東方幻想今日紀 百六十話 タイムパラドックス

※リア君は現代入りしている。
ただし、その世界はリア君の記憶をベースにして彼我さんが具現化。
この世界は「リア君の記憶を頼りに」「自然」に動いていく





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



彼我さんと話し、一段落したところで。
図書館の曇りガラスに人影が映り、直後にガラッと無機質な音。




「あ、リアと・・・っ!?」

ナズーリンは俺の横に目をやった瞬間にその場で身構えた。


「・・・大丈夫。本物だから。」

俺が諭すと、構えた腕は解いた。
でも、距離は取っている。顔は硬直していた。


正直、もしもこの彼我さんが偽物であるならば、
距離を取っても無駄だとは思うのだが。


きっと、俺が洗脳されているという、
そんな可能性も彼女の頭にはあるのだろう。

もしかしたら、俺を偽物とすら思っているのかもしれない。


本来なら俺は授業にいるはずなのだから。




ならば、その不安を取り除くまでだ。


記憶を巡らせて、ひとつの過去の出来事を、
頭の海から浮上させる。


今の彼女は俺の記憶を読める。
だから、二人の時にあった昔の事を思い出せばいい。



「・・・」


一番古い記憶、それは出会ったときの記憶だった。

あれは、冬を目前にしたもう秋の深い頃だった。


彼女は、命蓮寺の門の前で竹箒を手にしていた。
あれから二年が経った今から考えると、

ナズーリンが門の前を掃除しているところなんて、何度も見ていない。


きっと、あれは偶然だったのだろう。


俺は、最初に彼女に宿の話を持ちかけようとした。
考えても見ると滑稽な話である。

だけど、口調と見た目のギャップに、完全に気圧されてしまったんだ。


彼女は黙っていれば、凄く大人しくて、小さくて、従順そうである。
あくまでも、黙っていればの話。
実際はかなり意地っ張りで、気が小さくて・・・いっ!?


「・・・悪かったな?」


頬の鋭い痛みに、細めた目を開くと、
眉根を寄せた彼女の顔が目の前にあった。


怒りと、呆れ、安堵。

色々な感情が混ざった表情を浮かべた彼女は、
なんだか生き生きとしていた。


「いやー・・・懐かしいね。」
「この状況でよくそんな顔でそんな事が言えるな。」


頬をつねられて、ニヤニヤしながら呟く。
傍から見ればド変態である。


そんな中の状況、ここでひとつだけ疑問がある。

今、彼女が言った言葉から推測するに、
ナズーリンはリアルタイムでの感情や思考を読んでいる。

でも、今までは記憶しか読めなかったはず。
どうして考えている事まで伝わったんだろうか・・・?


「それは、私があなたの思考をそっくり横流ししたからですよ。」

横で彼我さんが笑顔で指を立てて説明する。
さらりと、恐ろしい言葉と一緒に。


「何してんですかあんた・・・」

「そうでもしないと、意思疎通が不可能じゃないですか。
 あのままだと、リアさんの記憶をナズーリンさんが読めませんからね。」


・・・ん?あのままだと読めない?
彼女が記憶を読むのに、条件が必要なのかな?


「そうですね・・・リアさん、自分に能力はありますか?」

首をかしげていると、彼我さんは優しく問いかけてきた。


考えてみると、確かに能力らしきものは感じた事はない。
料理もできないし、記憶も満足につなぎとめられない。

空も飛べない。まともに戦うことすらできない。

ときどきとりつかれたように危険に走って、
なぜか生還できちゃうのは能力とは言えるんだろうか。


「やっぱり自覚してないんですね・・・
 まあ、それは仕方ないです。
 あなたの能力は自覚が難しいのです。
 私ですら最近気が付いたのですから。」


俺に能力なんてあったのか?
いつも足を引っ張ってばかりでそんなこと考えた事もないけど。

あるとしたら、凄く気になる。

一体何なんだろう。
もしかしたら、途轍もなく凄い能力だとか・・・?

「まあそれはさておき、今の状況を説明しちゃいましょう。
 やっと私にも現況が把握できましたし。ね、リアさん。」

「好奇心掻きたてといて何を言っているんだお前は。」

彼我さんは気にした素振りもなく話の流れをせき止めてまわれ右。

コミュニケーションのコの字もなかった。


・・・まあいいや。

彼我さんが現況を把握できたなら、その説明が優先だ。


今、俺たちがどんな状況に置かれているか。
それがまとまりつつあるんだ。



この三人の情報を集めれば、変化をあぶり出すなんてたやすいことだ。













「あれ、次理科だったっけ?」

「そうだよ。珍しいな、時間割見てなかったの?」


英語の授業の終わりに廊下に滑り込む。
先生が出て行ったあと、教室に入るともう既に皆は荷物をまとめていた。


皆がいそいそと用意する中、稟に尋ねると彼は怪訝そうな顔をした。

そんなやりとりを見て、遠くにいたヒカリが駆け付けた。

「今日のシュウちょっとおかしいよな・・・どうしたの?」

ポッと出のお前だけには言われたくないわ。
第一お前の正体も分からんのに俺の事を知った風に・・・・


・・・俺を、よく知っている?


普段の俺を知っているのは、どうして?
作られた夢の世界に入りこむだけでは、俺の記憶なんてわからない。


俺の記憶に入りこむだけなら、俺の普段の行動なんてわからない。


そんなセリフが彼から出てくるのは、
三者から見た、「誰かの記憶」が必要なのだ。


彼、ヒカリの正体が、ちょっとずつ見えてきた気がする。
もう一歩。もう一歩なんだ。



そうだ。


彼、フルネームがあるはずだ。

幻想郷での「ヒカリ」は、自分の名前を「ヒカリ」と言っていた。

この世界の「ヒカリ」は、フルネームがあるはずだ。


「あ、ちょっと用意遅れるから先行ってていいよ。」
「今日実験だけど、大丈夫か。遅れたら前に出てやらされるぞ。」


「平気平気。俺そういうときの機転はまあまあ利く方だから。」


笑顔で稟の忠告を流す。
どうしても確認したい事ができたんだ。


しばらくすると、教室には誰もいなくなった。
授業が始まるまで、あと数分。

ヒカリが座っていたはずの席を捜す。


小さな、疑念。



・・・あった。


名前が書いてある書いてある白い札に目をやった。



チャイムが鳴ったはずなのに、俺には聞こえていなかったらしい。






そこには、「深水光」という、よく知った名前が書いてあったのだから。






我に返る頃には、もう授業が始まっている時間だった。




俺の中の小さな疑念は、積み重なって。


たったひとつの点に、集約しようとしていた。


つづけ