東方幻想今日紀 百五十話 影追い狐

どんなに頑張っても、抗えないものってあるんだと思う。

迫りくる寿命。
病気、怪我。
冬の寒さ、夏の暑さ。
上からの圧力。

でも、運って少しは抗えそうなものである。


「よし!先生が鬼ね!!」

「うん・・・。」


鬼は、神様だと思うんだ。

十人じゃんけんで一発負け。
そうそうお目にかかれるものじゃない。

というか、ここに来てから一度もじゃんけんに勝った記憶がない。
運に左右されるもので、いいものに巡り合わせたことすらない。

強いてあるとしたら割と最近、呉服屋の福引の、
二等で女性用の下着という物を当てたことくらいだろうか。

そんな自分と天を恨みながら、目隠しをされてぐるぐる回される。

「ごお、ろく、しち、はち・・・」


自分の近くから、そんな幼い野狐の声。
そう、これは普通の雪合戦と違うのだ。

鬼になった人は目が回った状態で、
雪玉のみでギブアップと言うまでよけ続ける。

つまり、当てられて、痛みや疲労で動けなくなったら終了。

すごく・・・ハードです・・・。

だが、こちらは生徒全員を当てるだけ。簡単である。
俺のコントロールをもってすれば、完璧。

いや、ごめんなさい、嘘です。

しかし、一体何回回されるんだろうか。
もぉ、そろそろ気持ち悪くなってきちゃうぞっ?

「ねえ、何回回すんだっけ?」

野狐が誰かに尋ねる。回しながら。手を止めておねがい。
俺手も足も出ないよ。右腕ないし。

「そうだな、忘れたけど、先生だから千回じゃないか?」

脱水機もびっくりのひどいダジャレがあったもんだ。
というか、夕方まで回す気ではないんだろうか。

それとも新しい拷問ではないんだろうか。

慧音先生、たすけて。

「それいいね!回る事を旋回っていうもんね!」

ちょっと待て。野狐、お前はいつの間にそんなに学をつけた。
旋回とか口走るとは思わなかった。しかもうまい。

あとよくないから。とにかく突っ込みが追いつかない。殺される。

「ねえ、腕が疲れてきた・・・交代しようよ。
 それに、すごく時間がかからない?
 一回二秒だとしたら三十分かかるよ・・・?」

野狐ー!!お前あれほど雷の鳴る中外で遊ぶなと言ったのに!
いや、言ってないけど!

いつの間にこんなに頭が良くなったんだ・・・。
先生びっくりだよ。涙でそう。

まあ、どうせこれで腕が疲れて少なくなるオチだ。
野狐が頭良くなってよかったな。

安心安心・・・

「そうだ!紐を使えばもっと速く回せるよ!」

野狐なぜ頭がよくなった。おいやめろ。
先生の処刑に頭を使わんでよろしい。

「そいつはよかった!ちょうど手元にあるぜ!」
「ありがとう睦月くん!」

そう、彼も野狐のお父さんと一緒で、
刻印のあれで転送されてから戻ってきたのだ。

それにしても、声だけ聞くと、とても和やかなのに。

ねえ、これ、かなりきつく縛ってるよね。やめて。
お正月のコマじゃないんだから。

「野狐・・・あのさ、俺もう限界だけど、縄を巻きつけるのは」
「えいっ!」


よくないことなんだあぁあああああ


思わず雪の上に倒れてしまいたかったが、
誰かの手が絶妙にバランスを保ってくれた。

何回か繰り返したところで、千回越えたとの掛け声。

縄を下され、雪に投げ出され、大量の固いものが体中に。

ねえ、ひとつ訊きたいんだけど。
なんで・・・俺こんな拷問を受けなきゃいけないの?

自問自答しているところで、意識がそっと消えた。




「・・・ああ、よかった。やっぱり目を覚ましたか。」

次に目を開くと、案ずる慧音先生の顔が目の前に。
しかし、周りを見渡すと青いような水色のような世界。

一体、ここは・・・?

