東方幻想今日紀 百五十五話 国民的スポーツ「しりとり」

「あのー、暇なので将棋でもしませんか。」
「どうせ空想だし、筒抜けなので嫌です。」

腕を軽く顔にあてて、駅のホームでまどろみながら言う。

薄紫のワンピースを着ている彼我さんは、
見るからに退屈そうだった。

お腹がすいている上に、まだ三十分も電車が来るまでに時間がある。

これを寝るなと言われたら、キレる。


「じゃあ、しりとりでもしませんか?」
「・・・」


正直、しりとりをしたら終わりな気がする。
暇だからしりとりをして、終わった後の虚無感。


でも、よくよく考えてみると。


彼我さんが力尽きるまで、この夢は続く。
彼女が体力を使いきれば、外に出られるのだ。


じゃあ、やっぱり彼女を暇にさせておくのはもったいない。

「いいですよ。やりましょう。」
「本当ですか?」


筒抜けなのだろうか、それとも心を読もうとしないのか。
笑顔からはそれをくみ取る事は出来ないが、彼女は嬉しそうだった。


「じゃあ・・・りんご!」
「ごますり」


だが俺は、しりとりなら負けない。

俺は全国しりとり大会初代王者なのだ。
ただし、大会はその第一回しか開催されていない。


初手はおきまりの、りんご。

もちろん・・・即答で「り」返し。
これは中級テクニックである。


「り・・・陸。」
「栗」

彼我さんが軽く唇を噛んでいる。
残念ながら、この勝負、俺の勝ちみたいだ。


(ニヤッ)

「・・・!?」

俺が勝ち誇った瞬間に、彼我さんは不敵に笑った。


「まだ、私は負けません・・・倫理!」
「料理」


「はうっ・・・!?ずるいですよ!!」

「『り』返しから『り』返しは対処があるんですよ〜」

とっさにり→りの言葉を思いついたようだけど、甘い甘い。
まだ、あったんだよね。


「あっ・・・ふふ、両隣!」
「離頭銛」

「どーしてなんですかぁ・・・」


彼我さんが泣きそうな声になる。
迫りくる「り」のスパイラルから、あなたはもう逃れられない。


「もう、思いつきませんよ・・・」
「何も、『り』で返さなくても・・・」

「そしたら、負けるじゃないですか・・・」

どうしよう、彼我さんが凄い幼く見えてきた。
これ以上俺に何かの攻撃をかけるのはやめてください。


「心は読まないんですか?」

「読むのは、記憶です。記憶していないものは読めません。
 出来なくもないですが、それだとずるじゃないですか・・・」

なるほど、思っていた事がそのまま伝わるわけではないのか。

つまり、彼女は記憶として長期に残るものだけをくみ取って、
自分のものにできるんだな。

それに彼我さんは、思ったよりも真面目だった。

いや、もともと真面目なんだろうけど、
やはり障夢異変の印象が大きかったので、
どうしても真面目な感じが連想できない。


「うー、力量。」


・・・これ以上の嫌がらせも心が痛い。
だいぶ消耗したようだし、少し迂回しよう。

「鱗」

「子作り!」


うわ。どや顔で逆襲してきた。
当たり前だけど・・・。

というか、単語えらんでください。

もう見境ないな、彼我さん。


んー・・・り、り・・・。


「・・・理科係。」

「うっ・・・ううう・・・。」

彼我さんががっくりとうなだれる。
あー、ちょっとやりすぎちゃったかな?


