幻想今日紀 年末年始番外編 後編 年賀状大作戦

結局そばは食べきれず、金運ダウン。
割り箸は綺麗に割れず、恋愛運ダウン。
除夜の鐘も撞ききれず、煩悩を残したまま新年がきて。
新年を迎えるその瞬間を皆で過ごせなくて。

今年は厄年だろうか。

「まあまあ、こんな年越しがあったって良いじゃないか。
 それに、こうしてこの一年を無事に誰一人欠ける事無く過ごせたんだ。」

歩きながらため息をつくと、横でナズーリンがフォローを入れた。
まあ・・・考えてみれば彼女と一緒に年を越せたから良いか。

そうだね、と軽い相槌だけ打って、雪も積もらぬ石段を踏みしめた。

年は明けても外の世界は真っ暗で、
辺りに置かれている明かりがなかったら歩くのもままならない。

除夜の鐘も、寅丸さんと交代することになった。
経緯を話すと、彼女は苦笑いで許してくれた。器が大きい。

消すのが新年になろうが、煩悩は一通り消しておくらしい。

澄んだ鐘の音が、暗い石段に鳴り響いていた。



玄関を開けて広間に行くと、思わず息が抜けてしまった。

「起きていたのはご主人だけだったのか・・・。」

ナズーリンが誰にともなしにつぶやくと、ふっと笑った。
全く同じ事を思っていたから、軽くうなずいておいた。


全員が全員、こたつで思い思いの姿勢で爆睡していたのだ。
台の上にはそばの箱がたくさんあって。

中身があるものや、つゆまでなくなってるのもあった。

起きたまま年を越せなかったのか、年を越した瞬間に力尽きたのか。

それは分からなかったけれども、
俺と彼女はひとまずこたつに座って、そばの箱を置いた。

「全く・・・みんな、だらしがないなあ」

それだけ笑顔で言うと、彼女はそばをつるつるやりだした。
俺も軽く笑って、そばをすすった。

幸せな時間が流れるまま、そばがなくなってしまった。


・・・途端に、睡魔が襲ってきた。


困った物だ。
話したいことは、まだまだたくさんあるというのに。

ここで疲れが一気に襲ってきたのだろう。

睡魔に引きずられて、こたつにもぐりこんだ。
彼女もうとうとしていたようで、落ちかけていた。

うっすらとした意識で時計に目をやると、もう二時ほどだった。

いつもなら、こんな時間まで起きていない。

横に意識を戻すと、既に彼女は自分の腕を枕にして寝息を立てていた。

やっぱり、彼女も疲れてたんだな・・・。
ふっと笑った、その瞬間、意識が飛んだ。





「・・・リアさん、起きて下さい・・・。」
「んう・・・?」

揺り起こされて、薄目を開ける。
すると、目の前には不安そうに下がる赤い花飾りがあった。

目をこすって身体を起こすと、そこは前に目を閉じたこたつではなかった。
自室の布団の中だった。

その瞬間に、嫌な展開が頭に浮かぶ。

・・・これ、まさか全部夢だったんじゃないだろうなと。

不安そうに彼女を目上げると、彼女は口を開いた。

「こたつで寝ていたから部屋に移動させましたが・・・
 体調、大丈夫ですか?風邪引いたりはしていませんでしたか?」

「あ、いえいえ、大丈夫ですよ。」

どうやら杞憂だったようだ。
昨日のは夢じゃなかったみたいだ。安心した。

「さあ、みなさんが待ってます。下に下りてきてください。」
「え?ちょっと・・・?」

そう言うと彼女は、急に立ち上がって、俺の袖を引いた。
困惑しながら彼女についていった。


広間に行くと、全員が座布団で円形に並んでいて、正座で待機していた。
正直、こういう改まった空気は久々に感じた。

少なくとも、俺の知っているこの広間の最後の姿は、
年越しそばを食べ終え、思い思いの形でこたつ周りで寝ていたもの。

緊張の面持ちで開いている座布団に座る。


しばしの間を置き、聖さんが口を開いた。

「揃いましたね。では、これから皆さんに新年の抱負を語ってもらいます。
 では、リアさんから順番にどうぞ。」

ちょっと待て。全力でちょっと待て。
いきなり寝起きでこんな事を言われても困る。

新年の抱負どころか、今日の予定さえまともに考えていないのだ。

・・・でも、この空気でまだ考えてませんなんて言える雰囲気ではないし・・・。
一体どうすればいいんだ・・・。

「あ、そんなに深く考えなくてもいいんですよ。
 今年やりたいことを言うだけでもいいんですから。」

頭を抱えているところに寅丸さんが助け舟を出した。
地獄に仏とは正にこのことだろうか。

・・・とすると、今年やりたいこと・・・。

善行が良いよね・・・除夜の鐘を撞ききれなかった罪滅ぼしもかねて・・・。

「じゃあ、これから近所を回って、一つずついいことをしていきます!」

気がつくと高らかに宣言していたが、
言った後の広間は恐ろしく静まり返っていた。
みんなのあっけらかんとした表情。

全員がかもし出す空気が激しくコレジャナイ感を際立たせていた。

「あれ・・・?」

「あの・・・リアさん、もっとこう、そんなに具体的な行動じゃなくて、
 一年の方針でもいいんですよ。
 たとえば私なら、無病息災を貫いて仕事に従事します、とか。」

え・・・そんな概念的なものでよかったんだ・・・。
積極的にやることを表明するんじゃなかったんだ・・・。

うわ、めちゃくちゃ恥ずかしい・・・。

「大丈夫だリア。言ったからにはやれば、
 有限実行という抱負を作れるじゃないか。」
「そ・・・そうだよね!実行に移せば、それを今年の抱負とできるもんね!」

思わぬ助け舟がナズーリンから入った。
よかった、これで俺の言ったことは的外れじゃなくなる・・・ん?

ちょっと待てよ、本当にこれ、助け舟か?

彼女の発言で変わったことといえば。
・・・言ったことをやらなければならなくなったこと。

・・・はめられたって訳か。

ナズーリンを軽く睨むと、彼女は軽く舌を出した。
腹立つなあ・・・。

まあでも、仕方ない。これも自分の落ち度だ。

・・・それにしても、一つずついい事って・・・何?
何をすればいいの?訪問何でも屋でもやればいいの?

