東方幻想今日紀 百五十一話 写真を奪還せよ!〜ついでに必死技もあみだしちゃえ〜

命蓮寺への帰り道を急ぐ事しばし。
頭の中はあの事でいっぱい。

恋に焦がされる少女のように、あの事が頭から離れない。

何で首を折ろっか。バールがいいかなぁ。
それとも竹竿の方がおしゃれかなあ?

うーん、まよっちゃう。

ふざけるのはともかく、あんなのが知れたら、命蓮寺に居づらくなる。
最悪、評判が落ちて生徒が減ってしまう。

何よりも・・・彼女と話しづらくなってしまう。


それだけは絶対に避けたい事だ。

まっさらな気持ちで思いを伝えられなくなってしまうのだけは。
人生初の大冒険は、何も持たずに、自分で行きたい。

大きな荷物なんて、いらない。


走っていて、胸がはちきれそうだった。



ただ、ひとつ心配事があるとしたら。

「どうして・・・こんなに体力、が・・・」

ほとんど走っていないはずなのに、喉がひゅうひゅうと鳴る。
喉から、鉄の味がする。

もう限界だった。

そういえば、さっきからそうだった。
雪に埋もれるだけで動けなかったり。

ヒカリ君がいなかったら、助からなかっただろう。
しかし冷静に考えてみると、雪で動けないなんて普段ならありえない。

寺子屋でもそうだった。
回され雪玉をぶつけられたくらいで気を失うなんて。


もしかしたら、すごく弱くなっているのでは・・・。
だとしたら、大変だ。

足を早めて、早歩きにしながら林を抜けていった。
息は切れていたけれども、気にはならなかった。

考えられる事はひとつ。


深水がいないと、本来の力が出ない。



何としても、ナズーリンを筆頭とする命蓮寺の人に
見つかる前に刀を取ってこないと・・・

天狗に挑むなんて言ったら、確実に止められてしまう。

そして、取り返すものがあの写真なだけに、うかつに協力も頼めない。




「おや、どうしたんだい?」


門に入ると、石段の雪を箒でさっさか掃いている変なのがいた。
早くも、ミッション失敗にリーチである。

しかし、ここでこのネズミをうまく丸め込めばいいんだ。
言い訳のうまい男はモテると聞いたことがあるし。

「いや、ちょっと刀を。」
「どうして刀を?」

とめどなく水のように流れてくる質問が、痛い。
間を置いてほしかった。

正直に答えると相手の思うつぼだ。
少しだけ、迂回した言い方をしよう。

写真を奪い返しに行くのが、本来の目的。

だから。


「探し物を、見つけにいくんだ。」
「そうか。」


それを聞くと、ナズーリンは箒を
そっと邪魔にならない場所に置いた。

・・・あれ、何で置いたの。

「掃除は?」

ナズーリンが鼻を鳴らして、得意げに胸をそらす。

「いや、君を手伝った後でいいじゃないか。
 私の本職を何だと思っているんだ?掃除はいくらでもできるしな。」

ぴっぎゃああああああ!!!


どうやら俺は一生モテないようです。言い訳できねえもん。
これは取り返しても地獄、取り返さなくても地獄・・・。

「さて、行くぞ。ロッドを取りに行く。君は刀だろう?」
「うん・・・。」

自然な笑顔を浮かべながら、石段をこつこつ上がり始めるナズーリン
ああ、どうやら俺はここまでのようです。
というか、不運にかけては幻想郷でトップを争えるんじゃないだろうか。



