東方幻想明日紀 四十四話 僕に付き纏うへんなやつら

狼少年、砂銀の家のそばに清潔感のある人の少ない定食屋があった。
喫茶の役割も兼ねたそこに、お昼時二人で食事をしていた。

「なあ、ヒカリはどうしていつもじゃがいもは生で食うんだ。
 茹でた方が柔らかくておいしいと思うんだけど」
考えてみれば、確かに妙かもしれない。
自分でもじゃがいものみ熱を通さずに食べる理由がわからない。
生が好きという訳ではない。むしろ生魚や生肉は苦手だ。

「じゃがいもは、僕の中では生なんだ」
手持ちの言葉ではうまく説明ができない。
ただ、「生が好き」というよりは「生じゃなきゃダメ」なんだ。

「そんなら、俺からは何にも言わないけどね。
 あんまりおいしそうに食べてないから心配になってさ」

やっぱり、おいしく食べていないという事くらいわかるらしい。
勘が良いのか、慕ってくれているのか…

何にせよ、悪い気はしなかった。



旧都の上、妖怪の山の地下。
こんな間を縫うような幻想郷とも言えぬ世界があった。

広さはかなりのもので、中央には自動化された鉄道まであるらしい。
舗装された、白い地面。
あまりにも明るいが、夜であろう時間になるとゆっくり暗くなる。
どこかの本で見たような水も、電気も通っている。
そして驚くべき事に、仮想通貨でこの世界は動いていた。

あれから数週間が経って、砂銀の話を通してわかった事がいくつか。

この地は突然作られて、試験的に開放された場所である事。
土地は無料で貸与され、独自の仮想通貨が使われている事。
そしてその仮想通貨は住民全員に与えられる。

言わば「お試し期間」という訳だ。
住民を呼び込むためだろう。

これを何かがあると思うのは、疑心暗鬼だろうか。
そうじゃないとはっきり言える根拠はひとつだけある。

それは「妖怪しかここの住民になれない」ということだ。
その妖怪の構成員は、旧都が多数、少数の幻想郷の妖怪だ。

妖怪だけの隔離されたユートピアをここに見出そうとしたのか。
でも、一体どうして…
「なあなあ、見せたいものがあるからさ、うちにきてよ」
考え事の途中で、砂銀がそんな提案をした。
睨むと、砂銀は怯んでくれた。

「いいよ」
僕が言うと、少年は眼を細めた。


一緒にあの六畳に帰ってきた。
すぐに戸棚をごそごそしたかと思うと、
少年はまた戻ってきて笑顔で手を突き出してきた。
その手には、手の力でしわになった紙が握られていた。

その紙を受け取って、文面に視線を這わせる。

要約すると、明後日中央にある広場で酒宴を開くらしい。
どのくらいの規模になるのか見当もつかない。
行きたい気持ちはあったけれど。
「遠慮しとく」
「なんで!」
即答に即答返し。
まるで、断るのかがわかっていたような速度。

「僕はここの住民じゃないし、肩身が狭いよ」
「大丈夫、俺の友達もいっぱいいるよ」

「でも、ばれたら危ない気がする」
「大丈夫、俺がヒカリを守るから」
かっこいいな、おい…
そこまで言われちゃあ、仕方ないか。
砂銀の気持ちをあまり無下にしたくはない。

砂銀は人間と違って長く生きそうだし。

「わかった考えておくよ。今日の所はこれで帰るね」
淡白に別れを告げて、滑らかな足取りで帰路についた。

そう、帰路につくと言っても話は簡単ではない。
帰る方法はふたつだけ。

警備の厳しい妖怪の山をつっ切るか、旧都に戻って回り道か。
前者は小一時間ほどで帰れるが、危険度は言うまでもない。
後者はほぼ半日かかってしまう。

…が、大事な客が来るらしいので夕方までに帰ってくる約束がある。
おじさんが大事な客の相手をしている間、
僕が店を代わりに切り盛りしなくてはならない。

「お困りかなー」
「帰れ」
出たよおせっかいばあさん。今度は何だよ。
破廉恥な服しおってからに、そんなに脇腹に自信があるのか。

「いいの?死ぬよ」
「……で?」
狭まった視界で見た少女は、サファイアを細めてにんまりとした。

「ここは砂銀くんに頼っちゃおう」
「お前この前殺そうとしてたよな…」
ただ、提案は至極まっとうなものだった。
僕が頼めば彼は嫌とは言わないだろうし、多分僕よりも強い。

