東方幻想今日紀 九十四話  うさぎ狩り

竹の中を駆け抜ける風が優しく頬を撫でる。


冬の晴れた深夜は極寒になるはずだが、
まだ夜は酷く更けておらず、少し肌寒い程度で済んでいる。


俺は通る風に目を細めた。


夜の散歩、といった所だろうか。

さわさわと竹の葉や幹が揺れ動く音がして、
月明かりが竹の葉を通してえもいわれぬ
綺麗な模様を地面に描いていた。


不規則な竹の様子が、また楽しませてくれる。





・・・さて、どうして俺が竹林の散歩を
満喫しているかというと・・・。




「・・・どうすれば抜け出せるのかな・・・。」




・・・単刀直入に言うと迷ったのだ。迷いの竹林で。



迷ったら二度と抜けられないというのだが、
多分それはここが広いからだろう。


ここの危険度は決して低くない。


・・妖怪化してるとはいえあくまでも俺は人間。
危険な妖怪が出てきたら深水の力を
持ってしても簡単にやられてしまう。




「はあ・・・・・ん?」



・・・肩を落としこんで大きな溜息をつくと、
不意に何かを思いついた。




そうだ・・・竹に創を付けて、いろんなルートを試せば
朝くらいには着くかもしれない・・・!!



そうすれば無駄足は避けられるだろう。



・・そうと決まれば早速実行だ!



俺は深水を抜いた。


抜く度に毎回思うのだが、刀とは思えないほど軽い。
同じ大きさのプラスチックの定規よりも更に軽い印象だ。



そんな事を思いつつ、深水をゆっくりと近くの竹に押し当てる。

すると竹に深々と切れ込みが入る。
勿論、手応えは無い。


あまり深々と刺しすぎると竹がこちらに倒れてきてしまう。


・・そこそこの所で止めておいた。




・・そして歩きながら、周辺の竹全てに目印の傷を付ける。
これはもしかして環境破壊ではないだろうか・・?



