東方幻想今日紀 百四十九話 ふたりは○○○シア

いったい、どのくらい寝ていたのだろうか。

俺は何をして、どこにいて。
どんな経緯でここにいるのか。

それすら、わからない。


ただ、眼を覚ますと目の前にはあいつと、寅丸さんがいて。
あきれられて。

そして、何をしていたかを知らされ、
二人は泥んこになったわが子を温かく見守る目をする。

それが、胸を強く締め付ける。



いま、大きな不安が心の中に巣食っていた。



記憶のないまま、瀕死に追い込まれる。
痛覚も薄れたまま、戦闘狂と化していく。

俺が、俺じゃなくなっていくみたいに。

シャクナゲさんがいなかったら、死んでた。



きっと、俺は、自分が知らないままに死んでいくのだろうか。
いつの間にか、自分ではない何かに取り付かれて。


それが、怖い。


何事もなく去っていく日常の中の非日常。
それのどれかが、いつか俺を殺すのだろう。

もちろん、死にに行くのは自分で。


・・・早いところ、本を書き上げてしまおう。
そうでもしなくては、悔いが残ってしまう。


早く、この傷が治ってほしいけれど。
この傷が治ったら、今度は死にやすくなる。


だとしたら、このままずっと怪我していればいいんだ。
でも、身体はそうもいかないし、怪我の治りすら普通より早い。


どうした物か・・・。


乾いたため息が、起き上がった身体から出てくる。
そんなときだった。


「ところで、あの紺色の髪の男の子は誰ですか?」
「え・・・?」

寅丸さんが、不意にこんな事を持ちかけた。
しかし、頭を捻っても一向にその少年は記憶の淵から出てこない。

「ほら、ウサギの帽子を被った、彼ですよ。会ってませんか?」
「いや、知らないです・・・。」

ウサギの帽子?
紺色の髪・・・?