「あの、なんか、ごめ」
「謝らないでください・・・ひとつ、ルールを付けましょう。」

「え?」

彼我さんが顔を起こすと、きっとこちらを見据えた。


「即答できないと、その時点で負けというのは・・・」
「はあ、わかりましたよ。」


まあ、短期決戦になっていいよね。
即答なら負けないし、彼我さんも頭の回転はいい。

さすがに、超高速で「り」を返せるほど、俺も強くない。

そんな事が出来るのならば、
とっくにプロになって、世界大会にも出られるだろう。

いかに速くできるか。
それは頭の中の言葉をいかに素早く引き出せるか。
直感のみが、頼りである。


「じゃあいきますよ、利己!」
「小鳥!」
「り、リス!」
「スリ!」
「りりり林道!」
「ウサギ!」
「疑心暗鬼!」
「奇想天外!」
「糸車!」
「マサイ族!」

言葉が長いほうがいい。その間に思考する。
だから、短い言葉で来られたらかなり危ない。

「くちばし!」
「獅子唐!」
「ウニ!」
ニカラグア!(国名)」


彼我さんの口角が、一瞬つり上がる。


「あなたが、好きな・・・?」

「なずっ・・・ぐっ!!」


くそ、やられた・・・!!
これが狙いだったのか、卑怯な・・・。

「どうしても直感に頼らざるを得ないこのルール。
 つまり、あなたの心の隙を付く事で、勝機が見えると。」

「なるほど・・・完全にやられました。俺の負けです・・・」


彼我さん、なんて機転を・・・。
やっぱり、この人は只者ではない。


「・・・あ、電車来ましたよ。」
「え?」


気が付くと、既に電車は止まっていた。
周りを見回すと、数人の人。


あわてて立ち上がり、ドアの前に立った。
彼我さんは、くすくす笑いながら消えた。












「あれ、稟じゃん。」

空いている電車には、見慣れた影が座っていた。


「おうシュウか。・・・欧州か!」

幼馴染、稟のチョップまがいの突っ込みを全力でよける。
もうほとんど攻撃そのものだった。

「稟、何を見ているの?」

稟は、うらやましい事にスマホを手に動画を見ていた。


「お前知らないの?今WSCやってるんだぞ。」
「えっ、まじで!?」

WSCとは、ワールド、しりとり、カーニバルの略。
その世界大会が、今テレビでやっているらしいのだ。


「凄いよ日本!今年は決勝までいってるんだぜ!」

「すげえ!強豪のイタリアかアメリカを押さえたの!?」

俺は体を乗り出して、稟のスマホを覗き込んだ。


「そう。今戦っているのはアメリカ。
 尻本 鳥男とケツバードの対決だ。」


ケツバード。アメリカの強豪のひとりだ。

圧倒的な身体能力と肉体美から繰り出される巧みな下ネタは、
対戦相手を爆笑の渦に巻き込み、そして戦闘不能にする。

片言な日本語も、その破壊力を上げている。


一方の尻本 鳥男は、滑舌が良い。

そう、彼らはしりとりのために生まれてきたような男なのだ。


「今第957ラウンドが終わって、両選手休憩中だ。
 まあ、残念ながらほぼ逆転は絶望的なんだけどな。」

「ああ、やっぱり笑っちゃったか・・・」

「そうなんだよ。
 ケツバードめ、パンツをかぶるという暴挙をしたんだ。
 ただでさえ笑いやすい尻本が耐えられるわけがない。」


稟としりとり談議に花が咲く。
二人で、この試合の成行きを見守る事にした。


電車は、あたかもゆっくりと動いているようだった。



「「あー・・・」」


結局、尻本はケツバードの攻撃でやられてしまった。

負けてしまったのだ。


お互いに、がっくりとうなだれる。


「でも、いい勝負だったな。」
「ああ、俺、なんだかしりとりがやりたくなってきたよ。」

稟がすがすがしそうにそう言った。
俺も、それに乗る事にした。


「よしゃ!じゃあいっちょ、だじゃれしりとり行くか!」
「うん!!」


二人で、ひたすらだじゃれでしりとりをした。
時間を忘れてしまうほど、それは楽しかった。



目的地まで、あと二駅。


気が付くと、もう稟と俺の他には誰も乗っていなかった。








そう・・・誰も。











しりとりが一段落して、お互いに良い気分になったところだった。

「はあ、楽しかったなシュウ。」
「ああ。それより稟。」


「なんだ?」


ふと、疑問に思う事があった。


「稟はどこで降りるの?」


お昼時だろうか、今、電車には誰もいない。
そして・・・こんなに奥の駅に、彼が行くだろうか?


「お前は、何で降りないの?」

「あ、かた・・・いや、妹がこっちに迎えにこいって。」
「あはは。お前も大変だな。」


稟は愉快そうに笑った。


・・・あれ?でも、稟の目は笑っていないような。


「それでさ、その妹、どこにいるの?」
「え?いや、別にどこだっていいだろ?」


稟が、目を細めて頬をかいた。
そして、ゆっくりとこちらに詰め寄る。

稟が、おかしい。

背筋が凍ったのと、稟の異変を直感したのは、ほぼ同時だった。


その時だった。



「!?」


電車が、急停車した。
そして、ふっと電車の電気が消えた。

外から差し込む、弱い太陽の光だけが、電車の中を映していた。


「じゃあさ。教えろよ。どこか・・・」

「稟・・・?」


稟が、ゆっくりと俺の首に両手をかける。
そして。


首にかけた両の手を、思い切り締め付けた。


「うぐっ・・・り゛んっ・・・・。」

声にならない声が、喉の奥からしぼり出てくる。
締め付けられた喉は、痛みにあえいでいた。

締め付けは、徐々に徐々に強くなる。

万力のようなものが、俺の首を潰している。

なんで・・・なんで・・・?


もう、死んじゃうよ・・・


「ねえ、教えてくれますか・・・?」


かすんだ、薄暗い視界に映った、
不敵に笑うその顔は、稟のものではなかった。


その瞬間だった。


ガラスが割れるけたたましい音と一緒に、風を肌に感じた。

首にかかった手が、少しだけ緩むのを感じた。


「まったく、君と言う奴は・・・借りは、返させてもらうぞ。」

「その手を離すのじゃ・・・お主は、もう終わりじゃ。」


薄眼を開けて、もうろうとした意識で、その声を聞いていた。


手が、俺の首から離れた。
冷たい空気が首を掻き撫でて、一気に視界が真っ暗になった。

「げほっ・・・」

叩きつけられるような感覚。
ひゅうひゅうという口から洩れる音。


「リア、もう大丈夫じゃ。儂が、ここで終わらせるのじゃ。」


「ふ・・・か・・・う゛っ、ごほごほっ・・・。」
「喋らないでくれ。君は大人しくしていればいい。」


真っ暗な中で、懐かしい声だけを聞いていた。
なんだか、それだけで・・・心強くて。


「終わらせる・・・愚かしい。
 リアさんがいないと、あなたは何もできないでしょう?」

「ふっ・・・それはどうじゃろうか・・・。」




声だけなのに、顔が見えるような気がする。


決意に満ちた、青い髪の幼い少女の顔だ。




深水・・・頑張れ・・・!!

誰かはわからないけれど・・・
俺の友人を騙った悪い人を、倒してほしい・・・。





つづけ