東方幻想今日紀 九十九話  自己と他己の境界

激しくぶつかり合う白刃と蒼刃。

響き渡る小気味良い金属の音。


しかし、厳密には、金属と金属のぶつかり合う音とは若干違う。
・・金属と、得体の知れない何かだ。



「・・・くそっ・・・なんでっ・・・!!」


・・少年は、勝利を確信していた。



「・・・小春、お前の負けだ!
 その下らない陰謀を諦めろっ・・!!」



・・ナズーリンの言っていた事は本当だ。


彼女は、左手で太刀を持っている。


・・それを自分で知っているから、
なおさら大きな隙を右側に作っている。


理由はどうせ左利きがかっこいいから、とかそんな理由だろう。
現に俺もそういう時期があって、沢山練習した。

今考えると馬鹿馬鹿しいが、そのおかげで左も利く。



彼女を見ていると、
まるで二年前の俺を鏡で写し取ったみたいだとたびたび思う。



あんなに見事に二本の脇差双剣として
二刀流をやってのけたのも、両利きになっているからだと思う。



「・・・リア、小春が攻撃した後、大きく太刀を左に引いてから
 元の場所に戻すから、彼女の右脇はがら空きになる。
 そこに渾身の一閃を叩き込め。移動もそうだ。
 彼女は右側に細かく動いてかわそうとする癖がある。」


