東方幻想今日紀 九十八話  ふ た り あ

「どうして・・・っ!!どうしてっ・・!!」


幾度と無く振られた青い刀は、
全て小春の持つ脇差に弾かれていく。


ナズーリンの素早いロッドも捌きもそれに加勢するが、
小春は全てかわしている。



・・・どうして脇差ごと斬れない・・・!?
どうして深水が弾ける・・・!?



岩だって、ましてや刀ですら手応え無く切れた深水が・・
渾身の一撃を弾かれるなんて・・・・!!




「・・・知りたいか?どうしてこんなことが出来るか!
 ・・この刀が特別なんじゃねえ・・俺が特別なんだよ。」


そう言うが否か、黒髪の猫耳の少女は
もう一本の脇差を素早く抜き、今度は俺の刀を受けた瞬間
弾き返し、押し返して思い切り吹っ飛ばした。


「・・リアっ!?」


視界が一瞬で前に動くようにスライドし、
そこへ彼女の押し出すような蹴りが加わり、
・・体ごと強く、思い切り草原に叩きつけられた。


・・・すぐに後ろに飛び下がり、体勢を立て直していると、
二刀を十字に構えた少女の姿が見えたので、
咄嗟に刀を横に構え、受け流すと同時に反対方向へ飛び下がる。


少女は芝生に手を付いて、
こちらに両刃を手に飛び掛ろうとしたが、
黒いロッドにそれを阻まれた。


彼女の標的は変わり、ナズーリンに両刃を向け、大きく跳んだ。


・・が、そうはさせない。


こちらも大きく跳んで、彼女の片刀を弾き、
直垂の襟を掴んで空中で後ろに引き倒した。


「・・・わっ・・・・。」


小春は短い声を上げた。

彼女は受け身を取り、
着地の刹那にこちらの背後の方向に疾走した。

「・・させるかっ!!」



俺は着地した瞬間にしゃがみ、その攻撃をかわした後、
彼女の細めの腕を掴んで力を流す要領で前に投げ倒した。

彼女は芝生を転がり、逆手を付いて跳ね起きた。

・・そして、素早く突き出されたロッドを足で弾き返して
そのまま大きく飛び下がり、こちらとの距離を取った。



俺は横で軽く肩で息をしている彼女に声を掛けた。



「・・・大丈夫か?ナズーリン・・。」

「・・ああ、今のところは・・
 君こそ、さっき攻撃を貰ってたじゃないか・・。」


「・・いや、地面に叩きつけられただけだよ。」




・・・両者一発も決定打が無い膠着状態だ。


・・・というか、もしかして小春・・・かなり弱い?