ただ。
「砂銀に頭下げるのは嫌だ…」
「今さらだけど、キミって結構性格悪いよね」
そう。僕にだって多少のプライドはある。
そのうえ、奴に頼りにされてると思わせたら最期である。

「いーじゃん。一緒に呑みに行くくらいの仲でしょう」
「僕はまだ参加するなんて言ってない!」

「じゃあ、今日食べたご飯は」
「あれは!」

あれは、単に砂銀が一緒に食べようとうるさかっただけで。
僕の意思というよりは、彼の押しに負けただけで…

「ま、いいんじゃない?今回僕はノータッチでいくから」
「待っ…!」

ソナレノは意地悪な笑みを浮かべて、音もなく消えていった。
手は、虚しく空を掴んで、後に何の感触も残さなかった。

馬鹿にして。
僕はご覧のとおりの体格だけど、小さいなりに意地くらいある。

…。




「いやー!おっまえ…おっまえは!ホントにしょーがないなあ!」
「うん」
「俺がいれば百人力だから!向かってくる奴全員噛み切るから!」
「うん、それはやめようね」
「いやーでも参ったなあ。俺…頼りにされてるんだなあ」
こいつ、後で殴る。
本当に嫌だ。もう、嫌だ。

「…具合でも悪いのか?」
「ぜんぜん」
悪いのは、機嫌だ。

それにしても、尻尾があったら千切れんばかりに振っているだろう。
そういう勢いのはしゃぎようである。

煩わしくもあったけれど、思ったより悪い気はしていなかった。
腹立たしいけれど、虫が好かないわけじゃない。

おくびにも出すつもりはないが、ちょっとだけ頼もしくもあった。


地上に出ると、木漏れ日と暑い蒸した空気が同時に差し込んできた。
そして、寒気も同時に湧いた。

今度ははっきりと見えた。

あの時僕に刃を付き付けた少女だった。
銀光りする湾曲した巨大な刀。
そして、犬のような白い耳、白い癖のかかった髪。

「あれ、この前の…と砂銀じゃないですか」
身構えると、少女はほぐれた顔でザックと刀を地面に刺した。

知ってはいたけれど、彼は顔が広い。
無鉄砲で天真爛漫で飾り気がないからだろうか、と考えてみる。

無鉄砲で、天真爛漫で…

「砂銀の友達だったんですか」
「友達っていうか、師匠だな!」
悪いが門弟にした覚えはない。

犬耳をした少女の眼差しが痛い。
これは濡れ衣だ。

「悪いね、ちょっくら送り届けてくるから話は後でな!」
そう言って、無理に僕の手を引っ張った。

話をここで切り上げる必要はなかったのに。
別に、ゆっくり話してもらっても構わなかった。
見た感じ、久々に会ったかのように思えた。

何だか申し訳ない気持ちがわいてきた。
でも、口に出す事は僕の固意地が許さなかった。


妖怪の山を抜ける当たりで、もう日は傾きかけていた。
「あとは大丈夫だよ」
「そっかそっか、んじゃ、明後日楽しみにしてるからな!」

振り向いて何かを言おうとした時には、もう遅かった。

何だよ。みんなして。
こうやって、僕を置いて行くんだ。

…ありがとうの一言くらい、言わせてくれればいいものを。

まあ、頭を下げずに済んだんだ。
アドバンテージは、まだ僕にある。

虚勢だった。



とぼとぼと畦道を歩き、八百屋の前についた。
今日は、やけに野菜が売れていなかった。

中に入ると、おじさんと、背の高い青年が向かい合って座っていた。
青年は上品な雰囲気を醸し出していたが、どこか影を落としていた。
水色の髪に、斑のように混ざる紫の毛束。
白い垂れ耳。ふさふさの白い大きな尾。

「ほら、お前さんに話があるそうだ」
「えっ、僕だったの」

じゃあ、話は逆で切り盛りをするのはおじさんの方だったのか…。

僕がうろたえている間に青年は、ゆっくりと顔を上げた。
穏やかな瞳が、僕をとらえる。


「――はじめまして、ノ久一と申します。アヤクと呼んでください」



静かな声は、畳の間にしんと染み入った。



つづけ