東方幻想今日紀 百六十八話 深水の目的、終わるはずだった悪夢

あの夜退院してから、また日が昇る。
本当ならば、今日はもう幻想郷に戻っているはずなのに。

少し前からひしひしと感じているのだが、何かがおかしい。


そして、あれから彼我さんの姿を見ない。
本人は力尽きて、この世界は余韻のようなものなのだろうか。

だとしたら良いのだけれども、今一つそうじゃない気がする。

元凶はシャクナゲさん。
そんな事をヒカリは言っていた。


冗談をいう空気じゃなかったけど、まさかねー。


結局ヒカリは詳細を明日言うと先延ばしにしたし。
明日が来るかどうかなんて誰にもわからないのに。


今は、学校で地理の授業を受けている。

ナズーリンさんとヒカリの猛反対を振り切り、
深水の意見に賛同して、学校に行く事にしたのだ。


なぜなら、「そちらの方が正しい気がしたから」だ。


危険が迫ったらヒカリに助けてもらえばいい。
だから大丈夫・・・


「えー、で、このリアス式海岸。どういう語源かわかるかなあ?
 はいそこであくびした東雲くん。
 一つ数える間に答えてね。いーち。」

「えっ・・・あっ、学者名!?」

「ぶー、時間切れ。答えは地名からなんだよ。
 次からはボーっとしていちゃだめだよ。」

おいおっさんボーっとしてなくても反応追いつくわけねえだろ。
冷酷な軍人でも三分は待ってやると言ってるんだぞ。

・・・まあ、でもボーっとしてた俺が悪いんだけど。


幸せそうな体系の癒し系おじさんは黒板に向き直ると
でかでかと「リア」と書いた。


「!?」


「はい、リアっていうのは『入り江』っていう意味なんだ。
 ガルシア語で、つづりは『ria』って書くんだ。」


俺じゃない・・・俺じゃないぞ・・・。
反応するな、反応するな、変な奴と思われるぞ。


「じゃあみんなで発音してみよう。リア!」

「「「リア!!」」」

教室に大音量で響きわたる俺の名前。


なんで発音するんだよ嫌がらせか。
凄く歯がゆいんだけど。身体の奥がむずむずする。


「さて、この入り江、つまりリアがいっぱい集まるとどうなる?」

大変な事になる。(体験談)


「さあ東雲くん、名誉挽回のチャンスだ。どうなるんだ?」

「大変な事になります。」


「・・・うん。ご名答だね。複数形で『S』がついて『rias』
 で、『リアス』っていう読みになるね。」

リアだけじゃなくて先生にも「S」が付いたようです。
まさか流されるとは・・・。


それにしても、誰も俺の姿を不思議に思わない。
手に巻いた包帯(本当は義手)や、変わっているはずの顔立ち。

気付かないはずがないと思うんだけど・・・






「うふふふふ入り江くん。うふふふふ。」
「・・・ぶっとばされたいの?」

授業が終わるや否や、気色悪い笑みを浮かべてヒカリが近寄ってくる。うぜえ。
俺は弁当の包みを開けながら、向き直らずにぶっきらぼうに返した。

ふと、隣の席に誰かが座った。
顔を見た瞬間に、条件反射的に身体を引いてしまった。

「おろ、なんで避けるんだよ?」
「あー、ああ。ごめん。虫かと思った。」

それは、サンドイッチを片手に持った好青年、稟だった。
とっさに心にもない言い訳をして、取り繕った。

「・・・まあいいや。今日の午後シュウん家遊びに行っていい?
 ほら、お昼で学校が終わるじゃん、んで部活が休みなんだよね。」

「だ、駄目。今日いろいろ忙しいから!」

嘘だった。

稟が細い目をぱちくりさせる。
まずい。こちらの動揺があちらに伝わっている。

「そっかー、ならしょうがないな。またの機会にな。」
「ああ、悪い。」

わざとらしくにっと笑った稟は、少し残念そうな目をしていた。

「ところで家で何すんの〜?」

ため息をついて卵焼きに箸をつけた瞬間に、予想外の質問を投げられた。

「いっ・・・妹と遊ぶんだ!」

福引のティッシュみたいな返しが出てきた。
むしろ答えられずに卵焼き噴出した方がましだった。


「・・・一日中ずっと?俺がいちゃいけないの?」
「お、おう!今日は徹夜!!」

もう後には引けなかった。
一方の稟は引いていた。

稟は黙ってサンドイッチを頬ばった。

ヒカリはニヤニヤしながらその様子を見ていた。

俺は机に突っ伏して血涙を流した。
ここに味方はいなかった。



「どうしたの東雲くん?」
「いやー、昨日何かあったかなーって。」

茶汰野さんに話しかけてみる。
昨日俺の頭を包丁でプッスリした女の子だ。

少し抵抗があったが、勇気を出してみた。


「昨日?調理実習があったね。」
「そう、そこで何かなかったっけ?」

もちろん実習後の昼休みである。

「あ、そうそう!東雲くんたちが遊んでたせいで
 私たち皿洗いやらされたんだよ!?何でその時来なかったの・・・」

「えっ・・・ごめん?」

茶汰野さんがむくれた顔で抗議した。
でも俺、その時いなかった事になってるの・・・?