記憶のどこかに残っているとしたら、夢の中の世界、
いや、かつて現代にいたはずの、俺の妹だ。

俺が名前を完全に忘れ去っていなければ。
どこで、あの記憶は失ったのだろうか。

「ご主人、本当にシャクナゲとやらと、もう一人いたのか?」

「はい、確かにいましたが・・・リアさんはもしかしたら、
 気絶する前に会っていないのかもしれませんね。」

記憶が交錯する。
実を言うと、シャクナゲさんがいたことすら覚えていないのだ。

おまけに、そんな帽子の知り合いはいない。

俺が鬼と戦ったことも、覚えていない。
全部、寅丸さんからの又聞きなのだから。


でも、この大怪我を見れば、すぐに納得できる話である。
おまけに、又聞きとはいえ、
シャクナゲさんも寅丸さんも、信頼できる人だ。


やはり何かの弾みで、記憶が消えてしまったんだろうか。



こんなときは、慧音先生に相談だ。






恐ろしい事に、翌日には回復してしまったので、
かばんを持って出かけることにした。

本当にこんな状況で教師職ができるのだろうか。

積もった重い新雪を踏みしめて、道を歩いている途中だった。


どうしても寺子屋に行くときに、林を通らなければならない個所がある。
いつもは、気にも留めなかったのに。今日はその林が特別な存在になった。


「・・・へぶしっ。」


そう、雪に閉じ込められてから、早一時間。
大きな一本杉を通る瞬間、雪がどぶわあー。

馬鹿なんじゃないの。俺が何をしたって言うんだ。

半妖じゃなかったら、とっくに動きが止まっていたところだったわ。
それにしても、雪ってこんなにも重いのだろうか。

量が尋常ではない気がする。

背中に乗っているのは、雪のはずなのだが、家が乗っかっているかのような感覚。
気が遠くなるほど重いし、冷たさも感じられなくなった。

というか、危険ってすごく身近なところにあったのね。
これで死んだら笑い物だ。

でも、死ねるぞこれ。


とりあえず頭上の雪だけでもなんとか掻き出せないのだろうか。
こんな人気の少ないところで力尽きたら、おしまいだ。

ため息をついて、頭に手をやったその瞬間、何か温かいものに触れた。

あるはずがないのだが、自分の手と勘違いしてしまった。
温かいものは、手だった。

「わっ・・・」

その手は触れた瞬間に引っ込めてしまったのだが、直後に頭上から優しい声。

「ごめんなさい。助けてください。雪で動けないんです。」
「あ、ああ。今助けるから・・・。」

なんて優しい人なんだ。

なんだかんだで、俺は運がいいのかもしれない。
地獄で仏だ。


頭の雪を払って、体の雪をどけてもらったが、違和感を覚えた。
雪の量が、少なすぎるのだ。

雪の量は体の二倍ほど。
こんなもので動けなくなっていたのかと思うと、背筋がぞっとする。

この量だと、自分の体重の二倍あるか怪しい。

冷や汗を浮かべながら起き上ると、冷たい感触が首筋に。
ああ、これだから雪は。

声がしたほうに向きなおると、そこには見慣れぬ姿の背丈の低めの少年がいた。
目の傷。紺色の髪の毛。頭にはウサギの耳がついた、薄汚れた、元々は白だったはずの帽子。
服装は黒い陣羽織、赤い腰マント。

手提げかばんを持って、笑顔で立っていた。

「大丈夫?一体どこに行くつもりなんだ?今度はあんな事になるなよ・・・?」

「はは、面目ないです・・・。すごく助かりました。
 実は、向こうの寺子屋に向かおうと思いまして。教師をやってるんですよ。」

「えっ、俺も寺子屋に行こうと思って・・・今日から寺子屋に通うことになって。
 ということは、先生ってことで・・・いいのか。
 じゃあさ、一緒に行かないか?いろいろ教えてほしいんだ。」

・・・それを聞いた瞬間、時間差で俺も目を見開いた。
少年の目も、輝いていた。

談笑しながら、寺子屋に向かうことにした。


彼の名前はヒカリといった。
最近幻想郷にやってきた妖怪で、気が付いたらここにいたとのこと。

今は命蓮寺の近くの民家に住んでいるとのこと。

きっと、彼も幻想入りしたんだろうな。
だから、いっぱい幻想郷の事を教えてあげよう。

親近感の勢い余って、色々な事を話してしまった。
寺子屋にたどりつく頃には、すっかり彼と打ち解けた。

「みんな久しぶり!突然だけど新しい仲間がやってきたよ!」
「ヒカリっていうんだ。よろしくみんな!」

拍手、ヒカリ君に集まる人だかり。

「ねえねえ!どこから来たの?空!?」
「それはわかんないけど、気が付いたらこの世界にいた。」

「家はどこ!?今度遊びに行ってもいい?」
「まあ、家主がいるから許可をとらないとね・・・。」

こんなあたたかい空気が、この寺子屋の良さである。
空気が空気だ。雪も積もっている。

意図せずに、口角が上がってしまう。


「みんなー!!雪合戦だ!外に出て、手袋を用意してー!!」
強く二回手を打ってから、その手を振って大声で叫んだ。


打ち解けるには、これが一番だ。

新しい仲間も加わって、これからすごく賑やかになるのだ。
ああ、楽しみで仕方ない。

いそいそと職員室に向かうと、部屋から出たばかりの慧音先生と鉢合わせした。
彼女の腕と体の間にはたくさんの紙が入っていた。

「ああ、紹介は終わったか?」
「はい!ばっちりです!みんな打ち解けてますよ!」
「そうか。やっぱりお前に任せると、こういった事ははかどるな。」

なんだか嬉しくなってしまった。

信頼されてる。
その信頼に報いられる。

これを喜びと言わずに、なんと言えばいいのか。


「じゃあ、後は私に任せてくれ。」
「へ?」

慧音先生はふっと笑った。

「次は私が歴史を教える時間だろう?」


・・・今、教室はもぬけの空である。
うん。やっちまった。

「ごめんなさい。雪合戦に駆り出しました。」
「この阿呆・・・まあ、お前らしいな。」

軽く頭を小突かれてしまった。
いつもの癖というか、また勢いで後先考えずに・・・ああ、俺の馬鹿。

「やれやれ、ちょっと待っていろ。」
「・・・?」

彼女はそのまま職員室に入って、少しすると息をせききらせて、小さな箱を持ってきた。
その箱の中には、いつぞやのリストバンドと、手袋。

「・・・私も体がなまっていたところだ。本気でいこう。」
「臨むところです・・・!」

少しだけ、その様子がおかしかった。

俺は左腕のそでをまくって、振り回してみせた。
慧音先生は、苦笑した。


すでに外からはにぎやかな声が聞こえてきた。

つづけ