非戦闘要員のナズーリンと、
どの程度かわからないが、妖怪化している「人間」の二人で
ちゃんと戦えている。


・・・これじゃあ、寅丸さんとかが出てきたら
あっさり倒してしまえる。


・・もっとわからない事は、ぱっつんの幼い少女だ。

さっきから同じ格好でぼーっと見てるばかりで、
攻撃してくる素振りを全く見せない。



・・・そして子春に刀を弾かれたのも薄気味悪い。



「・・刀を弾けるのは、お前が特別だと言っていたな。」


俺は刀を降ろして、こんな事を声を張って尋ねた。


「・・ああ。俺の能力の一つは『能力封印』だからな。
 ただし、得体の知れた能力一つだ。お前の刀の能力を
 無効化してやった。危険だと思ったからな。」



・・・能力封印・・・。
深水の能力を・・・封印したのか・・・。


・・あれ?つまり異常な切れ味は深水の能力なんだ・・・。




「・・・随分と親切だな。敵に手の内を明かしていいのか?」


ナズーリンが噛み付くように月明かりの方向に言い放つ。



「・・・俺達にとって、お前らは敵じゃない。
 だから、お前らが欲しいのならもっと情報をやるぜ?」


余裕綽綽、といった様子で両刃を降ろし、高らかに言う小春。



「・・・お前達の目的は何だ?」


「・・・そうだな・・・
 ・・ここでの文明の先駆けになってもらう。
 まあ、お前にだけわかる様に言えば、
 モニターになってもらう。その交渉をしたい。」



「断る。」「嫌だ。」


「・・だろうな。お前らならそう言うよな。
 ・・でもよー。・・負けたら断れないよな?」





・・・なるほど・・そういう事か・・。


・・それなら、絶対に負けられない。



何故なら、俺の目的は・・・




「・・・直ちに刻印を消して、その上で・・
 ・・ある女の子に土下座してもらう。
 刻印で幸せがこそぎ取られた、女の子だ。」




「・・・前に言ってた寺子屋の・・。」

「・・ああ。」




・・・勿論、野狐だ。



彼女の笑顔は取り戻せないかもしれないけど・・。
目の前のこいつをどうしても彼女の前で土下座させたかった。


・・そして、刻印を消して、
これ以上の被害を出さないようにして、人里への襲撃もやめてもらう。


一時の怒りは既に燻ってはいたが、
その代わり、やるべき事ははっきりと見えた。



・・小春は遠くから俺を見据えて、真剣な目でこんな事を提案した。


「・・・じゃあ、負けた方が言う事を聞くってのはどうだ?
 俺もそうじゃなきゃ本気が出ねえ。さっきのは本気じゃねえ。」



・・・俺もよく言ってたな・・本気じゃないって・・。
そういう時に限って本気だったりしたんだが・・・。

・・今思い返すと恥ずかしいな・・。


まあ、そんな事はいいんだ。
懐かしい気分に浸っている場合じゃない。


「・・・ああ。そうしてくれ。
 ・・ナズーリンは、それでいい?」

・・横にふと視線をやると、彼女は軽くコクンと頷いた。



「・・・交渉、成立だな・・・!」



そう言った瞬間に、彼女は両の脇差を天高く掲げ重ね合わせた。
そして、素早く片腕を下ろし、
もう片手を強く腰と一緒に捻り、遠心力のままに手を後に回した。


彼女の手には二本の脇差ではなく、長い白銀の太刀の柄が握られていた。




・・・ところで彼女は何の作品に影響されたんだろう。
発言がどう考えても少年漫画の類だと思うんだけどな・・。


「守符『ペンデュラムガード』っ!!!」


・・そんな下らない事を考えた瞬間、ナズーリンが叫んだ。
それと同時に、目の前に白い刀身が見えた。

「・・・えっ・・・。」


・・視界が急に深い青色に染まったかと思うと、
金属をハンマーで叩いたような音が目の前でした。


「ボーっとするな!!さっきよりも奴は格段に素早くなっているぞ!」


・・そして、ナズーリンの大きな喝が入った。
・・でも、その声はどこか、遠くで聞いているみたいだった。


・・・わかりやすく言うのなら、
家の外から窓越しに大声で話しかけられる感覚だ。


そう思った瞬間、フッと青い透明な仕切りのようなものは消え、
月明かりに照らされた草原と、
再び切りかかろうとする猫耳の少女の姿が同時に目に入った。

危険を感じて右に跳ぶと、左の脇腹に鋭い痛みが走った。


「・・・っ!!」

「リアっ!?」



・・・避けたはずなのに・・間に合わなかった・・・!!?



