東方幻想今日紀 百五十七話 ホームシック

「まずは制服を調達しなければなっ。」
「あのさ、そういう問題じゃないと思うんだけど」

ナズーリンと深水が学校に行く事になった・・・が。
よくよく考えると根本的な問題が二つある。


夜の11時。もう深夜である。
あと、たぶん二人は生徒としてここにいない。


だから、彼女たちが俺と一緒に学校に行くのはちょっと・・・


「お主の妹はまだ起きてるかのう?」
「やめろ小春を巻き込むな。」

こいつら、妹からたかる気だったのか・・・
そもそも、小春からは一着だけしか借りれまい。

うちの学校は自由制服だから、
どの制服でもいい事はいいのだけれども。


さあ、どうする・・・


「さっき君の母から借りれたぞ。」
「なんですと!?」

この方たちは本気でした。
よどみなく一着の制服を手に入れてしまった。

・・・でも、どうやって学校に入るんだよ。
生徒じゃないんだぞ?


「常に空いている教室とかはないのかのう?」
「できれば君の教室をいつでも覗ける場所にあるところで」

「それ、もう助ける気あんまりないよね?」


むしろそれは高みの見物というものだろう。

まあ、教室内で何かあるわけでもなかろうし、
登下校に気を付けるくらいで十分だろう。


「じゃあ、どうすればいいんだ・・・」
「普通に家にいてください。」

「家にいながらお主を守る方法なんてあるのか!?」
「もう守らなくていいから・・・な?」


あまりにも過保護すぎる。もうそろそろ諦めてほしい。
俺は、一人でも生きていけるから。たぶん。


それに・・・いざとなったら「助けて」と言えば・・・

いやいやいや。あれは罠だ。絶対に言ってはいけない


でも確かに怖いし、具合もよくないし。うーん。

「とりあえず、お主の妹に制服を借りに行くのじゃ!」
「ああ、そうだったな。全力でお願いしに行こうか。」

「なんでお前らそんなに図々しいの?」

いきなり思いついたように立ち上がると、二人はすぐに廊下に駆け出して行った。


俺も重い腰を上げて、ため息をついて、二人の後を追った。






「頼むこの通りじゃ、制服を貸してくれんかのう」
「え・・・なんで?」

こっちの世界の小春は、驚いたように訊き返す。

それはそうだろう。
実の妹にいきなり制服を貸してくれなんて言われたら、普通おかしいと思う。

・・・あれ、小春は、中学生で。
でも小春はナズのこと、ナズ姉と呼んでいた。

という事は・・・ナズーリンは高校生、もしくは中学生という事になってるのか?

ナズーリン。もしかしたら制服がそっちに用意されているんじゃ・・・」
「その可能性は、もう潰した。そんなものはどこにもなかったよ。」

彼女にこそこそ耳打ちすると、謎の先回りをしていたことが発覚した。
やっぱり彼女は頭が切れる。もう怖いよ。

「むう、どうしても駄目か。」
「あんまり私の制服は・・・ぶかぶかでしょ?それにだいいち、何に使うの?」

「う・・・」


深水が用途を尋ねられて言葉に詰まる。
それは仕方ない。俺も、どう答えればいいのか分からない。

深水には悪いが、このまま問い詰められ続けて諦めてもらおう。

にやついていると、ナズーリンがすっくと立ち上がって、小春の方に歩み寄る。
この状況でどう打開するんだよ・・・。

「すまない小春、とても言い辛いことなんだが・・・」


ん、切り出しは普通か。さて、ここから何を言うのか・・・

ナズーリンが困ったように首をかしげて、指先を口元にあてた。

「秋兄が制服プレイをしたいと言い出してな・・・」

てめえこらおい。
あれ、急に小春が無表情で立ち上がってこっち来た。

ははは、俺の首に冷たい手をかけてどうするのかなあび ょ ぉっ

助けっ・・・









「なんだよあの握力・・・うっ、いててっ」

上体を起こすと体中が猛烈に痛い。
びりびりっとした刺激が全体を襲う。

「すまないリア、あの後淡々と君を殴り続ける小春を止められなくて・・・」
「無表情で機械的に鳩尾を殴っていたのじゃから、とても儂じゃ・・・」


絞首で男の意識を一瞬で飛ばすとか・・・
なんだあいつ。ゴリラかよ。

そのあとはキラーマシン。なんだかこの物騒な家にいるのが嫌になってきた。


「・・・で、制服は借りられたのか。」
「すぐに制服の心配をできる君の頭の回転の速さには感心するよ。」

ナズーリンが、呆れたように首を左右に振る。

この様子だと、借りられなかったのだろう。
まあ、仕方ない。聞いた様子だと俺をひっぺがすだけでも苦労してそうだ。


「まあ、これで俺一人で学校に行ける・・・」
「制服は一着あるんだぞ?」

俺の言葉を笑いながら遮るナズーリン
その凍りついたような笑顔が、寒々しかった。


「そもそも、どうして学校に行かなくちゃならんのじゃ。
 ここは現実ではあるまい。おまけにお主は熱もあり、身体中ボロボロじゃ。
 そこまでして、学校に何を求めているんじゃ・・・。」

「みんなに、会いたいから。」

何も考えずに、反射のように返した言葉。
でもそれは、今まで心にもなかった言葉だった。

初めて出てきたそんな言葉に、自分でも驚いてしまった。


二人とも、水を打ったように静かになった。


「わかった。そうだな、楽しんできてほしい。」

ナズーリンが、それだけ、笑顔で言った。


でも、頭にその姿が焼き付いてしまった。



満面の、自然な笑顔を作る前に、眉毛が、ぴくっと一瞬動いたのだ。
それは何を意味するかは、俺はもう察せた。

その行動で、自分の置かれた状況を、把握した。


そっか。




もうすぐ、ナズーリンと、深水と、命蓮寺のみんなと・・・





おわかれ、しなくっちゃね。






でも、大丈夫。そのうち、会えるから。
また、会いに行けばいいんだ。




また・・・




「ごめん、急にトイレに行きたくなった!」
「あっ、リア?」




胸の込み上がるものを抑えきれなくて。





息せききってドアを閉めて、しゃがみこんだ。




顔が、熱かった。




つづけ