東方幻想明日紀 十七話 きっとこれからも、あしたもあさっても

「いらっしゃいませーっ!!」

はつらつとした高い声が、小さなお店の中にこだまする。
その蕩けるような甘い音が、胸の奥を掻きたてる。

この声は、僕に向けられているんじゃない。
そう思うたびに、僕の中の
「なーにぼっとしてんの。具合悪いの?」

厨房で考え事をしていたら、昨狐さんに心配をされてしまった。
「…いや、この声が僕に向けられていたらなあって…」
「え?」

昨狐さんは顔に疑問符を浮かべていた。
「ぴのすけが太陽で、僕がひまわりで」
「ちょっと向こうで休もう?働きすぎなんだと思う。」

説明を試みようとしたら体調が悪いと決めつけられた。理不尽だ。
仕方ないので厨房の椅子に腰をおろして、休憩。
ちなみに全く疲れてなどいない。

…沙代ちゃんがこの世を去った日から、一週間が経った。

新しい毎日が、始まりかけていた。
以前のぴのすけの言うとおり、ぴのすけの顔を覚えている者はほとんどいない。

ぴのすけの姿を目の当たりにした大人は、例外なく彼女に殺されているからだ。
一言で言うとこんばんは!死ね!という事である。
つまり、存在は「忌むべきもの」なのだが、彼女の容姿は知られていない。
白髪の小柄な醜悪な老婆だと認識されているほどである。

そう言った理由で紫詠さんと昨狐さんと、いくつかの約束を交わした。

人を襲わない事。このお店で誠意を持って働く事。 
そして、この村の住民として、末永く生きていくこと。

それを条件に、彼女と僕はここで働きながら、
素性を隠してこの家に住まわせてもらう事になったのだ。

ぴのすけは、少し前にこの村にやってきた。
僕と同じように、ここから離れた場所で目覚めて、ここに行きついた。

捏造である。

あの洞窟の生活には、もう戻れない。
それでいい。それでいいんだ。
それこそが正しい道であると。
僕たちは真人間として、これから生きていくんだから。





「…今日の夕方、村の皆が集まる宴会があります。」

お昼時、ぴのすけ、僕、紫詠さんの三人でご飯を食べていた。
紫詠さんが、不意にそんな事を切り出した。

自分の口元が、上がっていくのがわかる。
初めて、宴会に僕たちは行くのだ。

この小さな村には親睦会にも似た宴会が一定周期である。
要は皆集まる酒の席。
実は割と前に誘われた事があるのだが、
早く帰らないとぴのすけに怒られるので断っていた。

でも、もうぴのすけはここで生活をしている。
それならばということだろう。

「…本当に、いいの?」
ぴのすけの顔は、期待と不安が混じる複雑な表情だった。
「まあ、顔を覚えていない人がいないのなら…多分大丈夫でしょう。」

「うん。もれなく息の根を止めてるからそこは大丈夫。」
「そこ胸を張るところじゃないから!」
誇らしげに言うぴのすけに、僕が鋭く切り込む。

何にせよ、大丈夫らしい。
ぴのすけの事だから、人間に情は掛けないだろう。

ただ、今もそう思っていないのだろうか。
少し不安を抱えつつ、僕は箸を音を立てて置いた。




西日が深く差す夕暮れ、僕たちは部屋の灯りを消して、ふすまを開けた。
四人で店を閉めて、外に出た。

「ぴのすけ、いいか。絶対に人を襲うなよ。」
念のため、釘をさしておく。

「大丈夫だよー。たぶん。」
「すっごく不安になってきたんだけど…」
そのたぶんの意味するところを突っ込んで訊きたい。

「もし、人を襲ったら…」
ぴのすけが嫌がる事…何だろう。
少し考えるけど、彼女が嫌がる事がパッと出てこない。

…ああ。あった。
「じゃがいも、食べさせてやらんからな。」
「えっ…」

想像以上に良く効いた。凄い絶望的な表情をしております。
というか、そんなに好きなのか。生でいっつもいくのに。
「嫌だったら、絶対に人を襲わないでよ?」
「うん…」
これで、大丈夫。

「じゃがいも、好きなんだね〜。」
昨狐さんが、ぴのすけに朗らかに話しかける。

「結婚したいくらい愛してる!」
ぴのすけの口から漏れた衝撃の告白。
ナニ、そういう目でお前はじゃがいもを見ていたのか。
男爵か。男爵に惹かれたのか。粉質だもんなあれ。

というか…何だろう。物凄く刺さるような嫌な気持ちだ。

二人ともきょとんとしていた。
「ねえ、じゃがいもとは結婚できないよ。」
「好きが進むと、結婚するんでしょ?ヒカリが言ってたよ。」

頭を抱えた。そういう意味でとっていたのか…。
僕はただ単に…はあ。

紫詠さんが、似合わぬきしょい笑みを浮かべてこちらを見る。
「…何ですか、殴りますよ。」
「そんなに怒りますか。」

本当に余計なお世話だと思う。紫詠さん、下世話。
でも、彼とはあの一件以来、幾分親しくなったと思う。

こうして四人でいられるのがどれだけ幸せなのだろう。
温かさが、ここにはあった。

僕たちは、ひたすら村の真中に向かって歩く事にした。
しばらく歩くと、夕闇に浮かぶ灯りが点々と見えだした。

「楽しみだね。」
小さくため息をついて、僕はぴのすけに話しかける。
少女は、顔を傾けて目を細めた。

いつも通りの、半笑いだった。


つづけ