そういえば。

石段を登りながら思ったのだが、彼女は少し笑顔がほぐれてきているように思えるのは、気のせいだろうか。

今までは、若干硬い笑顔だったような気もする。

彼女と一緒にいて、作り笑いのときと、
本当に笑っている時の区別がつくようになってきた。

彼女は異様なまでに作り笑いがうまかった。
でも、もう一年も同じ屋根の下なのだが、やっとわかってきた。

彼女は表向きの顔はかなりいい。

利益が生じる場合にのみ、朗らかな印象だった。
現金と言うべきなのか、それとも生きる知恵というものなのか。

買い物も非常に値切り名人である。
だから買い物は彼女が行く事が多い。

だいたい小傘とかが行くと高く買わされてしまうし。
俺もあんまり人の事は言えないけどね・・・


彼女は敵には無表情で容赦ない。
自分より強いと逃げるし。

基本的に彼女は無表情の上に、
自分を守る作り笑いを表面に塗りたくってばっかだ。


でも、俺にはもうわかる。

うまく説明できないけれども、彼女が「笑う」と、ほっとするのだ。

それが俺以外の誰かに向けられると、なんだかむずむずしてしまう。
考えるだけでも嫌だが、それは仕方ないのだろう。


でもさっき、彼女は「笑った」。


ばれないように、頑張らなきゃ。

心の中で小さくガッツポーズすると、階段を駆け上がった。




「ずいぶんと遅いじゃないか。」
「ほとんど同時だったじゃん?」

門の前は、ロッドを持ったナズーリンが向かうのが見えた。

ナズーリンは軽くむくれてみせた。

「君は私より早く来るべきだ。待たせないでほしい。」
「何言ってんだよ・・・」

本心で言ってないことは、わかった。


「さて、無駄話は時間がもったいない。さっさと出発しよう。」
「ん」

軽くうなずくと、二人で走り出す。








息が切れない。
速度も、三倍四倍速ほど。

景色が、さっきよりもはるかに目まぐるしく変わる。
しかし、それが遅く感じる。

それは、腰についている、この相棒のおかげなのだろう。


でも、不思議な事もある。
かつては、俺の方にこの力があったはずなのに、
いつの間に刀に移ってしまったのだろう。

いや、俺と深水がいることで発揮される力かもしれない。


クサい言い方をすると、相棒であり、親友なのだから。



「ところで、どこに向かっているんだ?」
「ああ、妖怪の山だけど?」


走りながら、とぎれとぎれの声でナズーリンが尋ねる。
彼女の息は若干切れているのがわかる。

少しだけペースを落とした。彼女もそれに合わせる。
人間のときの二倍ほどだ。


「どうして妖怪の山なんだ?」
「あの天狗を探しているんだ。」

ぶっきらぼうにそれだけ言うと、彼女はくすっと笑った。
そして、あからさまに含んだ嫌な笑みでわざとらしく言う。

「あーあ、どうせ弱みでも握られたのだろう?」

うざいな・・・。


もう見抜いているあたり、恐ろしい洞察力だ。
まあ、ここまでは想定内。どんな写真かを知られなければいい。

「それならば・・・あれ。」
「ん?どうしたの?」

ナズーリンがとっさに足を止め、耳をそばだてた。


「この近くに・・・いるな。」
「何が?ゴキブリとか・・・うぐっ」

ふざけたらエルボーをみぞおちに入れられた。ひどい。

「あっちだ・・・いた!」

それだけ言い残すと彼女は空へ大きく跳んだ。
そして、空をけるようにして加速していき、
遠くの小さな影に向かっていく。

「あの・・・」

完全に取り残された俺は、茫然としていた。

というか・・・彼女に交渉をさせたらやばい。
俺が止めようのない上に、どんどんまずい話に方向が進む。

名前は忘れたが、あの天狗の事だ。
ある事ない事のエピソードを付け加えかねない。


でも。

もしかしたら・・・


「深水!空は飛べないの!?俺も妖怪だからアイキャンフライ!」
『阿呆。そんな事ができたら苦労はせん。』


ですよね。さすが深水、返事が早い早い。

まあ、仕方ないよね、人には適正というものがあるわけだし。

『いや・・・あながち、できん訳ではないが。』

「え、ほんと、ふかえもん。」
『すまぬ。忘れた。』
「ごめんなさいもうふざけません。どうするんですか深水さま」

とりあえず謝罪をすると、深水は無機質な声でため息をつく。

どうしてだろうか。
深水はあの夢の後、とても人間くさくなった気がする。

生身の体の練習って、どうして深水に必要だったのだろうか?
刀として生まれた彼女(彼?)には体はいらないはずなのに。

そうこう考える内に、深水が頭にすっと染み入る感覚が伝わる。

『まず、手を地平線と目標の中間の角度に合わせるのじゃ。
 そうそう、うまいぞ。』

「こ、これでどうするの?」

某必殺技のポーズをつくったまま、硬直する。
視線の先は、二つの影と地平線の中間の何もない空。

『手は自由でいいのじゃ。狙いをつけるためのものじゃからな。』

あのポーズじゃなくていいんすか。

『そして、精神を一つにまとめて、ちょうど遠くのあの一点に
 力を込めるのじゃ。力みすぎないようにするのじゃ。
 その込めた力はできるだけ、球形にするのじゃ。』

は、早くしないと写真が・・・

『雑念はいらん。』
「はいい!」

一体これは何のまねだよ・・・。
まさかとは思うが、必殺技的なものじゃ・・・


『よし、その球を、ギュッと真中に押し縮めるのじゃ!』

気持ちを込めて・・・ぎゅっと!


水風船を手の中で握りつぶすような感覚。
それを遠くにあるような手の中で込めた、その瞬間。

足が、地面から離れた。


いや、引き剥がされたと言った方が正しい。
もっと言うならば、体は水平方向に投げ出された。

「っわ・・・」

声にならない声を口から漏らしながら、
異常なほどに早く流れる世界を見ていた。

吸い込まれていくような、そんな感覚。

『上じゃ!上に同じものを作るのじゃ!落下してしまうぞ!』

上!上!
あ、太陽があった!!