・・・いや、竹は生命力の強い生き物だ。
俺は竹を信じる、頑張れ竹。



そんな自分勝手な自己暗示をしながら、ずんずん進んでいく。
竹に入れる切り込みは最低限わかる様にかなり小さくした。


このままこれを繰り返していけば時間は掛かるけど、
外にたどり着けるだろう。



・・・しかし、そんな甘い考えはすぐに覆ることとなった。




「・・・あれ?また同じ道・・・。」




・・・そう、ある程度行くと、
傷を付けた竹の場所に戻ってきてしまうのだ。


しかも、東西南北、方向はわからないが、
とにかく四方位に行って同じところに戻ってくるのだから
かなり異常な様子だった。



・・・つまり、ただ迷うのではない。


・・竹林が何かの力で出すことを拒んでいるのだ。




竹が不規則に生えているものだから、
普通なら同じ道を歩いてるとは気付かない。


・・なるほど、人が出られないのはそういった訳か。



しかし、そうなるといよいよ手詰まりだな・・・。



「本格的に出る方法が無いじゃないか・・・。」


思わず呟くと、頭の中にあの声が響き渡った。



『・・そうじゃのう。お主の考えは
 良い方法だと思っておったのだが・・。無理じゃったのう。』


「・・・あ、深水。珍しいね、出てくるなんて。」


『まあの。さっきから話は聞いておったぞ。』




声と言うとちょっと語弊があるかもしれない。
正確には文字のようなものが頭に流し込まれるといった感覚だ。

だから俺は具体的な深水の声は知らない。



・・意外と博識な上に、常識も持ってるので
深水に訊いた方が早いかも知れない。


「深水、どうすればいい?」




傍から見ると明らかにぶつぶつ一人で喋ってるやばい人だけど、
深水と話すときは致し方の無いことだ。

だって、こっちからはテレパシーみたいなの出来ないし。



『頑張るのじゃ。』

「回答になってないよ!!」



・・がっかりだよ!
深水なら俺より良い答えを持ってるかと思ったのに・・。



『・・・現に八方塞がりじゃな・・。
 行っても帰っても同じ場所に着くのなら仕方あるまいて。』

「まあ・・・確かに・・・。」



行っても帰っても同じ所に着くのだから、
確かにどうしようもないな・・。




・・でも、どうにかしなければ飢え死にを待つだけだ。




『・・・いっその事、大声で叫んでみてはどうじゃ?』

「真面目に考えてよ・・・これじゃこのまま出られなくて
 死んじゃうよ・・・・。深水もここに刺さったままになるよ?」

『そ・・・それは嫌じゃのう・・・。』

「じゃあ、考えてよ・・・ゆっくりでいいから・・。」



・・・そうは言ったものの、余りもたもたしていると
腹の減らした妖怪に見つかってやられてしまう危険があるのだ。

・・・深水がいるからそこそこは戦えるけど、
刀が当たらないほどの実力差があったらあっさりやられてしまう。


・・・もう一つ問題がある。



「・・・寒いなあ・・・。」
『大丈夫かの?穴を掘って体を埋めると良いかも知れんぞ?』
「・・・いや、やめておく。」



・・・だんだんと寒くなってきた。


考えてみれば当たり前だ。

夜が更けるにつれ、放射冷却でどんどん気温が下がっていく。
そして、晴れていれば晴れているほどその作用が大きいのだ。

つまり、時間が進めば進むほど、気温は下がりに下がっていく。


・・・餓死よりも遥かに早く、凍死が見えてきた。


・・・それにしても、どうしてどうでもいい知識は覚えているのに、
自分の名前を忘れてしまったのだろうか。

まあ「リア」という自分が適当に考えた名前も、もう違和感無いし、
自分でも気に入っている。今更思い出したところで変える気も無い。

・・・ただ、ちょっと自分の本名が気になったりもする。


・・・って、やばくないこの考え!!?
本名を思い出してもそれを名乗る気は無いって永住する気満々じゃん!

・・・まずい・・帰る気持ちがじわじわ薄れてる・・・!!

早くこの異変を何とかして、帰る手段を見つけないと・・・。



そして、死んだら元も子も無いのでここから抜け出す方法を・・・



「早く何とか良い案を見つけなきゃ凍え死んじゃうよ・・。」
『穴を掘ってそこで寝るというのもあらんと思うのじゃが・・・。』


・・・確かにそうかもしれない。
明るくなるまで待つのも手というものだ。

・・でも、それはやっぱり最後の手段。
そこで寝ているところを他の妖怪にやられたらアウトだ。



「・・・やっぱり歩こう!」
『・・お主・・正気か・・?
 鼬ごっこになるだけじゃぞ・・?』


・・・理由は大した事は無い。


体を動かしたかったのと、少し歩いて体を温めたかったからだ。

・・それに、じっとしているより良い考えが出やすいだろう。
俺は暢気に笑いながら、大きく歩き出した。


・・・それも束の間。


「まあまあ、なんだっていいじゃ・・・うわっ!!?」




足を踏み入れた瞬間、ズボッという短い音と同時に
視界が落ち込んで、一気に上にスライドした。

・・・足を踏み外した感覚も同時だった。




そして、僅かな間を置いて、お尻に痺れるような衝撃が走った。


「・・・っつつ・・・。」




・・・僅かに土の匂いが漂ってくる。

目を開けて上を見上げると、
20cm程上に丸い竹の葉と黒い空が見えた。



・・・どうやら落とし穴に落ちたようだ。




・・・ど・・・どうしよう・・・!!



・・・落とし穴というと字面は可愛いが、
今この状況では洒落にならない。



落とし穴って・・悪戯じゃなくて
本来は獲物を仕留める為の罠で・・・・。

これを仕掛けた妖怪にやられる可能性が高い・・・。


うわあ・・・・最悪だ・・・。



『穴を掘る手間が省けたのう?』
「うるさい!!何でそんなのんきなんだよ!?」


深水め・・こんな時に笑えない冗談を・・・。


・・・穴の中で頭を抱えていると、頭上から声がした。





「おー!やっと捕まえた!!お馬鹿さん、出して欲しい?」




・・・・上からは少女のあざけるようなやや甲高い声。
上を見上げるとウサ耳で黒髪の女の子の顔が覗いていた。
見た目は7,8歳ってところだろうか・・?

・・・え?子供・・?


