東方幻想今日紀 七十七話  宴会の始まり

酒壷を門の前に運び終えた後、
俺はこれから始まる宴会の準備にいそしんでいた。

具体的には、机を持ってきたり、来客用の座布団を運んだり、
料理の手伝いをしたり、酒壷を運んできたり。

更には、いつもの広間に大きな木の舞台を置いた。

人も徐々に集まりだしてきて、いよいよ宴会、といった感じになってきた。



今の時間は五時。宴会の開始が六時だからあと一時間。

前座を務めるのだから緊張してしまう。

「はあ・・・大丈夫かなあ・・・。」

命蓮寺組の席は舞台の近く。ここから出てきて発表をするのだ。
わかってはいるのだけれど、やはり緊張するものは緊張する。

厨房で料理を手伝いながらそんな呟きをすると、
不意に横のナズーリンが口を挟んだ。

「何を言っているんだ。前座の前に私が挨拶するんだ。
 だから、一番に喋るのは君ではない。それに、
 失敗しても何ら君に責任は無い。全て私が責任を取る。
 ・・・この総合司会が言うんだ、安心してくれ。」
 
小さな胸をポンと叩いて得意気に言うナズーリン
その小さな体からは威厳のようなものが感じ取れた。

そっか・・・ナズーリンは総合司会なのか・・。


ナズーリンは付け加える。
「それに、一日目はあくまでも儀礼的なものだ。
 あまり考えすぎるな。客も顔見知りばかりだしな。」

へえ・・・一日・・・ん?

「・・・ねえ、もしかして二日目もあるの?」
「おや?聞いていなかったのかい?二日に亘ってあると・・。」

そんなもの初耳だ。

「まあ、それなら気が軽いじゃないか。思い切ってやってみるんだ。
 まだ時間があるんだが、同席する人に挨拶に行って来たらどうだい?
 大体は初対面だろうし、この宴会で仲良くなれるかもしれないぞ?
 ・・・ただし、私の挨拶が始まったらもう準備をしておいてくれ。」

なるほど。確かに少し早いとはいえ、もう来ている人もいるだろう。
居候なんだし、ちょっと顔出してお願いしますくらい言っておこう。

「わかった。行って来るね。」
「ああ。頑張ってくれ。」

頑張るところなんて・・・

・・やっぱちょっと心配になってきた。

まあいいや、話してみればわかる。







広間のふすまを開けると、ちらほら人がいた・・が、
そんなことよりも一人の幼女に目は釘付けになっていた。

ノースリーブででかい角をはやした金髪、分銅のような髪飾り、
それは一気に俺の頭の奥深くから前の記憶を呼び覚ました。

その幼女は瓢箪を持って既にぐびぐび酒を呑んでいた。
恐らく自前なのだろう。


間違い無い。

この子は俺が幻想郷に来た一日目、謎の忠告と一緒に
脳天に大ダメージを負わせられた張本人だ。間違えるはずも無い。

そして酒臭い。

思わず俺はその子に近寄って話しかけていた。


「あのー、覚えてます?俺の事・・・?」
「・・・?」

その子は小首をかしげた。
あー・・・その反応、覚えてないな・・。

念の為、刀の事について触れてみることにした。

腰に下げた刀を取り出し、少しだけ鞘を引いて刀身を見せた。
ほんの僅かに青黒い刀身が見えた。

その瞬間、明らかに彼女の顔つきが変わった。

「おい、今のって・・・お前、まさか!!」
「そうです。あの時の・・・旅人です。」

その幼女の目は宝石のように輝いていた。

そしておもむろに手を握ってこようとしたので手を引いてかわした。
理由は簡単。命の危険を感じたからだ。

彼女はそれを気にした風も無く、喋り続けた。

「久しぶりだなあ!元気か?何でここに!?」
「あはは・・実はここでしばらくの間泊めて貰う事になったんだ。」

しばらくって、もう三ヶ月ほどになるけど・・・。

「・・そういえば、刀、分不相応って言ってませんでした?」
「・・言ったっけ、そんな事・・・・まあでも、今はちょっと違うなっ。
 ちょっとだけ、その刀に心を許されてる感じがしたぞ?
 そうだな、相応しいとまでは行かないけど、大分馴染んで来てるぞ。」

