東方幻想今日紀 七十五話  恩人は自分では無い

「ただいまー・・。」
「リアくんお帰り!無事だったんだね!」


俺が命蓮寺に戻ると小傘が笑顔で出迎えてくれた。

頬には小さな絆創膏が貼ってあった。



それが目に入ると少しだけツンと心が痛んだ。





「小傘、言いたいことがあるから・・客間に来て。」
「・・・うん。」



それだけ告げると、俺は彼女の前を歩き客間に向かった。






客間の中に二人で入り、座布団を引いた。
向かい合って座る。


小傘は随分とそわそわしていた。

ずっと上を見たり、下を見たり、
きょろきょろ見回したかと思うと、
こちらに目を合わせてすぐに視線を戻したり。

どこかがおかしかった。


とりあえず、表は明るく繕っているのだが、小傘のことだ。
その実かなり心を病んでいるかもしれない。

だから、一見気にしないようでも言っておくべきだ。



俺はかくんと頭を下げた。




「ごめんっ!!」

「・・えっ?」



小傘の反応は驚いている人のそれだった。


・・あれ、もしかしてわかってない?


「ど・・どうして謝ったの・・?」


「え、俺のせいであんな危険な目に遭わせちゃって・・。」

「何言ってんのリアくん!全然リアくんは悪くないって!
 むしろぼけーっとしてた私が悪いくらいでっ!!」

びっくりするほどでかい声で、
しかもオーバーな手振りをつけてこちらの話を遮ってきた。


珍しいな・・小傘がそこまでして何かに反論するなんて・・。


「むしろ・・・助けてくれたし・・・。」
「あ、それなんだけど・・実は・・俺じゃないんだ・・。」


小傘の眉が動かない。


そして、ああやっぱりか、と言いたげな表情をしていた。


「そっか・・・そうなんだね・・。」



多分、小傘は知っていたんだと思う。
あの時、喋った爺言葉も、あの覚醒したような剣捌きも、
全部他人のそれだということを・・・知っていたんだろう。


という事は、それ以上言うべき事も無い。


彼女にこれ以上謝っても余計に重荷に感じさせるだけだ。
これ以上剣の事を話しても何も彼女に得はない。

だから、この件はもう終わりにしてしまおう。


「・・・無事で・・良かった。・・小傘。」
「・・・うんっ!リアくんもね!」



これだけ・・お互いの無事を喜んで、終わりにしよう。




・・ただ一つだけ、小傘がそわそわしていたり、
口が時々動きそうになっていた原因はわからずじまいだった。






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「えー、実は私、寺子屋で先生を手伝ってるんですけど、
 やっぱり色々な生徒がいる訳ですよねー、
 その中でいろんな事が起こりますけど、
 その一部をここで紹介しようと思うんですわー。」



「おー、練習してるのか。随分と真面目じゃないか。」


「ナズーリーン、入っていいよー?」
「遠慮しておこう。」


「じゃあ言い方を変える。入って訳を説明してもらうよ。」
「ふふっ、練習の邪魔をしては悪いだろう?」



そう言って向こうの声の主の足音は遠のいていった。



練習していたら元凶が通ったから引き止めて
みっちり訳を聞かせてもらおうと思っていたのに。


畜生・・・さっきからずっと練習しているのだが、
「一人漫才」なので一人二役をしなくてはならない。



結構大変で、ボケながらもう一人で突っ込まなくてはならない。

ただネタを喋るだけでは駄目なのだ。



宴会は翌日・・・。

それまでに完成させて、やりきるだけだ。



今は夜だから、あと丸一日くらいだろう。

ネタは出来上がっているので、
あとは一人二役を完璧にするだけだ。





宴会って・・・誰が来るんだろう・・。

紅魔館の人が来ると言ったから、あの人たちにも会えるな。


まさか・・・あのブロンドの子も・・?


背筋に薄ら寒いものが走った。




いいや、まさかね。




悪寒に耐えながら、明かりを消して今日は寝る事にした。




・・・一瞬だけ、家族の顔、友人の顔が脳裏に浮かんだ。

ああ、いま皆はどうしているんだろう。

俺がいなくても普通にやっているんだろうか。

そもそも向こうでは俺はどうなっているんだろうか。



車に轢かれたのだから死んだことになっているのだろうか?
それとも行方不明になっているだけなのだろうか?


・・・それとも、時間は止まってたりするのか?



わからない。



だんだん考えていると元の世界が恋しくなってきた。
でも、一つだけ、以前と違う感情が心の片隅にあった。




ーーーずっとここにいたいーーー




そんなあっていいはずの無い感情まで持つようになって来た。


一体俺はどれだけ図々しいんだ。
嫌気が差してくる。


それにまだ、命蓮寺の人への恩を返していない。
返してから、ここを旅立って元の世界に帰りたい。


一体、自分はどうすればいいのか。

・・・それは、なるようになるものかもしれない。


まず、宴会の余興を成功させること。

目先のことで俺がやることはそれだ。



・・・そのために今日はもう寝よう。





ゆっくりと、瞼が落ちていった。





つづけ