結局自分で言ったこともよく分からないまま、ほかの人の抱負を聞いていた。

本当に皆個性的で面白い。
雲山は「滅敵成敗」だったり。
一輪さんは「身体を鍛える」だったり。

あれ、この二人は何か戦いの準備でもするのか?
二人して武闘派なので、少し面白かった。

にやにやしていると、丙さんに出番が回ってきた。

「今年は・・・不言実行でいきます!」

お前はそれ掲げちゃ駄目だろ。
いきなり無言で襲い掛かるタチの悪い痴漢もどきに早変わりじゃないか。

「そうですか。でも、今年は慎ましく過ごした方が良いのではないですか?」
聖さんがストップをかけた。全くもって同意見である。

「いいえ!私はやります!」
「君は少し黙ろうか。」

なんだこの正月の昼らしからぬ空気。

ため息をつきながら、いつも通りの命蓮寺をかみしめる。

これで抱負は全員だ。

「では、今年も一年、よろしくお願いします。」
「「「よろしくお願いします」」」


命蓮寺でも、新しい年が始まったようだ。
全員が一様に頭を下げ、上げると思い思いに解散して行った。

・・・さて、本を書こ・・・

「ところでリア、今年の抱負は何だったかな?」

固まった首で振り向くと、そこには笑顔のナズーリン

「有言・・・実行です・・・。」

このネズミ、何でそんなに俺を駆り出したがるんだろうか。
俺彼女に恨みを買った覚えはないはずだが。

むしろ、恨みがあるとしたら俺だ。

あ、なるほど、さてはこいつ除夜の鐘の事をまだ根に持ってるな?
・・・いや、根に持ってますよね。当然か。

冷ややかな笑いで彼女の頬を撫でると、俺は玄関に向かって靴を履いた。
・・・ただ、去り際に彼女は一瞬だけ、複雑な表情をしたような気がした。

まあいいか。

持ち物は・・・深水だけでいいか。
護身用くらいにはなるし、話し相手くらいにはなる。万能の刀だ。

・・・さて、外に出るといよいよすることに迷ってしまった。

各家を回って一つ一ついい事をしていく。
やることを統一するべきか。

それとも家ごとに臨機応変に変えていくべきか。

そもそも、近所ってどのくらいを言うんだ。

半径十キロか。いや、遠いな。

やることが全く見えずに俺はあんな事を言っていたのか。
まるで、やり方のわからない期限が明日までの宿題を突きつけられた気分だ。

まず、今日でなきゃ出来ないことを考えるんだ。


お正月といえば、お年玉、お餅、年賀状・・・ん。

お年玉は無理だとして・・・年賀状を配るのはどうだろうか。
それを、お餅に書いて、配れば喜ばれるんじゃないだろうか・・・。

うん、我ながらいいアイデアだ。

それならきっと、いろいろな人に喜ばれるに違いない。
すぐに命蓮寺に戻って、お餅を探すことにした。

「・・・あった。」

物置に大量の干し餅を発見した。

あまり大事になっても困るので、五十個ほど持っていこう。
用意した袋の中に餅を詰め、物置から引きずり出した。

あとは餅に新年の挨拶を書けば良い訳で。

・・・だが、そう事がうまく運ぶわけもなく。


「お。面白そうなことやってるじゃん。何してるんだ?」
「なーにもしてないよ。」

物置から出たところで、ぬえに見つかってしまったのだ。
思わず体が硬直してしまう。

これは、やばい。

黒髪を揺らして近寄ってくる彼女は、心底恐怖に感じた。
不自然な気配を感じた彼女は、袋の中を覗き込もうとした。

俺は、袋を引っ込めた。

「・・・何を隠してるの?」
「・・・。」

ある意味、これは盗みだ。
自分の家のものではあるが、かなりグレーだろう。

彼女の疑惑の眼差しは更に強くなる。
その気配に耐えかねて、俺はドサリと袋を下ろした。