その言葉には良くわからないが、
俺を納得させるには十分な説得力のある言葉だった。

なんだか胸の奥からじーんと込み上げるものがあった。

・・・うわ・・・嬉しい・・・。


「皆様、本日はよくこの命蓮寺にお越し頂きました。」

そこまで話したところで、聞き慣れた低めの落ち着いた声が響き渡った。

もう始まったんだ・・・。

・・・もう一つびっくりした事が一つ。


ナズーリンって敬語使えたんだ・・・。


本人に言ったら首掻き裂かれそうだが。

そんな思いとは裏腹にナズーリンは続けた。

「この二日間、楽しんで下さい。以上だ。
 ・・さて、前座の発表に移る。・・・リア。」

・・・甘かった。
まさか挨拶して10秒足らずで出番が来るとは思わなかった。

しかも後半敬語が外れている事を見るに、
あまり敬語は得意じゃないのかもしれない。


・・っと、そんな事はどうでも良かった。

・・早く発表しなきゃ!


その場で立ち上がり、舞台の上に上がった。

大丈夫、しっかりと練習してきたんだから。
自分にそう言い聞かせ、お客さんをすっと見つめる。


改めて見ると結構人が多かった。

・・・緊張するな、緊張するな。
まずは入りのトーク。掴みをしないと。

「えー、みなしゃっ・・・・。」

・・最悪だ。
思わず口を押さえてしまった。

周りからは軽く笑いが起こっている。

・・あれ?少しだけ雰囲気が和やかになっているな・・。
逆に・・・この空気ならやりやすいかもしれない。


・・よし。


呼吸を整えて、もう一度。


「えー、みなさん、こんばんは。今日私がするのは一人漫才、
 という訳で、一人二役を演じますので何だこいつ、と思って見て下さい。」

・・いざ言ってみると案外すらすら言えた。

あまり受けは取れなかったが仕方ない。


いよいよネタの本番に行く時が来た。
軽く息を吸って、吐いて。

・・・よし、いける。


「さて、自分は寺子屋で先生の手伝いをしているんですよー。」
助教師ってやつですねー。」

よし、出だし快調。声色を軽く変えて二役を作る。
位置取りはあくまでも変えず、その場で二役を演じる。

小学校の頃演劇部だった経験が生きた。

「・・で、色々な生徒がいるわけですね。」
「ですねー。」

「・・そこで、ちょっと本当にあった生徒の話をしようと思います。」
「怖い話みたいに言いますねー。」
「ええ、実際に怖い話なんですよ。」
「ほほう、怖い部分を聞かせてください。」

「振り向いたら・・・生徒がいなかったんですよ。」
「怖い部分だけを言わないでください。怖くないです。」

「じゃあ前後を交えて一から話しまーす。」
「いや、それじゃあ落ちがわかっちゃっているからつまらないでしょ。」

「・・・わがままですねえ。」
「いえ、妥当な意見だと思いますが・・。」

自分でも結構迫真の演技だと思う。
随所随所でお酒を飲んで歓談しながら笑っているのが感じ取れた。

ネタは寺子屋オンリー。
まさかこんな所で寺子屋助教師の経験が生きるとは。

よし、いい調子、この感じでもっと行こう。

「では、こんな面白い生徒がいたという話をしましょう。」
「ほう、それはどんな?」

「よく問題用紙を忘れてくる生徒がいるんですよ。」
「まあ・・・何処にでもいますよね、そういう生徒。困りますね。」
「まあ、私なんですけどね。」
「お前は忘れちゃいかんだろう。生徒全員できないじゃねえか。」
「でも、生徒の笑顔は守れましたよ?」
「そりゃ忘れてきたからな。まずは職務を全うしなさいよ。」

「さて、もう一つ、よく遅刻してくる生徒もいるんですよ。」
「さてはお前じゃないだろうな。」
「落ちをばらしちゃいかんですよ。じゃあこの話は終えて・・。」
「それ以前にお前は教師失格だろっ!」


