東方幻想明日紀 五十話 無意識の邂逅

ここに所属して多少の時間が経っているが、やっと初仕事が舞い込んだ。
向こうに見える人影をこの外に追い返すこと。

鼻息を荒くして、駆け抜けた。
浮かない顔をしたソナレノも横について、人影を目指していた。

「どうしたんだよソナレノ、普段はもっと明るいじゃんか!」
ソナレノは、前、とでも言うかのように顎をくいと上げた。

顔を前に戻した瞬間、目の前に火花が散って、バランスを崩した。
腰を打ったが、何よりもぶつけた頭が痛い。

「言わんこっちゃない…」

言ってないじゃん!!
ソナレノのぼやきを聞きながら頭をさすると、我に返った。

「ご、ごめ…」

謝ろうと目を開けると、そこには僕を捉える真っ白な瞳孔。
焦点が少し遠くに合うと、黄緑の髪、白い肌のかわいらしい丸顔。

背格好は、僕よりもふたまわり大きいくらいだろうか。
目の前の黒い丸鍔帽子をかぶった少女は、にっこりと笑った。

次の瞬間、自分の頬にバシンと音が響き、首が痙攣したように張った。
頬を押さえて、少女に殴られた理由を回らない頭で必死で考えた。
目の前の少女は首をかしげて、さっきと同じような表情でにこにこしている。

「ごめんね、ぶつかって悪かっ…」

言い終わる前に、今度はさっきよりも強い、
首をもぐような勢いの平手打ちがノーモーションで同じ頬に飛んできた。

正直、逃げたい。初仕事なんだけど、逃げたい。

「貴方、私が見えるのね!」
しまいには、倒れた僕の両腕をつかんでこんなことを言われる始末である。

この少女、でたらめだ。

警備というと、こいつを追い出さなきゃいけないんだな。
いや、もう戦意は喪失しているんだけど。
しかも、ソナレノはいるのかいないのかわからないけど、手助けひとつしない。
よっぽどまずかったら駆けつけてくるだろうけど…


「ここに何しに来たの」
得体の知れない少女にマウントを取られている恐怖感と、
頬が腫れているせいか、少々喋りづらい。冷や汗もすごい。

一歩間違えば、次は子供が出来ぬ体になるかもしれない。
もっとも、相手はいないけど。

地霊殿を探しているんだけど、どこかなーって」
これは、質問ではない。脅迫と同義だ。

「わかった、案内するよ」
一応、警備の仕事も兼ねているし。
さっきは命と天秤にかかっていたから忘れ去っていたが、両立できるなら遂行するまでだ。

だが、待てよ。ここで気安くこの子を案内していいのか。
地霊殿には、一時の出会いだったが知り合いがいる。恩もある。
「ちなみに、用事は?」
向かう前に尋ねることができた僕は賢明だったと自賛しよう。

「言わなきゃだめなの?」
また、僕の度胸を試す機会がやってきた。

「ごめんなさい、さあ行きましょうか」
誰に何と言われようと、命あっての物種。
命は、地球より重いのだ。


一緒に、外に向かって歩き出す。
それにしてもこの少女は、どうしてここに入ることができたのだろう。
砂銀が少し前に教えてくれたのだが、
認められた人以外は意識の中に入らない、即ち見えないとのことなのに。
まあ僕が考えても無駄だ。質問も怖いし。

それ以前に一緒に歩いていると綱渡りのような怖さがある。
さっきの理不尽な二連撃で、完全に恐怖が植えつけられたのだろう。
逆に考えれば、相手の心を掌握するのにはいい手段かもしれない。
そう考えると、彼女はとても頭の切れる奴であるという可能性も見えてくる。

こんなに、女の子女の子した格好なのに。
ちらっと横を見ると、少女の前に出した手元に目が釘付けになった。

大きな紫色の球体に、閉じた目のような模様。
いや、おそらくまつ毛が生えているから本物の目だろう。
そこに、数本の紫色のコードが体を取り巻いている。

嫌でも思い出さざるを得なかった、あの少女。
「さとりさん、元気かな…」
「貴方、お姉ちゃんを知っているの?」
つぶやいた瞬間、明らかに方向性を持った声で食いついてきた。
目は相変わらずだが、袖に絡みつく指の仕草は明らかに嬉々としていた。

この子、さとりさんの妹だったのか…
自称の可能性も捨てきれないが、面識はあると見て間違いない。

すると、余計に迷う。
地霊殿の場所を知らないということは、
違う場所に誘導しても気づかれないわけであって。

ふいに、蟻の巣を覗き込むような無垢な視線を感じた。
はっとした。
この子がもしもさとりさんの妹だったら、考えていることは筒抜け…

観念するしかないようだ。


そういえば砂銀はここの出身だったな。
僕が思うのも何だが、ちゃんと帰っているのだろうか。

「とりあえずお姉ちゃんがどこか知ってる?」
黙って首を振ると、少女はそれと同時に袖を強く掴んで駆け出した。

本当にこの子の思考回路はよくわからない。
闇雲に探すつもりだろうか。
それでも最初以降は思ったよりまともだったし、
ただ単に自制のききにくい子なのかもしれない。

動物の声が響くチェック柄のタイルを踏み抜いて考えている最中、
急に景色が変わった。

シックな雰囲気から一変、草花がきれいに植えられた中庭。
中央には涼しげな水音と一緒に小川が流れている。

少女はさらに僕の袖を引っ張り、下に続く階段を指差した。
数段先は、真っ暗で何も見えない。
僕が来たときはそこは通らなかったような気がするが、
そこにいることもあるのだろう。

なんだか物々しい雰囲気を醸し出している。

「じゃあ、僕帰っても」
振り向いて笑顔を作ると、襟を掴まれて。
「えーい」

真っ暗な下り階段に放り込まれた。
さすがに、金切り声をあげた。


階段はすぐに終わり、ずっと真下に落ちていくのだから。


つづけ