「・・・なんだ、餅じゃん。これを何に使うつもりだったの?」
「・・・。」

今更嘘ついても仕方ないか。

彼女のことだから、下手に嘘ついてもばれるし、ばれたらメッタ刺しである。

経緯を物憂げに話すと、彼女はため息をついた。

「なんだ。そんな事か。それだったらもっと早く言えばよかったのに。
 よからぬことでも企んでたらメッタ刺しにしてやろうかと思ったのにさ。」

そのため息は、意外な物だった。
変なことだったら、どちらにせよメッタ刺しだったようである。

「え・・・協力してくれるの?」
「いや、そんな事は言ってない。その餅、半分ちょうだい。」

すげなく却下されてしまったが、袋は軽くなった。
彼女は六本の羽をうまく使って器用に餅を持っていた。

ええ、ワンピースをたくし上げて・・・なんて不埒な妄想は一瞬で消えましたとも。
やはり、煩悩は残っていたようで。

気を取り直して自室に戻り、筆を用意して餅にひたすら書き続ける。

最初こそ、無難に今年もよろしくお願いしますと、
何の面白みのない文を書いていた。
しかし、これじゃいけないと思ってユーモアを入れる事にした。

そう、絵と、気の利いた言葉。

ただ、画力がないので蛇を描いたつもりが、ワニみたいになってしまった。
ギャグも不発だった。「あけま正月」とか、誰が笑うんだろう。

書いているとだんだんしんどくなってきた。

多分、最後の三つは大きく賀正と書いて終わった気がする。
ぬえが持って行ってなかったら十五個ほどは新年って書いてあったと思う。

何はともあれ、書き終えたお餅を袋に詰めて、また玄関を出る。

もう夕方に差し掛かっており、急がなければならなくなった。
ただ、氷という物は恐ろしい物で、ことごとく俺の足を奪っていった。

具体的に言うと、腰を数回強打した。なんて酷い仕打ちを。

最初の家は、ハロウィンのときに訪問して、切ない気持ちになった家。
この家は以前、何かおすそ分けをする約束をしたのだ。今がそのときである。

高鳴る胸を押さえ、軽く戸をノックした。
「・・・こんにちはー・・・命蓮寺のリアです・・・。」

しばしの間を置いて、戸の向こうから足音が聞こえてきた。

そして、勢い良く扉が開かれた。

「えぶっ」
・・・本当に勢い良く、俺の鼻は砕かれた。

「だっ・・・大丈夫ですか!?すみません!すみません!」
「うん・・・こっちこそごめんなさい。生きててごめんなさい。」

「本当に大丈夫ですか!?出血も!おーい女房!氷を用意してくれ!」


床に伏しながら餅を地面にばらまく十七歳の元旦の夕方。
おまけに玄関の石床は鼻血まみれだった。


「そうなんですか、年賀状を・・・。」
「はい、もう、こんなので失敗するなんて・・・死んだほうが良いんでしょうか、俺」

「な、何でそんなにさっきから卑屈なんですか!?
 大丈夫ですよ、死なないでください!希望を持ってくださいよ!」

涙目で主人に経緯を話すと、餅を受け取ってもらった。
ただ、泥まみれだったりしたので、ものすごく謝った。この世の全てを謝った。

その家の奥さんが餅を拾い集めてくれたようで、ものすごくお礼を言った。
ただ、やっぱり卑屈といわれた。引きつった笑顔で。

今の俺はそんなに卑屈なんだろうか。
それとは関係ないかもしれないが、今日は迷いの竹林で夜を明かしたい気分だ。

既に外は暗くなっていて、餅も配れなかった。
そもそも濡れたり泥まみれになったりしていて、配るには失礼な代物になっていた。

「ごめんなさい、今日はこれで土に帰ります。お世話になりました。」
「家に帰ってください!良いですよ、近いですし、私が送りますから!」