「どうもありがとうございましたー。」


前を向いて一礼。

やっと、緊張のネタが終わった。
あまり漫才としては長くはないが、
喋る量は二倍なので途轍もなく長く感じた。

一礼すると、俺は舞台を降りて持ち場に戻った。

また元の歓談の場に戻った。


「おお、まさかここまで出来るとは・・。
 正直、とても驚いたんだが・・・。」

ナズーリンが目を丸くしながらも、少し嬉しそうにしていた。

「ナズはちょっと俺を見くびりすぎなんじゃない?」

得意満面の笑顔で言う俺。
内心、予想以上の出来だったが黙っておいた。


「全く・・君の事だから失敗して、
 そういった類の笑いを取ると思ったんだが・・。」
 
「とうとう本音が出たか。」
「・・まあ、成功したなら何よりじゃないか。」

・・くっ・・ネズミ・・・。

・・まあいいや。
成功したし、彼女を見返すことが出来たんだ。

「・・・それよりも、宴会を楽しんでくれ。
 豪華な料理もあるんだぞ?」

言われてみると、かなり料理が豪華だ。
色取り取りの精進料理、お刺身。
綺麗な皿に入った蒸し物その他色々。

そして異常なほどの酒、酒、酒。

倒れたお猪口。

皆かなり飲んでいた。

「リアくん、リアくんも飲んでよお・・・。」

今話しかけてきた小傘なんか、もうべろんべろんだ。
「あー・・・小傘、落ち着け。寝てこい。」
「何で・・・わらしのお酒のめないのぉ・・?」

呂律が回ってないあたり、かなり不味いんじゃないだろうか。

「リアくん・・きいてるっ・・?」
「だあっ!とりあえず離せ!ちょっと水飲んで来い!」

思い切り抱きしめて来ようとしたので振り払った。
あ・・・危ない、小傘酔うとかなり危険だな・・。

皆このくらい酔ってるのかな・・・?

・・ふと周りを見回してみると、命蓮寺の面々も
かなり呑んでいた。ナズーリンもぐいぐい行っている。

・・・あれ、この人総合司会じゃなかったっけ・・?

ナズーリン、酔って司会できるの?」
「馬鹿を言うな。この程度で酔う訳が無いだろう。」

ナズーリンが涼しい顔で言い放つ。
顔も一切赤くない。ちょっと酒臭いが。

・・・この程度って・・すでに徳利五、六本は行ってるんだけど・・。

「・・・それより君は呑まないのか?もう発表は無いんだろう?」
「いや・・まあ、ちょっと・・・ね。」

当然の事ながら、酒は飲んだことが無い。
寺で出される物でも無いし、勿論元の世界なんかで呑める訳が無い。

・・・一応幻想郷では既に十六才は成年らしいけど。
やっぱり、ちょっと怖い。

「・・・まあいいじゃないか。この機会だ。」
「そだよ、呑め呑め!呑め!」

少しだけテンションの高いムラサさんも話に入ってきた。

「・・・じゃあ・・・少しだけ・・。」

出されたお猪口を軽く持ち上げ、口に当てて傾けた。

アルコールの匂いが口の中に広がる。
・・・これ、たぶん日本酒だ。
・・かなり甘い。

「おお、いいじゃん、もう一杯!」
「いや、とりあえずこれでいいです。」

ムラサさんが俺のお猪口に注ごうとしたが、俺はお猪口を引いて阻止した。



そういえば一輪さんがさっきからいないな・・。

もしかしたら・・・台所?

台所に行く為に廊下に出てみると、
一人で精神統一している一輪さんが目に入った。


一輪さんは一切呑んでいなかった。
座禅を組んでひたすら気持ちを落ち着けていた。

・・・あれ?何で呑まないんだろう?

気になって近づいてみると一輪さんは薄目を開けた。

「・・・あれ?どうしました?呑まないんですか?」
「いや、一輪さんこそ・・呑まないんですか?」

一輪さんはふっと口元を緩めてこう言った。

「・・・これから発表があるのです。それが終わったら呑みますよ。」

・・・発表・・か。

一輪さんは一体何の発表をするのだろう。
これだけわいわいやってるのをよそに精神統一するのだから、
よっぽど凄いことをやるんじゃないだろうか?

そんな事を考えていると、扉から漏れた張った低めの声が聞こえてきた。

「では、次の発表をする。一輪、出てきてくれ。」

その声を聴いた瞬間、一輪さんの目つきが変わった。

「・・・ほら、呼ばれました。行って来ますね。」

そう言い一輪さんは広間に入って行った。
自分も後に続いた。


広間に入ると、自分の席に戻って一輪さんの様子を見ることにした。


一輪さんは舞台の裏から何かを取り出した。

・・・弓矢だ・・。


そして、弓矢を取り出したときに丙さんが「あっ」という顔をした。
・・・まさか・・・丙さんも同じ技を・・?


