鼠色のほろ苦いチョコレート チュー

材料をすりつぶして混ぜて、砂糖を加えるだけ。

これだけであの風味豊かな味が出るとは信じがたいものの、
下手に何か加えてご主人様に不快な思いをさせたくないな・・・。

小さな紀憂を頭にかかえつつ、
混ぜ終わったその液体の入った箱を冷やすべく、私は氷水を作った。


これを冷やすと固まり、きれいに包んで渡すと良いそうなのだ。


それにしても、ご主人様は本当に喜んでくれるのだろうか。
いきなり、黒くて硬いものを渡されたら、食べる気になるだろうか。


・・・いや、これは私への信頼で決まるのだろうな。

私がご主人様に信頼されていれば、
受け取って私の前で、きっと笑顔で食べてくれるはずだ。


・・・急に不安になってきた。


私はご主人様に信頼されるような事を今までしてきただろうか。
私は、ご主人様を心から信頼していただろうか。

そう考え始めると、途端に頭が重くなってきてしまった。

恐らく私はどこかで彼女を信頼していない。

表面的な例ならば、
少なくとも料理を信頼していないのは、その表れなのだろう。

あの星蓮船の異変以来、私は彼女に何かを頼む時は
失敗してもいいように、二段構えを取るようにした。


その旨を以前彼女に伝えたら、彼女は微笑みを返した。

ナズーリンは、世話焼きで優しいですね。」
そんな、刺さりそうなほどの、甘ったるい言葉と一緒に。

その場では私は謙遜しながらも、本当にできる部下のつもりでいた。
上司を立てる優しい部下のつもりでいたのだ。


今考えると、本当は違う。

私は、彼女を信頼していなかったのだ。
彼女をどうしても信頼できなくなっていたのだ。

普段は、真面目で一本気でひたむきで健気で素直で。
失敗だって、それほどはしなかった。

おまけに、した事は必ず自分で責任を取った。
あの時はなんでも私の言う事を聞く約束をしたのだ。

だが、私はそれをなかった事にした。
そんなものいらない、と。

彼女は感極まったのか、
私を思い切り抱きしめて、泣いてお礼を言った。

あなたがいてくれて、よかったって。

私はあの時、どうかしていたのだ。

今思うと、それは自己浄化だった。
ずるい私を覆い隠すような、優しい自分が欲しかったのだ。

そのうえで、偽善の上に優越感を感じていたのだった。


善と正義の塊みたいな彼女と、汚い私。


私が・・・彼女を労わる権利なんて、あるのだろうか・・・。


ナズーリン、これは何ですか?」
「うおわああ!?」


思索にふけっていると、後ろから突然落ち着いた声がした。
一輪であった。

不意打ちも甚だしく、心臓が思い切り握られたみたいだった。

何か、なにか弁明せねばっ・・・!!


「こ、これは・・・ウ○コだっ!!」

「もう少しましな嘘を吐いてください。あなたらしくもない。
 そんなに動揺しているってことは、大層な物なんですね?」


私とした事が・・・やってしまった。
穴があったら私を埋めてほしい。

どうして直感で物を言ったらこんな事になったんだ・・・。

「まあいいです。ところで、星はどこにいますか?
 お昼ご飯、頼んだつもりだったんですが・・・。」

「元凶は君か・・・」

ご主人様にご飯を作らせるなんて、
一体どうしてしまったんだろうか。

御覧の通り、あの有様である。


「どうしてご主人様に作らせたりなんかしたんだ?
 気でも狂ってしまったのか?」

どす黒いような悪態が、口から湧いて出てくる。
途中で口を止めたかったし、取り消したくもなったが・・・

それは、私の性格上、できなかった。


しかし、一輪は眉を寄せるような事はしなかった。

「料理の練習をした、そう言ってきたんですよ。」

代わりに、彼女はそんな意味深な言葉を投げた。


確かに、ましにはなっていた。
食材を使っていたし、器具も適切には使えていた。

だが・・・彼女の料理を食べるのは勘弁願いたいところである。


「だからどうしたというんだ。他人を巻き込む必要はない。
 彼女が練習をしたところで、まともな料理が作れると思うのか?
 まったく、どうしてご主人様が料理を作れると思ったんだか・・・」

私がきっぱりとそういうと、彼女は目を細めて、真顔になった。

「・・・信じているからに、決まってるじゃないですか。」

「・・・!!」


そのたった一言が、射抜くように私の脳天を突き抜けて行った。

しばらくの間、立ち尽くしていたような気がした。

はっとしたのだ。

一輪は、ご主人様の「練習の成果」を、心から信じていた。
たとえ、あんな失敗をしていようご主人でもだ。

一輪が信じていて。
私が信じなくて、どうするんだ。

ご主人様に一番近いのは、一体誰だと思っているんだ。
私が信じなかったのなら、一体だれが彼女を信じるというのだ。

何百年という間、一緒にいたのが、私なのだろう?
ご主人様の事をよく知っているのだろう?

・・・私は、一体何をしていたんだろうか・・・。

顔が熱くて、焼けてしまいそうだった。


・・・もう、こうして突っ立ってなんかいられなかった。



「あっ、ナズーリン!?」

私は弾かれたように氷水から箱を取り出し、台所を飛び出した。



大好きなご主人様に、感謝を伝えるんだ。



つづけ