・・こんな言葉でナズーリンは気付かせてくれた。



少しだけ、まだ少し力の差はあるけれども、
この「弱点」を掴めば何とか埋め合わせが利く。




・・・そして、もう一つ。


勝利を確信する、決め手となるもの。



「はあっ・・・はあっ・・くっそ・・・ぉ・・・っ!!」

「・・ほら、息がガタガタになってるぞ・・。」

「黙れだまれっ・・らぁっ・・・!」





深水は凄く軽い。
プラスチック定規を大きくしたような重さだ。


・・・しかも、恐らく受ける時に物凄い量の力を吸収している。


一度、小春が狙いを外して地面を斬ったが、
刺さるどころか地面ごと綺麗にえぐれた。


・・・デタラメな力だ。


・・でも、深水で攻撃を受ける時は大して衝撃が来ない。
本当に不思議だ・・・。



その結果、相手だけが消耗している事になる。


おまけに、彼女があの長太刀を異常な速度で振っているのに、
それを全て弾き、反撃まで出来る。勿論、決定打ではないが。


普通なら、あんな長さの得物を
あんな目で追えない速度で振れる訳が無い。


・・・でも、それはさっきまでの話。


今は、どういう訳か彼女の斬撃が見える。
避けられる。
弾く事が出来る。

刀を振る軌道の隙までも見える。



・・・多分、これは今までの俺は愚か、
妖怪であるナズーリンも見えない速度ではないだろうか。


・・・その証拠に、彼女は全く加勢をしてこない。


ちらっと向こう側に視線をやると
不安そうに両の手を合わせて握り、
こちらを見つめる小動物的な彼女がいた。



小春はそんな俺を他所に、猛攻を仕掛ける。


流石に数えられるほどの余裕は無いが、
秒間に二、三十回ほど、
彼女の斬撃を深水を横にして受けている。



それが可能になったのは、俺の反応速度が上がったからだろう。
深水の力が無いはずなのに・・・。


・・・人間離れしてしまうほどに。




だから、こんな考え事をしながらでも、彼女と戦える。




「・・・このっ!!・・・このっ・・!!」
「・・ほら、動きが鈍ってきたぞっ!!」


彼女の右からの一閃を渾身の力で上に振り抜き、
長い白太刀を上に弾き上げた。





「ひゃうっ・・・?」




猫耳の少女が小さな声を上げた。




・・・その自分の作ったチャンスを逃すはずが無かった。


俺は彼女の直垂の襟を掴み、草の上に引き倒した。
彼女は太刀を放さなかった為、鍔迫り合いになった。


月明かりに照らされた、固い草の上。


少年が上、少女が下。


それは位置的にも、戦局的にもだ。




触れ合う刀はギリギリと音を増し、少女の顔を歪めていった。




「・・・っ・・!!」


「・・・降参しろ。」



彼女は首を縦にも横にも振れずに、
必死にぷつぷつと綺麗な額に浮かび上がる汗を堪えて、
涙を含んだ目で必死に青い刀を、
白い布のような刀で押さえていた。



・・・それもそのはず、
俺の彼女の刀を抑える力が異常に強くなっているからだ。


・・時間ごとにその強さは増し、
刀が立てる音も徐々に大きく、痛々しくなっていく。



・・・怒りかもしれない。

・・・自己嫌悪かもしれない。

・・・もっと違う、何かかもしれない。




・・何かはわからないが、途轍もなく大きな力が、
必死にこらえている彼女の刀を無慈悲に抑えつける。



とうとう少女は、目を瞑って刀を抑え出した。
彼女が目を瞑った瞬間、涙がわっと目元から溢れ出した。



・・・でも、俺は容赦できなかった。



彼女の力が徐々に弱くなっていくのに反して、
自分の力がでたらめに強くなっていく。


少女の両肘の角度も上がっていく。



お互いの刀の位置も、少女の鼻先より少し遠くに移動した。


・・彼女はとうとう、
閉じた目からぼろぼろと大粒の涙をこぼした。

・・声を押し殺しているんじゃない。
声を出す力を全て俺の凶刃を食い止めるのに使っているのだ。




・・力もだんだん弛んできている。




・・・許せない。

・・・容赦できない。

・・・可哀想だ。

・・・自分だから容赦なんて要らない。

・・・これ以上やったらまずい気がする。

・・・でも刻印の獣妖怪の襲撃の全ての元凶で、
野狐をはじめいろんな人の家族を奪った張本人だし。

・・・先代の博麗の巫女を葬った奴だし。

・・・でも、こんなに苦しそうな顔をしてる。

・・・でも、許す訳にはいかない。



・・でも・・・でも・・っ!





「・・・どうすりゃいいんだよっ・・・!!」






・・自分の目からも、熱い雫が零れ落ちる。

・・そして、俺の力は更に強くなり、
彼女の涙か汗を湛えた鼻先にお互いの刀の位置が移動する。




その言葉を最後に、無言での鍔迫り合いが続く。



・・いや、もはや鍔迫り合いではない。

一方的な暴力と言ってもいいかもしれない。






上にいる少年は既に、リアでも、東雲晩秋でも無かった。



東雲小春、もとい東雲晩秋、もといリアの心を
破壊して失わせる、狂気と殺意に塗れた、
どす黒い理不尽な力の何かだった。


正確には、狂気と殺意そのものかもしれない。



・・殺意の塊は、綺麗な涙を零しながら、
同一人物である少年と少女を絶望に追いやっていた。










・・・もしもだ。


もしも、この後何も無かったのなら、
少年は少女で、白い月明かりの下に赤い花を描いていただろう。


真っ赤な、真っ赤な花を。










「・・はじめまして。リア君と、招かれざるお客さん。
 ・・リア君、突然だけど、その少女から離れてくれるかしら?」






・・・突如として辺りに響き渡った、
凍てつくような、冷たい、冷たい頭に直接響くような声。




・・・少年は思わず刀を引いて、声の主を見た。

・・・少女は力無く虚ろな目で四肢を草に投げ出し、声の主を見た。




大きな、大きな血を思わせる赤い紐が絡む白い傘。

ふわふわした紫色のフリルドレス。

すらりとした四肢。

真っ白なナイトキャップに映える、真紅のリボン。

そこから伸びる、膨らみを持たせた細やかなリボンの付いた金糸。




夜を掻き裂いて、無明の大穴から妙齢の女性は出てきた。





相も変わらず猫耳の少女は手足をだらんと伸ばし、
草の上に力なく横たわり、その女性を見つめていた。










少年は返事をする代わりに、猫耳の少女の前に立って刀を構えた。






つづけ