その後しばし、茶汰野さんの愚痴を聞いていた。
何だか腑に落ちなかった。


そしてその間ずっと、ヒカリはそれを見てニヤニヤしていた。





「いやー、お前って色々人生損してそうだよなー。」
「余計なお世話。よく言われ・・・ないけど自覚はしてる。」

昼食が終わって、帰宅途中、ヒカリと二人での畑道。

「今日、何もなかったな。」
「まあね、何もなくていいだろ。昨日みたいな事があってたまるか。」

昨日のあれのテンションが毎日続いたらおかしくなってしまう。
こういう日常があったっていいのだ。

ヒカリが何者なのか、そんな野暮な事はもう尋ねない。
心強い味方、とだけ思っておこう。







夜、皆が寝静まったところだった。
布団の中で、声が漏れないように、深水と話をした。

昨日の惨事と今日の日常の報告をしたのだ。

『そうか。まあ何があっても不思議はなかろうて。』
「それ言ったら報告した意味ないだろうが・・・。」

布団の中、抑えた声で言う。
もうナズーリンさんが寝ているのだ。起こすわけにはいかない。

『大丈夫じゃ、何があっても、必ずお主は幻想郷に帰れるぞ。』
「そっか。随分と自信ありげに言うけど、元気づけてくれてるの?」

深水がやけに自信を持って言うので、少しほっとした。
根拠なんて、あるはずもないのだが。

『お主の妖怪化ももうすぐ解ける。現代に帰れるんじゃぞ。』

・・・またまた御冗談を。
そんなに簡単に妖怪化が解けたら苦労しないっての。

原因さえ分からないくらいなんだから・・・。


『それに儂の使命も、もうすぐ果たせるのじゃ。
 やっと、儂の作ってくれたお方に、顔向けができるのじゃ。』

頭の中で響く声は、嬉しそうに跳ねていた。
いつの間に、声に備わる感情を身につけたんだろう?

不思議な刀だと思う。

深水を作った人って一体誰なんだろう?
幻想入りしたら、既に俺に身についていて。

何度もほのめかす、「使命」の言葉。
きっと、深水の製作者は小春みたいな奴か、人智を超えた何かなんだろうね。

・・・思い切って、尋ねてみよう。


「ねえ、使命って何?」

もしかしたら、さっきの繰り返しで俺を現代に帰すことだったりして。
残念だけど、もう帰りたい気持ちは完全に失せているから無理だけどね。

『もう、言ってもいい頃合いじゃろうからな。』

お、これは言いそうな感じだ。
胸を高鳴らせながら返答を待つ。

まさか、もっと面白い事だったりして。

人間になりたい・・・とか!?
だとしたらかわいいな。前みたいな実体化した姿になるのかな?


『幻想郷を滅ぼす危険因子を、存在ごと消す事じゃな。』


返ってきた答えはちっともかわいくなかった。
というか怖かった。


正直、今の今まで無に還す能力をナメていた。
そうだよね、深水がそんなにかわいい訳がないよね。

というか、幻想郷を滅ぼす危険因子。
そんなものあっただろうか?

小春が若干それらしい事をしていたが、俺が潰した。


そもそも、人物なのか、はたまた災害のような事象なのか。
俺にはわからなかったけれど・・・


「・・・深水?おい、おーい。」


満足したのか、深水はもう眠っていたようだった。

俺も疲れたのでもう寝る事にした。

まだ、夢は解けないのかな。
彼我さんは、今どうしているんだろう。

やっぱり、大方の力を使い果たしていて、力だけが漏れ出しているんだろうか?
だとしたら、もうすぐこの夢も終わるんだろうね。


あした、幻想郷にいますように。
ナズーリンさんを、呼び捨て出来るようになってますように。

布団を頭からかぶって、ゆっくりと目蓋を落とす事にした。




目蓋を落とす直前に悪寒が襲ったのは、気にしても仕方のない事だ。



つづけ