東方幻想明日紀 四十二話 人工太陽のある近代地下都市

「なあってば!なんで無視するんだよ!」
さきほどから、狼少年に付き纏われて困っている。
それも、数時間前に攻撃してきた奴がである。
介抱したとはいえ、あまり関わりを持ちたくないところだ。

ただ、それ以上に。
「僕はお前に興味がない。だから、これ以上僕に近寄るな」

「興味がないのはお前が知らないだけだ!好きも嫌いもないだろ!」
いきなり正論をぶつけられて、うっと声が出た。
反論の余地は、ほぼない。
こいつに論で負けるとは心外である。

逃げたらきっと回り込まれる。
観念して、軽く顎先を睨みつけてやった。

「……で?」
「そ、そんな顔するなよう。お前、すごかったじゃん」

狼少年の委縮した様子が、声色で分かる。
ちょっと威嚇しすぎたかもしれない。

「すごかったとは」
「だって、さとり様と普通に話してたじゃんか!」

さとり様、っていうとあの紫の髪の陰気そうな少女か。
余程絡みづらいのか、それとも余程信頼を置かれているのか。
それはわからないが、彼女と僕が対等に話していれば、
砂銀は僕に対する評価を改めざるを得ないのは間違いない。

好意的ではあったのだろうし、また何かの折に顔を出せるといいな。

ああ、そういえば砂銀に訊きたい事があったんだった。

「ねえ、何で僕を襲ったんだ」
少年は何もない空を見上げて、もう一度向き直る。
「ちょっと…いろいろあってだな」
「そっか」

もう、彼に用はない。
登りになるが、来た道を引き返せば戻れる。

それなのに、少年の手は僕の襟もとに食い込んだ。
「尋ねないのか?」
「興味がないからね」
「じゃあ言うから!お願いだから執拗に帰ろうとしないでくれ!」

困った。まさかこんなに懐かれてしまうとは。
正直、数時間前に殺害しようとしてきた奴と関わりたくないのだ。

わかってはいたが、単純なのだろう。

「人間を倒す訓練をしてたんだ。来るべき日に備えて」
少しだけ、彼に興味がわいた。
正確には小さな彼の背後だった。

「抗争でも仕掛けるつもりなのか」
彼の言い方がもう少し違っていたら、僕はせせら笑っていただろう。
だが、今はいたって真剣だった。

「…俺も詳しい事は知らないけど、そう言ってた」
「誰がだ」

口ぶりから、さとりという少女ではなさそうである。
彼も知らないか、口止めをされているのか。
それは僕の知るところではないが、もう少し話を聞きたくなっていた。

尋ねようと開いた口は、反射的に閉じられた。
目の前に割って入った影に邪魔をされたのだ。

「案内してくれないかな」
「お前は、あの時の…」

少年は戦闘態勢こそ取らなかったが、声は確かに殺気立っていた。
割って入ったのは、緑色の髪が特徴的なソナレノだった。

「案内?」
「あれ、そういう流れじゃなかったっけ?」
もうお前は引っ込んでいろよ。
砂銀でさえ困るなんてよっぽどだぞ。

「ああ、確かにこの後俺の家に案内しようと思っていたけど」
「でっしょー」

僕を置いて、話は進んでいく。
いよいよこの少女は僕にとって気持ち悪く感じられた。
保護者を名乗り現れては消え、それも未来からやってくるように。

どう見ても、目的がある。
別に彼女は嫌いじゃないし、悪人のようにも見えない。
誘導されているようで癪ではあるが、別に反発するほどではない。

…乗った。

「案内してくれないか」
僕が言うと小柄な少年は、ニッと笑って強く僕の手を引いた。
その手を思い切り払うと、少年は硬い地面に頭からつっこんだ。


果てしない上り坂。
旧都の出口と正反対に位置する門をくぐると、
そこは光溢れる世界だった。

外の世界と錯覚することすらなかった。
錯覚しようにもここはあまりにも光が強すぎた。

そして地面は薄暗い色をした土ではなく、一様な白い床。
ところどころに黒い土が落ちているのは、この際どうでもいい。
近未来的なマンションによく似た居住地が立ち並んでいる。

何から何まで、視線があっちにいったりこっちにいったり。
動揺こそしたが、心躍るようなことはなにひとつない。

何から質問していいかわからず、そのまま砂銀の家に案内された。

「すごいだろう」
着くなり、彼の弾んだような声に僕はただ頷いた。
彼は鼻先をぴくぴくさせていて、いかにも緊張していた。
今、頷かされているといっても決して過言ではない。

どこか、遠くの記憶。
こんなような家具を、見た事がある。
こんなような景色を、見た事がある。
清潔感のある座敷。
薄い壁かけじゅうたんには、絵が動いている。
座椅子がある畳の六畳空間。

緑髪のボブの少女は、わざとらしく見回して感嘆の息を漏らす。

狭くて質素だったけれど、幻想郷とは異質の何かを感じていた。
そして、幻想郷よりも僕にしっくりとなじんだ。

「…旧都か?」
「この場所はごく最近できたところだ。
 まあ、半分旧都だろ。妖怪の山の下、旧都の上かな」
得意げに言った少年は、近くの座椅子を座れとばかりに指さした。

尋ねたいことが、また増えてしまった。
横をふいと見ると、したり顔の少女。
何だか行動を監視されているようで、あまり気分がよくない。

「この家はどうしたんだ」
「無料で貸し出されてるんだ。ここをねぐらにしてるんだ、俺」

…だんだんきな臭い話になってきた。

「どこから借りた」
「お役所から」

その口ぶりから、やはりここにも一つの社会があるらしい。

「その顔だけで、見せた甲斐があったよ」
「…」
少年は小さくつま先で伸びをすると、僕の手を引いて外に出た。
やはり外は明るくて、目の奥につんと刺激を与える。

駄目だ。こんなに明るいのはどうにも慣れない。

「ねーえ」
「…ん」
ソナレノが、そっと僕に耳打ちをした。
「ここに住んじゃわない?」
とんでもない提案だ。
「帰るところがあるんだけど」
早く地上に戻ってあのおじさんに謝らなくてはならない。
場合によっては、お医者さんにも。

視線を上げると、少女はまた消えていた。
幽霊か何かではないのかとさえ思えてきた。


砂銀に手を引かれ、また会う約束を無理やりさせられて。
やっとの思いで外に出ると、そこは深い深い光のない場所だった。
真っ暗で何も見えるものは無かった。
風に呼応する葉の音で、ここが林らしいことがわかった。

忘れていた。

先ほどまでいた場所は、妖怪の山の真下だという事を。



つづけ