あの太陽をめがけて、丸くしてぎゅっ!!


もう余裕なんてなかったが、
今度は太陽に体が吸い込まれていく。


『慣れてきたぞ!今度は横じゃ!』
「慣れるか!!」

勢いよく叫ぶと、上昇に転じた体が止まった。
心臓がきゅっと小さくなったような感覚と一緒に体が落ちていく。

『まだ早かったか・・・儂に代わるんじゃ!!』
「最初からそうしてくれ!」

喉を切り詰めて叫んだ瞬間、
左肩が何かに引っ張られ支えられ、体が空中で止まった。

「何をしているんだ君は・・・」

呆れたような声が後ろで響く。
振り向く事はしなかったが、誰かぐらいはすぐにわかった。

「楽しそうで、何よりじゃないですか。」

目の前には、馬鹿にしたような表情の山伏帽の少女がいた。
大きな黒いカラスの翼が、
純白のワイシャツとのアンチテーゼのようだった。

「あ・・・写真を返せ!」
「写真?」

後ろから頓狂な声が響く。

少女はいやらしい笑みを浮かべて、
一枚の裏返しの写真を、山なりになった胸ポケットから出した。

「もしかして、これですか?
 あーあ、後ろの方に、興味を持たれちゃったじゃないですか」

あ・・・。

どうやら墓穴を掘ったみたいだ。
間違いなく、隠したい写真という事がばれてしまったのだ。

こうなったら、もう仕方がない。

せめて、新聞には載せないようにしないと!
載らなければ俺からはいつでも弁明ができる…かもしれない。

よし・・・

「そこの天狗、俺と勝負をしてください。
 勝ったら写真を返してもらいます。いいですか?」

「はあ・・・本当に必死ですね。いいでしょう。
 何で勝負しますか?かけっこですか?早着替えですか?」

馬鹿にしたような態度を崩さずに、胸の下で腕組みをする少女。
もちろん、そんなこと決まっている。


「まずは移動で勝負しましょう。速さには自信があります。
 ここから五里程向こうに、大きな目立つ一本杉があります。
 そこを目指して競争をしましょう。
 ただし、相手への攻撃はなし、必ず地面を走る事が規定です。
 いいですか、絶対に攻撃しちゃ駄目ですよ!」

「あの、言ってて恥ずかしくないんですか…?」
「ああ、それは私も思った。」

仕方ないよ。
攻撃されたら再起不能になるし。天狗は嘘つきだと評判だし。

「・・・まあいいです。
 場所も分かりますし、ちょっと自分に枷をつけますよ。
 私もちょっとばかし、足には自信がありますので・・・」

それだけ言うと、彼女は下降して地面に降り立った。
俺の肩を持っていたナズーリンも、地面に降りた。

「ありがとう、ナズーリン。」
「まあ、当然だな。」


「さて・・・」

目の前の天狗の少女は、自分の髪をすっと梳いた。
そして彼女は履いている高下駄を、おもむろに反対方向に投げた。

高下駄らしき影は、すぐに点になって消えた。

「!?」

「私は飛びません。
 そして、あの高下駄を履いて、木を切り倒します。」

なっ・・・

「随分と舐めてかかりますね・・・飛んでもいいんですよ?」
「リア・・・これは分が悪いんじゃないだろうか・・・。」

ナズーリンが浮かない表情で言う。

「まあまあ、俺には秘策があるから、大丈夫!」

『使いこなせてもないのに、何が秘策じゃ・・・まあよい。
 来るべき時に使いこなせなくては困るからのう。練習じゃ。』

俺が楽観的に笑うと、深水が横やりを入れた。
まあ、俺にしか聞こえないのだから、あまり意味がないのだが。


それよりも・・・来るべき、時?


まあいいか。今はそれよりも、写真だ。
あの木めがけてあれを作って破裂させれば、一直線だ。

数秒もしない内に着く。つまり、この勝負もらった。

そもそも、相手は自分の力を過信したがために、
高下駄を取りにいっている間に勝負はつくのだ。

おまけに、木まで切らなくてはいけないのだ。

・・・そうだ、先に木を切ってやれば、
どっちが勝ったか一目瞭然である。


「仕方ない。合図は私がする。二人とも、準備はできただろうか。」

お互いがうなずき、あの一本杉を見据えた。
あの一本杉をめがけ、手をかざす。


ナズーリンが合図をした瞬間に、破裂させればよい。
それにしても、どういう原理で吸い込まれるのだろうか。

それも、俺だけである。
他の何かが吸い込まれる気配はない。


そんなことはいい。今は気持ちを落ち着けよう。


緊張の時間が、その場に流れていた。

絶対に、写真を取り返すんだ。



つづけ