・・いやいや、ここは幻想郷。見た目が子供でも、
内年齢が恐ろしい連中は一杯いる。

ナズーリンとか、千歳越えのババ・・・おほん。


「・・・お願いします。助けてください。」



・・何をされるかわからない。
だから、とりあえず無駄な抵抗はしないようにしなくては・・・。


すると、女の子は明るい声で、意外な答えを返した。


「いいよ!これに掴まって!!」


・・そして、ロープのような紐を降ろしてくれた。
・・・え、嘘!!?


「い・・・いいんですか・・!?」


まさか助けてくれるとは・・・!!
このまま差し置かれてもおかしくないと思ったのに・・・!!



有り難く、俺は紐に手を掛けた。
良かった・・これで帰れる・・!!




・・そして、その紐は触った瞬間、音もせずにあっさり切れた。




「えっ・・!?」


「あははははははははっ!!バーカ!助ける訳無いじゃん!」

「・・・。」(イラッ)


・・甲高い腹の立つ笑い声があたりに響く。
というか穴の中に響いて猛烈にうるさい。


・・・悪戯か・・!!


助かったけど、かなり苛立ってきた。
・・こんな幼女にコケにされるのは正直かなり頭に来る。



・・・よし、気が引けるけどやってみよう。







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「うん。ごめん。放して。ごめん。謝ってんじゃん。ねえってば。」
「帰る道を教えてくれたら放すよ。」



・・・俺はあの後、穴の外に向けて、あざ笑うウサギの子の額めがけて
刀の鞘を思い切り弾いて打ち出したのだ。

・・一言で言うと、めちゃくちゃ痛い強化デコピンをやったのだ。



・・その後、最初からこうすればよかったのだが、刀が衝撃で抜けたので、
横に土を払って穴を崩して、素早く飛び出して取り押さえたのだ。



その子はピンクのワンピースに黒髪、人参のネックレス。
垂れた白いウサ耳が印象的な7,8歳くらいの女の子だった。



・・・腕を後ろ手にして押さえているのだが・・。


端的に言うとこの状況は画的にまずい。


真夜中の竹林で幼女の腕を掴んで押し倒す男。
幼女は小さな体を動かして必死に逃げようとするが、
男はその小さくて細い腕をしっかりと掴んでそれを許さない。



・・・誰がどう見ても犯罪の現場だ。



そして深水がさっきから黙り込んでいるのだが、
まさか誤解しているわけではない・・・よね?




・・とにかく、折角出れたし、
帰り道をこの子に(無理矢理)訊こう。


何か大切なものを失ってる気がするが、多分大丈夫だ。



「いたい・・よぉ・・・はなしてっ・・・・!」
「・・・教えてくれる?」


涙を浮かべながら懇願する彼女を見て、思わず良心が胸を貫いた。
・・・何か凄く間違った事をしている気がしてしまった。


「うんっ・・・!教えるから・・・!」
「・・よし。」



・・俺は彼女の拘束を解き、手を放した。







・・そして、彼女は一目散に俺に背を向けて走り出した。






「ばーかっ!!ばーーーか!!あははははははっ!!
 おたんこなす!間抜け!!へんたーーーい!!!」




・・言いたい放題言う彼女の目には涙など無かった。





・・しばらく俺は途方に暮れていたが、
やがて拳を握って、腹から声を絞り出した。



「ふっ・・・・陸部・・・なめんな・・!!」






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「ふう・・・はあっ・・・はあ・・・・。」


・・口の奥から血の味がする。
やっぱり全力で長時間走るとこうなるんだな・・。


あんまりあの子足速くなかったのになあ・・・。
竹の中をすいすいくぐり抜けながら走って行くとは・・。


「・・・あれ・・?」



息を整えて首を上げると、視界の向こうには小さな点々とした家や
仕切られた碁盤の目のような田んぼが見えた。


・・結局見失ってしまったのだが、どういう訳か竹林を抜けたようだ。

・・・結果的にあのウサギは案内してくれたのだろうか・・。




「・・・っくし!!」


気を抜いた瞬間、くしゃみが出た。


うう・・・寒い・・・・。
汗が冷えたら風邪を引くかもしれない・・・。


もう夜も遅いことだし、早く命蓮寺に戻ろう・・・・。




・・・袖で軽く鼻を拭って、俺は帰路に着いた。















この日の月は十三夜だった。





満月まで、あと二日。






つづけ