東方幻想今日紀 九十二話  不死鳥、半妖、永遠亭

「・・・ここを突っ切ると永遠亭だ。」
「・・はい。」


俺は妖怪の山を下りて、
迷いの竹林で案内してくれる人と一緒に同行していた。




案内してくれたのは、長い銀髪の頭に
大きな飾り気の無い紅白のリボン、
更に長い髪の至るところにもそれがあった。


彼女の名前は「藤原妹紅」といった。
藤原、という苗字にややある種の懐古を覚えたが、偶然だろう。


外見はやや小柄な少女なのだが、真紅のもんぺをはいている。
上はワイシャツのような服装だ。

あまり服装に気を使ってるようには見えない。



・・とはいえ、妖怪はそんなの気にしない方が多いので、
どう見られているかはどうでもいいのかもしれない。



・・・それにしても、
行けども行けども同じような景色の竹、竹、竹。


迷いの竹林の名はダテではない。
こんなもの、はぐれたら一瞬で迷子になれる。



・・・だから案内されている間、
ただひたすら歩いているのだが・・・




「あのー・・もし良かったら話しませんか?」


俺が押し黙って歩く妹紅さんの背中に話しかけた。


彼女、さっきから無言なのだ。

・・それでも悪くないけれど、
何か話したほうが気が楽になると思う。



・・彼女は気だるそうに振り向くと、
少し考えてこんな事を訊いてきた。



「・・・あなたはどこから来たの?
 ・・ここの辺りでは見慣れないから・・・・・。」



・・・うん?呉服屋で買った着物を着ているんだけど?


おかしいな、彼女にとって見慣れている服では・・?
ここに来た当初着ていた服じゃないんだけどな・・・。


「・・・服、変ですか?」


「いや、そういう事じゃなくて、ここまで妖力が強い人間は
 あの人以外では初めてだな・・・と思って・・・・。」

「そうですか・・・・妖力・・・・。」





妖・・・・力・・・・・!!?


その瞬間、俺の頭の中を電光が駆けるように記憶が巡った。




・・そうだ・・・妖怪化してたんだ・・・
何でそんな大切なことを忘れていたんだよ・・・!!


あの夜、シャクナゲさんに言われてからどれほどの時間が経った?


・・・どれだけ、妖怪化は進んだのだろうか・・・。


・・・でも、ここまで気付かなかったという事は、
妖怪化はそれほど進んでいないのだろうか。



・・・大丈夫だ、大丈夫。

俺は自分にそう言い聞かせた。



そんなに進んでいるはずが無い。
妖怪化してたら体に大きな異変が現れるはずだ。



「・・・何か悪いこと言っちゃった・・?」

妹紅さんが心配そうに訊く。





「・・・いえ、大丈夫です。ところで、あの人とは・・?」


・・少し無理してるけど、話と気分を切り替えるために、
俺はこんな事を訊いてみた。



「あなたは知らないと思うけど・・上白沢 慧・・・」
「・・まさか慧音さん!?」


出てきた名前のあまりの意外さに思わず割り込んでしまった。


妹紅さんは一瞬かなり動揺した様子で、眉をぴくつかせた。
そして、頬に手を当てると、思い出したように声を上げた。


「まさか・・・・慧音が言ってるリアってあなたの事か・・!?
 慧音が時々あの子は助かる、と話していたんだが・・・。」


「・・たぶん、多分そうです!」


つい嬉しくなってしまった。
こんな所で縁があるなんて・・・。


そして、慧音さんが俺の事をしっかり認識してくれてた。
必要としてくれていた。


・・ただ嬉しかった。


・・胸の奥から温まるような感覚が俺を包んでいた。



「・・・そうか、それなら心配は要らないわね。
 何かもっとあなたの事、話してほしいな。」



妹紅さんが笑ってる・・・・。


さっきまで無表情で固かった彼女の顔が緩んでいた。
・・とても可愛くて、優しそうな表情だった。


「・・はい。」






俺は調子に乗って彼女にここに来た経緯を全て話した。
そして命蓮寺が温かくて楽しいこと、
寺子屋での生活が楽しいこと。

話すだけ話して、最後にこう締めくくった。


  

「本当に・・・家族みたいで・・・凄く・・・ 
 凄く・・・楽しいです・・・・。」





「・・家族・・・・か・・・。」






・・・あれ?妹紅さん・・?



