東方幻想今日紀 七十六話  よく喋れる先頭打者

「ええええ!?」


「どうした、そんな驚く事でもないだろう?」




「あのー・・・斬りますよ?」



「・・・んー、そんなに嫌なのか・・?」


「嫌だっ!!」

ナズーリンは軽く顎に手の甲を当てて思案顔をした。

「しかし逆に考えてみるんだ。
 酔って興奮していないという事は失敗しても
 身の危険が無いという事でもあるんだぞ?」


ちょっと待て。命の危険があるのか。
何で酔うと危険を及ぼす人を招待したんだ。

・・でも、それなら仕方が無いか・・・?




・・何の話をしているかというと、酒宴の席で
俺の一人漫才をトップバッターでやれとの事だった。


本当はお酒に酔ってれば気分が高揚するから
受け易い中盤以降にネタを披露したかった。



でも確かに、身の安全のためには仕方ないかも知れない。


「・・わかった。最初ね。」
「ありがとう、それで頼む。」



「・・・用はそれだけ?」
「ん?ああ、すまない、もう一つあるんだ。」


その反応・・・今思い出したな・・・。



「宴会には大量のお酒が要るだろう?」
「買ってこいと?」

ナズーリンは手を軽くぱんと叩いた。

「話が早いな。今から一緒に行ってくれないか?」

「えっ、一緒に?」
「一人だと退屈だからな。お願いできるかい?」

重いからじゃなくて、退屈だからか・・・。
意味のわからない腕力してるんだな・・。


「わかった、ちょっと待ってて。」

「ああ、では門の前で待ってるぞ。」





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「ごめん、タンスにはさまれてた。」
「随分と斬新な一時間の遅刻の言い訳だな。」


彼女と別れてから着替えているとタンスがぶっ倒れてきたんす。


それだけなのに、凄く時間が掛かってしまった。


最終的には廊下を偶然通った人に助けを求めたら、
それが寅丸さんで、それを一人で起こしてくれた。


ぶっちゃけた話、何故かあんまり痛くなかった。
痛覚がぶっ壊れたのだろうか?




「全く・・・君という奴は・・大丈夫かい?」

ナズーリンが苦々しそうに不安の表情を浮かべて訊く。

「うん、まあ・・・痛くないんだけどね。」
「・・・ふっ、丈夫だな。じゃあ・・・そろそろ行こう。」


昼十一時くらい、二人で門を出た。




しばらく歩いて、気になることがあったので訊いてみた。


「ねえ、ナズーリン。」
「ん?どうしたんだい?」


「どうして俺なのかな?」
「え?君は何を言ってるんだ?」

彼女は軽く驚いてみせた。

「いや、だって俺と一緒だと俺に合わせて飛べないじゃん・・。
 だったら、他の人を誘った方がいいと思うんだけど・・。」


「なんだ。だったら君も飛べばいいじゃないか。」
「無茶言うなよ・・。」


軽くかわされてしまった。

んー、俺を誘った理由は聞けなかったな・・。



まあいっか、こうして話していると、凄く楽しいし。

それに・・・長い時間、話していられるから・・・・







何だかんだで市場に着いた。

にぎやかな雑踏。
昨日来た時よりずっと混んでいた。

正直、あまり此処には来たくなかった。

だって、昨日小傘を守れなかった記憶が
鮮明に浮かび上がってきたからだ。

「おい、リア?」
「・・大丈夫、何でもない。さ、お酒買いに行こう?」
「あ・・ああ・・。」

困惑する彼女の袖を引いて市場の右の端へ向かった。


「おい・・・そっちは反対方向なんだが・・。」
「うん、そっかそっか。」

回れ右してさっきの道を戻った。

ナズーリンは軽くため息を吐いていた。



彼女の誘導で無事酒屋に着いた。


周りに人は少なく、酒屋の店主であろう
頑固親父みたいな風貌のおっちゃんは暇そうにしていた。

「おい、彪兵衛。」


そのおっちゃんはナズーリンの声を聞くと目を輝かせて言った。

「おお、ネズミの子!久々じゃないか!横の子は誰だ!?今日は宴会かい?」

「質問を一気にするな。横の彼は居候だ。今日は宴会だ。」

軽く感極まっているおじさんをよそに業務質問の様に淡々と答えるナズーリン


何だこの温度差。おっちゃんかわいそう。

というかこのおっちゃん・・・酔ってないか?
そのくらいテンションが高いんだけど・・。

「そうかそうか!で、何をお求めで?」
「酒を四十升だ。」


げっ・・・四十升って・・七十kgですけど・・?

