



・・と、とにかく真剣に考えよう。



・・・俺の名前が東雲 晩秋で、
彼女の名前が・・東雲 小春で・・・。


・・・。



「・・・じゃあ、言い方を変えるか。しまらねえし。
 ・・・俺は、お前だ。かっこいいだろ?この言い回し。」



目の前の少女が・・・俺・・・。



「・・・あっ!!!」





・・・違和感を感じなかった理由がやっとわかった・・。



・・・理屈はわからない。
いや、理屈なんていらない・・・。





「・・・なるほど・・・同一人物か・・・。
 ありがとう。腑に落ちたし、本名もわかった。」


「・・・そーだよ。やっとわかったか。
 ・・って、思い出したんじゃねえのか?」


腕を組む位置を高くして、ふっと笑う小春。
口角が若干上がっている。見るからに楽しげだ。



「・・・えっ・・君たちは何を言っているんだ・・?」


慌てふためき、交互に俺と小春を見るナズーリン
・・その様子をマンガで描くとしたら、
沢山の水滴が彼女の周りに描かれるだろう。


「まさか、思い出してはいないさ。ピンとも来ない。
 でも、お前と同一人物と言われたら、疑う余地は無い。」



・・・そう、さっきからどんな行動を彼女が起こしても、
全く俺の心に動きが無かった。

居るはずも無いが、同じ容姿の子が同じ事をしたら、
可愛いとか、面白いとか思うはずだ。

・・そういうのが全く無い。


喩えるのが難しいが、鏡を見ている、という表現が一番近いだろう。 

発言が中二っぽいのは否定したいけど、
現に俺が二年前はこんな感じだったはず・・認めたくないけど。



「・・おい、私を置いていかないでくれ。
 どういう事か、どちらか説明してくれないか?」


つまらなそうに文句垂れるナズーリン
というか、だいぶ不機嫌そうだ。


「・・・とにかく、不本意だけど小春と俺が同じと理解できた。
 で、目的は何だ?こんな日付の変わり目に呼び出すなんて。」


「ふははっ・・そうだな・・・教えて欲しいか?
 ・・って、不本意って何だよ!?喧嘩売ってんのか!?」


・・・やばい、言葉の端々に反応してちょっと面白い・・。
小春いじり楽しいな・・・。



「・・・わ・・・私を置いて行くなっ・・・おーい・・。」

軽く涙を堪えている彼女の声が聞こえてきた。


・・・って、そろそろ説明してあげないと・・・!!


・・説明しようと急いで口を開いた瞬間に、
ぱっつんの女の子がナズーリンに近寄って話しかけた。

・・・俺を含めて、皆に聞こえるような声の大きさで。


「・・・小春様は、彼・・つまり、リア様と同一人物なのです。
 リア様は小春様と平行世界・・・つまり、ここと同じような世界が
 二つあって、それぞれに同じ人が存在するのです。
 もちろん、その中にはあなたと同じ人もいるはずですよ。
 ・・そして私達、つまりののと小春様は二人でこの世界にやってきた、
 そんな訳です。・・・わかりましたか?」



・・・この子すげえ。


・・何が凄いって、言ってる事がわかんない。
スケールが大きいのか小さいのか、とにかく凄いことだけはわかった。


・・少し考えてからナズーリン
ぱっつんの子に苦笑いでこんな事を言った。


「・・・まあ、頭ではわかった。」


ナズーリンの理解力も相当凄いと思う。
やっぱり、そこは妖怪だからなのかな・・?

それとも、毘沙門天直属の使いだから・・?




歓談は、ここまで。



・・・色々迂回したが、聞きたいのはこういう事じゃない。

自分の名前がわかった。
目の前の奴が俺たちに対して、敵対心はそんなに持っていない。

そして、目の前の奴は、どこかに居るはずの、
普通は会えないはずの、もう一人の自分。

・・どこかで嬉しかったのかもしれない。

・・でも、そんな事を言ってられる状況に、今俺は置かれていない。






「・・・一つ聞いてもいいかな・・?」


・・三人の視線が一挙に俺に集まる。



軽く、深呼吸。



・・そして、はっきりとこう告げた。



「・・・お前たちか?刻印の犯人は・・。」


・・ナズーリンの視線も鋭くなり、二人の方へ向いた。
考えることは一つ。俺たちは呼び出された。


・・・彼女達の目的は、別にある。



小春は、悪びれもせず、こう言い放った。



「・・・結論から言うと、そうだ。」




以前の俺なら、ここで斬りかかっていた。




「・・・どうして、こんな事をするんだ。」




淡々と、湧き上がる感情を途轍もなく強い力で殺し、問うた。



・・俺は腰の刀の柄に手を掛けた。





「・・・文明開化さっ!」

「「・・文明開化・・・!?」」


待ってましたとばかりに、笑顔の花を咲かせる小春。
・・さっきまでとは違って、純粋な笑顔だ。

・・俺はついナズーリンと一緒に聞き返してしまった。



・・・何を言ってるんだこいつは・・・。
文明開化・・・?

・・自分の言ってる事ながら、全く理解できなかった。

ナズーリンに至っては聞いた事も無いだろう。



「・・・幻想郷は、まだ未開の地と言っても良い。
 ・・そこに文明を持ち込んだらどうなる?
 皆が文明の良さを噛みしめ、あっという間に広がるだろう。
 ・・・だが、新しいものを受け入れるのにはどうも抵抗がある。
 それは、誰だって同じだ。変わる事を皆拒む。臆病なんだよ。」


・・・随分と独りよがりな理屈だな・・・。

変わるのが怖い?
臆病?


・・・何言っているんだこいつは・・・。




「・・・で、それがどうして刻印に結びつくんだ。」



・・多分、俺の声は凄く篭もっていて、震えている。
必死に押し殺しているつもりなのだが、
・・既に無尽蔵に湧き上がる「殺意」が押し殺せなくなってきている。


そして、奴はこんな事を次に言った。



「・・大切な人が居なくなるとどうなる?
 ・・そう、精神的に憔悴するだろ?判断力が鈍るだろ?
 そんな状況で、文明という希望の光を明示する。
 ・・・そうすれば容易に・・・・・」




得意そうに指を立てて説明している少女に、
俺は渾身の力を込めて、斬りかかった。








ギキィッ






金属と陶器が擦れ合う様な音がした後、
蒼い刀身は、先程まで説明をしていた筈の
少女が咄嗟に取り出した銀の脇差の刀身で止まった。






・・・斬撃は、止められた。





「えっ・・・・。」





・・少年は凍りついた。

・・少女は氷の笑みを浮かべた。







・・蒼い刀身は、白い刀身で止まっていた。







つづけ