「いいですよ、少し遠いですから大丈夫です。」
「それ迷いの竹林行こうとしてますよね!?余計心配ですから送りますってば!」

主人は譲らなかった。
どんなに笑顔で却下しても、ものすごく食い下がってくる。

結局、その主人と命蓮寺に帰ることにした。

後から聞いた話だが、ずっと俺は半べそで愚痴をこぼしていたらしい。
あと、呼吸の十回に一回くらいの頻度で「死にたい」と言っていたらしい。

今思うと、猛烈にうっとうしかっただろう。


「俺・・・今年は何もしないほうがよかったのかな」

命蓮寺に運ばれてしばらくして、うわごとのように、こたつでつぶやいた。
そばには、あきれたように笑うナズーリンがいた。

「そうだな。君が動くと、本当にろくな事にならないな。
 慣れない事をするから失敗して、こうやって熱が出たりするんだ。」

「熱・・・?」

彼女が寝込む俺の額を触った。

彼女の手は冷たかったが、
自分の額が熱いという事に気がつくまでには時間がかかった。

思考回路がずっと後ろ向きだったのは、熱のせいなのだろうか。

でも、そうだよね。
彼女の言っていることは全部正しい。

俺なんかが、動かなければ良かったんだ。

「・・・でも、誰にも頼らないのは感心しないな。
 君は一人じゃないから、誰かに頼ってもいいんだ。・・・私とかな。」

ナズーリンは、寂しそうに笑った。


・・・はっとした。

彼女があの時あんなに俺を駆り立てたのも。
念押しして実行せざるをえなくなるように誘導したのも。

自分に協力を仰いで欲しかったからなんだ・・・きっと。


・・・それを俺がしなかったのは、
どこかで俺は他人を信用していないからなのかもしれない。


頼っても迷惑。
嫌な風に思われたくない。

そんなのは、タテマエ。


きっと、俺は人を信じていないんだ。


こんなにも信頼を求めるくせに、自分自身は誰も信じない。
皆は俺を信じているのに、自分はその信頼に報いようとするだけで、
その信頼を返そうとは思っていなかった。


・・・それを、今日、気付くことができた。


こんなだらしなくて、情けない姿をさらして、人に迷惑をたくさんかけて、やっと。


「・・・ごめんね。ばかで・・・。」

視界が霞み出した。
情けなさで、前が見えなくなってきた。


「それはいい。周知の事実だ。そのかわり、一つ約束してくれ。」

「・・・?」


ぼやけた彼女の影から、優しい声がこぼれた。




「今度は、わざと迷惑をかけてくれ。一緒に困ってあげよう。・・・な?」




それ以上、聞いてられなかった。
彼女の顔は、もう涙で見えなかった。


・・・ありがとう。

今年、俺はまたひとつ、大切な物を得ました。



どうやら俺は、そのまま死んだように眠ったらしい。
いい夢でも見ていたのか、ずっと笑顔だったとのことだ。

どんな夢を見たかは、覚えていないけれど、自分でもそんな気がした。




翌日、眼を覚ますと、寅丸さんがはがきを数葉、俺の元に持ってきてくれた。
ショートした頭で身に覚えのないはがきを手に取った。


そこには、年賀状のお礼が書いてあって、あけましておめでとうと書いてあった。
何故か、俺の名前もそこに書いてあった。

奇抜な年賀状をありがとうと書いてあった。

・・・身に覚えがなかった。
餅は全部回収したはずだけど・・・。


でも、まあいいか。


きっと、神様がこれを知っていて、俺にこれを書いてくれたのかもしれない。
・・・俺らしくもないことを考えながら、その年賀状を見ながらにやけていた。



自室の扉の向こうで同時刻、黒髪の少女が笑っていたことは俺には知る由もなく。






幻想今日紀 番外編 終