いや、まあ宴会だからその位いるのかな・・?


そうこう考えている内にナズーリン
妙な木の札をおっちゃんに差し出した。

その木の札には聖 白蓮と達筆な筆で書いてあった。

なるほど・・・宴会の時はタダなのか・・命蓮寺すげえ。

・・でも、一つ気がかりなことが。

ナズーリン、この量、二人じゃ無理だけど・・。」
「心配するな。二人じゃなければ良いんだ。」

「・・え?」
「・見ていろ。」

彼女がくいっと顎で示した先は酒屋の奥。

その瞬間、おっちゃんが大声で叫んだ。

「おーい!神戸衛!運べ、命蓮寺の宴会だぞお!」
「うい!!」

酒屋の奥から威勢の良い返事がしたかと思うと、
二メートル弱のたくましい体つきの男が暖簾をくぐって出てきた。

・・なるほど、配達員か。


そして、その男は酒壷を八つ、棚から下ろした。

恐らく、一つ九kgだ。

「さあ、これを持ち帰るぞ。よ・・っと。」

ナズーリンは壷を二つ両手に抱えて持った。
そして、その上に尻尾を使って器用にもう一つ壷を乗せた。

「では、行きやしょう!」

その配達員は壷を勝手に二つずつ、計四つ持った。


・・・残った壷は一つ。


「・・・あのー・・・。」
「ん?どうしたんだい?」

「・・何でもないです・・。」

「そうか、あまり急がなくていいぞ?無理すると怪我するからな。」
「うん・・・ありがとう・・。」


壷を一つ、抱えるようにして持った。
結構重かった。






帰り道の途中で、大分手が震えてきていることがわかった。

冷静に考えてみると、十キロ弱の荷物を持って二時間くらい歩いているのだ。
疲れないはずが無いし、そもそもかなりの重労働のはずだ。

でも、自分より体躯の小さい女の子(?)は息も切らさずに
その三倍の量の荷物を抱えてひたすら歩いている。

・・・休もうだなんて、言えるはずが無かった。

というか、自分が情けなかった。




その後歩くこと一時間位、命蓮寺の門の前にたどり着いた。

一時間というのは結果論であって、本当は時間感覚なんて無かった。
後で時計を見たら、三時間ちょっと経っていた、それだけ。


手がガクガクしていたし、足に至っては笑っていたという表現がぴったりだ。

とりあえず割らないように壷を置いてへたり込んだ。


「ふふっ、お疲れ様。私も疲れたな・・・よいしょ。」

彼女はそう言って壷を順々に置いた。

多分疲れたではなく、憑かれたの間違いだろう。
さすが妖怪だ。でたらめな体力をしているなあ・・。


「ではあっしは、これで帰りやす!宴会頑張って下し!!」
「ああ、ありがとう。お疲れ様。」

俺は間違っていた。
・・・妖怪は配達員の方だった。

何故なら、壷を全て置いた後、元来た道を走って帰っていったのだから。


最早ここまで来ると体力がどうのこうのという話が
馬鹿馬鹿しくなってくる。世界は広いなあ。

ゆっくりと仰向けになった。


ぼんやり空を見ていると、ある事に気が付いた。


「・・・あ、もう夕方・・・!?」

空は艶やかな茜色に染まっていた。

「・・ああ、大丈夫かい?もうすぐなんだが・・宴会・・。」



ナズーリンが覗き込むようにして尋ねる。

「大丈夫、前座でしょ?ぱぱっと終わらすよ。」
「そうか、頼もしいな・・。」
「そっちがそう言って来たんでしょ?」
「はは、すまないな。誰も前座をやりたがらなくてな・・。
 君なら快く引き受けてくれると思ったんだ。」

物は言いようだな・・。
あれはほとんど無理強いだったぞ・・・。


「さあ、中に入ろう。風邪引いてしまうぞ。」
「・・その前に始まっちゃうけどね。」



俺とナズーリンは立ち上がって、裏玄関に入った。




つづけ