東方幻想今日紀 九十三話  刻印の正体

「俺の腕を・・・固めてください・・・。」




永遠亭という名の日本屋敷で診療所。
お互いが高い椅子に座り、小さな台が間に置かれている。

女医さんは鈴仙さんに薬の調合をするように言い、
鈴仙さんは奥の部屋に消えていった。


和室には彼女と俺だけになった。



俺はそこの女医さんにこんな事を言っていた。






「・・・ぷっ・・・。ふふふっ・・・。」

「!!?」



・・その女医さんは口に手を当てて笑い出した。


・・後で考えてみれば当たり前だ。
腕を固めろなんてお医者さんに頼むことじゃない。


・・・でも、真剣だったあの時の俺には
決意を踏みにじられたようにしか思えなかった。




「・・・何がおかしいんですか・・・。」


思わず、怒りの篭もった声でそんな事を言ってしまった。




「・・あら、ごめんなさい。つい面白くて・・・。
 今の所、何とも言えないから腕を出してくれる?」


「あ・・・はい。」



声を軽く荒げてもくすくすと笑う彼女を見てると
怒りも下火になってしまった。


・・・俺は袖を捲くると、彼女の目の前に差し出した。



・・・漢数字で書かれた「二十八」の刻印が打たれた
やや細身で、軽く薄茶が掛かった肌色の腕だ。



彼女はその腕をまじまじと見ると、ふっと溜息を漏らした。


「ふうん・・・やっぱりこの刻印ね・・・。」

「・・えっ・・・知ってるんですか・・・!?」




・・この人はどうしてこんなに色々な事を知っているの!?
・・何だか怖くなってきたんだけど・・・。




「・・最近この刻印が不気味と言って尋ねてくる人が多いの。
 あなたみたいに固めてください、まで言う人は居なかったから
 つい笑ってしまったの。ごめんなさいね・・。」



彼女は頬に手を当て、軽く微笑みながら言った。


・・・いや、待てよ・・?
この村の人達、この人はそんな認識なのか・・?


人が蒸発する、こんな危険な刻印を・・。




・・彼女はまだ続ける。



「まあ・・・・特に害も無さそうだし・・放っておいても・・」


「駄目ですよっ!!!」

「えっ・・・?」


突然の大声に心を揺さぶられたのか、
女医さんは一瞬目をぱちくりとさせた。



「・・・この刻印は・・・・」




・・刻印のことについて、わかっている事を全て話した。



刻印は人から人へ、数字を減らして移ること。

数字がゼロになると、蒸発したように跡形も無く消える事。

数字が大きいほど、被害人数が大きいこと。

原因は最近現れ始めた四足の獣妖怪に怪我を負わされるということ。

獣妖怪を操っている首領らしき動物が妖怪の山にいたこと。



そして、今この状況、俺を放っておくと数億の人妖が蒸発すること。

女医さんは頷きながら軽く前に乗り出して聞いていた。



・・そんな事を話し終えると彼女は穏やかにこう告げた。


「・・・その話を聞くと、どうやら時限装置みたいな物を埋め込んでいるわね。
 陳腐な毒なんかではなくて、もっと高度な技術を使った何か・・・。
 それも、体内の抗体に浸透する生物の可能性が高いわ。
 刻印は恐らくそこに記号として付け加えたものだと思う・・。
 少なくとも、犯人は幻想郷の者では無い事だけは確かよ。」


・・・えっ・・・え?


何この人。怖い。


わかるんだけどわからない。

ちょろっと話をしただけで結論が出てしまった。
理に適っている上に、非の打ち所が無い。


・・・というか・・・幻想郷以外の住人がこの異変を・・?

しかもとても高度な技術を・・・・。
俺達に勝ち目はあるのかな・・・・?





「・・・という訳でこれをとりあえず飲みなさい。」


そんな事を考えている他所で彼女は近くにあった瓶から小さな赤い粉が
入っている袋を取り出して、優しく俺に手渡した。


「・・・これは・・・?」


「・・生物性の異物をせき止める薬よ。
 そこそこの時間稼ぎにはなると思うわ。」

「あ・・・ありがとうございます!!」



この人は本当に天才なんじゃないだろうか・・。
状況をちゃっちゃと説明しただけで最良の法を見出してくれた。

・・・これで、命蓮寺の皆、幻想郷中の人妖が・・・。



・・嬉しさが込み上げて来るのと同時に、ほっとした。

でもまだ根本的な解決になっていない。
速いところ異変解決して、取り除いてしまおう。


・・あ、薬代はどうしよう・・・。


「あの・・・お代・・・・。」


恐る恐る尋ねると彼女はにこっと笑って答えた。


「お代は大丈夫よ。大した薬じゃないし、
 本来の使い方ではないから安心していいわ。」

「えっ・・!?あ、ありがとうございます・・・!!」



・・本当に良かった。
法外な値段を請求されたらどうしようかと・・・・。

・・まさかタダにしてくれるとは思っていなかった。


凄く良心的でいい人だなあ・・・。
迷いの竹林の場所にあるのが本当に惜しい。




・・・ここで本来なら、当初の目的を達成して終わり。
ある考えとは、刻印を何とかする薬を貰うことだった。

現に時間稼ぎが成功して、もう言うことは無い。


・・はずだったけど・・・。




「あの・・・最後に一つ、いいですかね・・?」

「・・ええ、どうしたの?」





・・呼吸を整えて、ためらっていたある事を訊いてみた。


忌まわしくて、逃げたくて、考えたくも無いこと。

・・でも、この機会を逃したらもう糸口が掴めないかもしれない。



・・・俺が元の世界に戻れるか否かが決まる、こんな事。



「・・・妖怪になりかけているんですが・・・何とかして
 止めたいのです・・・。どうにかなりませんかね・・・?」


・・口が重くて、だるかった。
声が思わず小さくなってしまう。


・・・でも、俺は言い切った。




彼女から返ってきた言葉は、こんな言葉だった。



「・・・妖怪化しているのなら、私に止めることは出来ないわね。
 でも、どうなるかはあなた自身が決めることなんじゃないかしら?」


「・・・え?」



・・・俺は彼女の言ったその言葉が一瞬理解できなかった。


・・ただ、彼女の穏やかな瞳は何かを物語っていた。
何らかの意味を浮かべてはいるのだが、読み取ることが出来ない。



「・・・どういう意味ですか?」


「・・自分で考えてみて。人に頼ると・・・
 結論は永遠に出ないままよ・・・?」


思わず聞き返してしまった俺に対して、
なだめすかすような彼女。



俺はその言葉を目を閉じて反芻してみた。



・・・・どうなるかは・・自分次第・・・。







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・・俺は彼女に全力でお礼を言って、永遠亭を後にした。

結論を出すには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
・・・考えながら深夜の竹林を歩く。


竹の葉を縫うような涼しい風が体を吹き抜ける。




・・・でも、考える内容は、ものの数分で変わった。




永遠亭から出て少しの時は、彼女に言われた事を考えていた。



今は、どうやってこの竹林から出るかを考えている。



「帰り・・・考えてなかった・・・っ!!」



俺、もとい一人の阿呆は頭を抱えた。
今は子の刻。深夜である。





つづけ