そのまま痛みに怯み、跳んだ先の草むらに背中から叩きつけられた。




・・・そして、白く光る刃先が、目の前に突き出された。

視界の上に映るのは、淡く白い光に照らされ、
妖しく笑う、少女の姿。



「・・・さて、ここからどうする?」






・・・絶対絶命だ。












・・でもそれは、普通でのお話。
















「・・・深水。」
『・・・随分と早いのう。』




少年はボソリとささやく。






「・・・来たか・・・っ!!」



俺を眩い光が包み込み、
ただでさえ明るい草原を一瞬だが、更に明るくした。














少年はその一瞬で太刀の切先を撥ね、素早く斬りかかる。
体制を崩した少女はそれを受け、
更に次の連撃を長太刀で辛うじていなす。

少女が少しだけ取った間合いを、少年は見逃さなかった。

一瞬で距離を詰め、鍔迫り合いに持ち込んだ。


・・まるで別人のようなその動きは、傍目からは彼女と同等に見えた。



「・・・。」



ナズーリンは、踏み入る隙間の無さを感じ、
少しの間その様子を眺めていた。


・・・何を使ったのかは知らないが、あの状況から
彼は突然修羅の如く小春とやらを圧しだした。


だが、どう見ても彼は普段の様子と違うばかりか、
彼じゃないような気がしてならない。



・・・まるで、何かが憑依したような・・・。



・・・何にせよ、きっと彼なら勝ってくれるだろうか。


そんな根拠の無い淡い感情が彼女の胸中にはあった。



・・しかし、その次の瞬間にはその感情は、
ガラス窓を打ち砕くように、音を立てて崩れ落ちた。


「・・・わっ・・?」



まるで隕石か何かのような勢いで、彼の背中がこちらに飛んできた。

私は抱き止めたが当然止まらず、かなりの距離を一緒に吹っ飛んだ挙句、
咄嗟にロッドを突っ支い棒の様にして地面に刺して、ようやく止まった。

地面にはくっきりと、深々と自分のロッドの残した爪痕がついた。



・・今、私が抱きとめたのはいつもの彼だ・・・。



「・・・つつぅ・・・。ありがと、ナズーリン・・。」
「・・ああ、額、怪我しているが・・。大丈夫か?」



「うわっ・・・本当だ・・・!!」


私が指摘すると、彼はハッとしたように額を袖で拭った。


・・・その様子を見て、思わず力が抜けてしまった。


・・ああ、いつものリアだ・・。





・・・しかし、そんな感慨も
すぐにあの高い声に立ち消えになった。




「・・・何で途中で解いた!余裕のつもりだったのか!?」



・・その問い掛けに対して、既に立ち上がっていた彼は、
小さな声で、しかしはっきりと、こう告げた。



「・・・違うよ。やっぱり、お前とは
 自分の力で戦いたいなあ・・って、思っただけだよ。」

「・・・。」



・・やはり、あの一瞬は彼では無かった。
そして、途中で自分の力で戦いたいという結論に達して、
急に自分の力に切り替えたのだろう。


・・なるほど・・リアらしいな。


いつもの私なら、彼を叱っていたところだ。
こんな幻想郷中に関わる出来事に、私事を持ち込むな、と。


・・・そう考えた瞬間、どういう訳か、突然頭が冴えてきた。


・・さっきまで見てきた、リアと小春の戦闘が頭に鮮明に蘇った。


小春の斬撃を必死にいなす彼。
嘲るように笑む彼女。
そんな刀同士の応酬の果てに、
小春が彼の斬撃を軽くかわしつつ、
額に浅い一閃を叩き込むまで。


その映像の中で、一つの結論が頭の中で一つに纏まった。

どうしてかはわからないが、確信があった。


「・・・リア、小春が攻撃した後、大きく太刀を左に引いてから
 元の場所に戻すから、彼女の右脇はがら空きになる。
 そこに渾身の一閃を叩き込め。移動もそうだ。
 彼女は右側に細かく動いてかわそうとする癖がある。
 右寄りに斬撃を叩き込めば、体制が崩れて隙が出来るはずだ。」


・・気が付くと私は、彼にこんな事を耳元で囁いていた。



・・もちろん、さっきまでは
そんな事を意識して見ていた記憶が無い。

意識して見ていた所であんな素早い動きで
そんなものが見切れるはずは無い。


・・・だが、どういう訳か、今はそれがはっきりとわかる。





・・・彼は私の言を受けて、ぱっと笑って、頷いた。


「・・・ありがと。じゃあ、
 そこまでしてくれたからには絶対に勝つよ。」




そう言うが否か、彼は太刀を退屈そうに構えた少女の元へ走り寄った。




ふっ、と短い息が自分の口から漏れた。





次の瞬間には、激しい金擦れ音が耳の奥に潜り込んできた。









白い、輝きを抑えた神秘的な太陽は、徐々に西へ傾いていく。

沈みきるには、まだ時間がかかりそうだ。




つづけ