気付くと彼女はたけの端から覗く夜空を
何とも言えない表情で眺めていた。

その目の端には小さな光がちらついていた。



・・いや、見ているのは夜空ではない。


・・遠く、どこか空よりももっと遠くの向こうだ。




「・・・妹紅・・・さん・・・?」

「あ・・何でもない、早く行こう!!」


俺が近寄って覗き込むように話しかけると、
彼女ははっとしたように目許を軽く拭って無理に歩き出した。





・・・俺に彼女についてこれ以上尋ねる資格は無い。




「・・・待ってくださいよー!」
「・・ほら、迷いたくなかったら速く歩くことね!」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






迷いの竹林、それは本来惑わすから付けられた名称。

つまり、地名という住所であると同時に特徴を現すものでもあった。





「全く・・・・運が良かったわね?」

「・・・・はい・・・。」



・・・妹紅さんがずんずん歩いていったので迷った。
散々迷っていたところをウサ耳の鈴仙さんに助けられた。以上。



簡単に言ったが・・・二時間ぐらい迷ってたぞ畜生・・・。




でも鈴仙さんに会えたから結果オーライだ。
具体的には竹をひたすら切りまくって原っぱを作ってました。


・・・そして鈴仙さんにがっつり怒られました。


当たり前だけど、迷ってたら死んでたので・・・。



「・・・まあいいです。持ってきてくれましたか?」
「・・はい。この篭の中に・・・」


篭を見せたら鈴仙さんはそれをひょいと取り上げて、
にこっと笑って見せた。


「・・じゃあ、永遠亭がすぐそこだから来て。」



・・鈴仙さんが指差した方向には日本屋敷があった。


・・・うん、さっきまで無かったけど・・
・・・これは一体どうしたことだろう。




・・・考えても仕方ないか。



俺は軽く頷いてそのお屋敷にお邪魔することにした。





ーーーーーーーーーーーーーーーー




「・・・で、鈴仙。何でこんなものを彼に集めさせたの?」
「す、すみませんお師匠様!」



屋敷の中に入ると日本式の和室に招待された。

・・和室といっても白い高めの椅子と
仕切りの屏風があって、その光景は診療所を彷彿とさせた。


部屋の奥には妙齢の長い銀髪に、
赤と青の綺麗に分かれた丈の長い服を纏っていた。
頭には青い赤十字マーク。

・・・医者だ・・。


そしてその女性は鈴仙さんから篭を受け取ると、
表情を変えておもむろに鈴仙さんを呼んで叱り始めた。


「・・・集めてもらうのは広範囲の薬草だけでいいと言ったのに・・。」
「すみませんっ!すみませんっ!!」



・・・あれ、薬草だけでよかったのか・・・!!



何だか途轍もなく大変な目に遭った気がするんだけど・・!!
まあ、とは言え採取不可能な物もあったからそれでいいんだろうけど・・。


・・・でも、あの人たちはどうやって集めるんだろうか・・?


そう考えを巡らせていると、銀髪の女性が説教を止めて、
こちらに話しかけてきた。


「・・・ごめんなさいね。大変な思いをさせちゃって・・。」

「い、いえ、自分で使った分だから良いんですよ!!
 それに、使った分すら集め切れなくて・・・・・。」


・・思いがけぬ謝罪にびっくりしてしまった。



だって、俺は勝手に薬を使っただけで・・・。
本来俺を生かすための薬じゃなかったわけだし・・・。


「・・・いいのよ、そこは気に病まなくて。
 代金も必要ないわ。残りは私の知り合いに横流ししてもらうから。」


「・・はい!ありがとうございます・・・!」


・・・彼女は優しく、なだめる様に言葉を繋いだ。

良かった・・・なんて良心的なんだろう・・・!!
幻想郷って・・・本当に暖かいなあ・・・。



「・・・で、用件は何?外来人さん?大体の薬は揃っているわよ?」

「うぇっ・・!?」




そう思った瞬間に、彼女は冷え冷えとする声で言い放った。

あまりにも唐突過ぎたから、思わず声が出てしまった。



・・・彼女は自分の意図を最初から見抜いていたようだ。

外来人ということまで見抜かれたのだから只者じゃない・・。



「・・・実は・・・」





・・・・隠しても仕方が無い。言おう。



その女性はこちらの言葉を不敵な表情で待っていた。







「・・俺の右腕を・・・・固めてください・・。」





・・・そう、人間離れした薬を作れる彼女に
一番頼みたいことは、それだった。




つづけ