そんな客席はさておき一輪さんは大きくてシンプルな弓矢と、
小さな半径5cmほどの大きさの円形の紙を懐から取り出した。

糊でも塗ってあるのだろうか、小さな円形の紙を壁に貼り付けた。

そして、舞台の端から端、10m程度距離を取り、矢を弓にセットして、
おもむろに矢を引いた。


・・ちょっ・・・まさか・・・あれを射抜く気!?
しかも、予備の矢も矢筒も無い。失敗できない一本勝負だ・・・。



俺が驚愕していると、一輪さんが手を離した。

その間、恐らく数秒も無い。



シュカッ


乾いた音がしたかと思うと、壁の紙がくしゃっと丸まっていた。
そして、その中心には、先ほどの矢が堂々と刺さっていた。


「え・・・すご・・・。」

思わずつぶやいてしまった。

皆もざわめいている。

そして、少しの間を置き嵐のような拍手が起こった。

俺も夢中になって手を叩いた。
・・一輪さんにこんな才能があったなんて・・・。




一礼して弓を片付けた一輪さんは照れくさそうに戻ってきた。

そして、ちょっと縮こまったような様子で席に戻ってきた。
一輪さんの顔がは仄かに赤かった。

俺含め、軽く酔った皆が口々に褒め称える。

「一輪さん、お疲れ様!凄かったですよ!」
「ほえー・・・外に出てなんかやってるなと思ったら・・。」
「いっちゃんすごく、すごくよかったよっ!!」
「こんな才能があったんですね・・・。」

「い・・いえ、あれは・・・まぐれです・・。」

やばい。一輪さんが萎縮しすぎて謙遜してる。

「と、とにかく、呑みましょう皆さん!」
「いや、呑んでないのあんたぐらいなんだってば。」


・・あれ?

ふと横に目をやると丙さんがちょっと気まずそうに頭を掻いていた。
あまり良い顔をしていない。

「・・・どうしたんですか?」
「いや大丈夫・・ん?」

丙さんが俺の顔をじっと見つめた。

・・・あれ、あまり食べた覚えは無いけど俺の顔に何かついているのだろうか?

「・・よし、これで行こう。」
「え?」


・・・俺を見つめた後、丙さんが急に明るい顔をした。

・・まあ、何か解決したのなら良かった。
途轍もなく嫌な予感がするのは置いておこう。



・・・ところで、徳利の本数でどのくらい呑んでいるのかわかるのだが、
見るからに酒に強そうなムラサさんは20本くらいなのに、
総司会とはほぼ名ばかりのタメ口進行役はそれより
三割増し位呑んでいるのだろうか。しかも全然酔っている様子が無い。

酔いつぶれている小傘は2本だった。
丙さんはまだ呑んでいない。


・・・丙さんが呑まないのは、きっと同じ事をするから
腕を鈍らせない為なのだろうか?


「さあ、宴会も本番に入ってきたな。丙、よろしく。」


「・・・さて、私の出番か・・・。」

丙さんが立ち上がって・・・俺を見据えた。

「リア君、手伝ってくれる?」
「・・・いいですけど?」

・・もしかしてさっき俺の顔を見たのは何か俺を使って
全く違う発表をしようとしたのだからだろうか・・。


「付いて来て。」
「はい。」


丙さんと一緒に舞台に上った。

「はい、これ。」

丙さんの手には厚めの木の板とりんご。
そして、舞台の上で手渡した。


「・・どうするんですか?」
「まず板を頭の上に載せて。その後りんごをその上に・・そう、そんな感じ。」

丙さんの言われた通りに頭に板、その上にりんごを載せた。


・・・まさか・・このりんごを射抜くわけじゃ・・。

冷や汗がどっと出てきた。
確かにパフォーマンスとしてはいいけど・・失敗したら死ぬぞ・・?


そして、丙さんは正面を向いて、こう言い放った。



「では、今から彼の頭の上の板を射抜きます!」





・・・・なんだ、板か。



・・え、板・・?





・・・板!?



ばかです。このひとばかです。



・・・俺の体中の危険センサーがやかましく鳴り響いた。





つづけ