「すまなかったな。まさかお前があんな事で倒れるなんて思っていなかったから・・・」
「あの、俺を変態と勘違いしてませんか?」

どうして彼女は千回回されて、
雪玉とかいう名前の石でガッスンガッスンやられてたのをいけると思ったのだろうか。

「ところで、ここは?」
「みんなが作ったかまくらの中だ。」

「え・・・?」

笑顔で言う彼女の視線は、ごくまじめなものだった。
最初は受け入れられなかったけど、
現実味は頭の中でリフレインして行くたびに濃くなっていく。

ということは・・・

「かなり、寝ていたってことですよね・・・。」
「ああ、そうなるな。今はみんな、雪だるまを作ってるぞ。」

「雪だるま・・・か。」

遊びの域を超えて拷問に発展していた雪合戦。
高レベルになっていく子供の遊びに俺はもうついていけないのかと、
薄れゆく意識の中で思ったものだが。

雪だるまなら、俺も参加できるだろう。

慧音先生を押し分け、かまくらの外に出る。
しかし、現実は甘くなかった。

「!?」

ずらりと俺を取り囲む同じような大きさ、背丈ほどの大量の雪だるま。
全部表情が違うのは、中国の兵馬俑を彷彿とさせたほどだ。

しかも、全部こっちを向いている。

まだ日は高いから、一、二時間でこれを全員で作ったのだろう。恐ろしい。

「あ、先生、目を覚ましたの!?」

おののいていると、向こうから雪だるまをスラロームゲートのようにすり抜ける野狐。
その混じりけのない笑顔には一点の曇りもなかった。

「ああ、うん、もう大丈夫。」
「そっか・・・ごめんね、先生。まさかあんな事になるなんて・・・。」

頼むから誰かこうなる事を予想しておいてくれ。
俺が人間なら死んでるから。

まあ、悪意がなかったんだし、楽しんでたようだから・・・いいか。

「大丈夫。全然なんともないから。」
「そっか、よかった!」

野狐はうつむいた顔を上げて、太陽よりも明るく笑った。
そのほっとするような笑顔は、いやな事を全て忘れさせてくれるかのように。

ここで、ひとつ思った事があった。

「あのさ、急に学つけたよね・・・どうしたの?」
「えっ、うん・・・」

格段に語彙力が付いていた。
科学的な機転も利いていた。

一体、何が彼女をこうさせたのだろうか。
彼女が普通に勉強しただけでは、こうはならないと思うのだが。

考えを巡らせていると、彼女はまたうつむいた。

「あのね、リアくんみたいな先生に、なりたいの・・・。」
「えっ・・・」

ぼそぼそと喋った彼女は、真剣だったけれど、感情を奥に隠しているようだった。
思わぬ発言に、思わず頭がショートするようだった。

信じられぬ表情で彼女のふわふわの桃色の髪の毛を見つめていると、彼女はまた口を開く。

「だからね、たくさん勉強して、生徒思いの先生になりたくて・・・。」
「俺なんか・・・を?」

思わず口から出てしまった本音。
信じられなかった。

理想の教師像なんて、程遠いはずなのに。
こんなに不完全な教師なんて、ほかにいないほどなのに。

目の前の教え子の少女は、俺の後ろ姿を見て、教師になりたがっている。

「先生は知識がないから、それを補うように、いっぱい知識をつけるんだ!」
「言ってくれるな、こいつめ・・・。」

頭を強めになでると、彼女は舌を出して、心底楽しそうに笑った。
言っておくけど、俺は知識はそこそこあるはずだと思う。

ただ、発揮する機会がない。言い訳じゃないぞ、ほんとだぞ。

「でも、先生の行動力って、誰もまねできないと思うんだ・・・
 だからね、私が先生の足りないところを補って、いつか一緒に先生をやりたいなって。
 それが・・・今の私の夢だから。何度も私を救ってくれた、先生への恩返し!」

手を持ち上げ詰め寄るように背伸びして、俺に訴えかける真剣な赤い瞳。
俺は、その頭をなでる手を離した。

ふっと力の抜けたようなため息が口から漏れる。

「野狐、大きくなったね・・・。」
「うん・・・私、絶対に夢をかなえるから。待っててね。」

こんなに雪が積もっているのに、暖かくて仕方がなかった。

「先生、泣いてる・・・?」


「まさか」

それだけ言った声は、震えていた。
雪だるまも野狐の丸い顔も、揺れていた。

この一年先生をやっていて、これほど幸せだったことがあっただろうか。

彼女をぎゅうっと抱きしめて、場所もわきまえずにぼろぼろ涙を雪の上に落とした。

さっと、一瞬だけ周囲の雪が陰ったのは気のせいだろうか。




「ところで、お前はお付き合いしている女性はいるのか?」
「ほゃ?」

夕方、職員室で慧音先生と一緒に採点していると、横で彼女がふと持ちかけてきた。
先生は苦笑いだった。

「ななななんでそんな事きくんですかっ!!?」

ガタっという音を立てて、思わず立ち上がってしまう俺。

「その反応はおかしいだろう・・・すまない、訊いてみただけだ。気にしないでくれ。」
「いやいやいや、何かありますよね!?」

俺がそう叫び調子で言うと、彼女は黙りこんでしまった。

冷静に考えてみると、お付き合いしている人なんているはずもない。
ナズーリンにはまだ片思いである。

きっと、これからも片思いであり続けるのだろうけど。
賢くて優しい彼女の事だから、きっと俺が傷つかないように気を使っているのだ。

確かに、もしかしたら少しだけ、
特別に思ってくれているのではないかという事は思わなかった事もない。

でも、それは彼女なりの気遣いである。
彼女はきっと、俺の思いをわかってて、そういった行動をとっているのだ。

勘違いしてはいけない。彼女は俺の事を何とも思っていない。

でも・・・気持ちだけは、はっきりと伝えておきたい。
いつか、きっと。

彼女を守れたときに、ありがとうと一緒に、それを伝えたいんだ。

だから、野狐と不純な関係にあるなんて、絶対に思われたくない。

もしかしてあの様子を生徒に見られたとか・・・?
い、いや、雪だるまバリケードが働いていたからいけるはず・・・

「あ、あの、まさかあの様子を見て!?
 違うんですよ!!あれはセクハラなんかじゃないんです!」

思わず手を振って反論すると、慧音先生は首をかしげた。

「せく・・・?まあ、いい。お前がそういう奴じゃない事はわかっているんだが、
 どうしても気になる事があってな・・・。野狐とはそういう関係ではないんだろう?」

「あたりまえじゃないですか!お付き合いなんかもとより、
 野狐をそういう目で見た事は一度しかありませんから!!
 俺はそもそも、誰ともお付き合いした事なんてありませんよ!」

冗談じゃない。こんな事が命蓮寺に知れたら・・・
もう、二度と口訊いてもらえなくなっちゃうのかな・・・。

「その一度が気になるんだが・・・うん・・・」

「おお、奥歯に物が挟まったような言い方はやめてください!
 あの、お願いですからあのあのあの!!黙ってて!!くだしゃい!」

「落ち着け。大丈夫だ、私はそういう風にお前を見ていない。」

慧音先生の顔が一層曇っていく。
一体彼女は何を案じているんだよ・・・?

「じゃあ、どうして最初にお付き合いしてる人なんて尋ねたんですか!?」
「言っていいのか・・・?」

「どうぞ。」

「はあー・・・。」

彼女はこめかみを押さえると、大きくため息をついた。


「ブン屋の天狗が、あの瞬間を押さえた。」
そして、真顔の一言。

「え」


しばしの沈黙。
静寂が広がり、一拍遅れて滝のように汗が出てくる。

事態が呑み込めた。

・・・思い当たるのは、一人しかいない。
そう、よく知る、ヤツである。




まだ、そう遠くには行っていないはずだ。

ヤツのことだ、あの写真を使って書く記事など、想像に難くない。

写真を取り返すか、首の骨をへし折るかしないと、大変なことに・・・。
最悪の事態だけは避けないと・・・!



俺は急いで命蓮寺に戻ることにした。

彼女の居場所を聞き出すのと同時に、深水を取りに行かないと・・・。


慧音先生に別れを告げてから、息せききるようにして寺子屋を出た。

既に、日は傾いていた。



つづけ