東方幻想今日紀 百四十五話  名無し妹と白兎のフード

今日はいつもよりもだいぶ早く起きた。

誰よりも早く起きて、朝食を作る。
もちろん、目的は妹に出会わないうちに学校に行くことだ。

・・・作るといっても、即席の炒飯だ。
多めに作って、残りをお昼に回せばよい。

猿でもできるし、俺でもできる。


・・・いや、猿はどうだろう。


そんな馬鹿なことを考えてたら、盛り付けの際に盛大に床にぶちまけた。


「・・・うっ。」


肩を落として床を拭き、鍋を洗っているその時。

「あれ、早いね秋兄・・・。」

「おゎ、お前こそ・・・。」


振り返ると、あの少女の顔がそこにあった。
しどろもどろになりながら返事をする。

それで精一杯だったのだ。



「あーあ、なるほどね・・・。」


別段気にした素振りもなく言い放った彼女は、冷蔵庫から卵を二つ取り出した。

そして、小容器を取り出し卵を片手で割って、菜箸でカシャカシャやりだした。


「・・・何してるの?」

「炒飯が食べたいんでしょ?」

思わず尋ねると、彼女は振り向かずに答えた。

白いパーカーの、ウサ耳フードが軽快に揺れていた。


「・・・えい。」

「わわっ・・・!?」


そのフードを、そっと持って、ぱっと頭にかぶせた。
少女は肩をビクンと震わせて、頭のフードに手をやった。


「い・・・いきなり何してるの?」

うろたえつつも、少しだけ彼女は笑っていた。
その様子がおかしくて、俺も笑ってしまった。



彼女が作ってくれた炒飯はおいしかった。
兄妹とは思えぬほどの腕の違いだ。

クックなんとかの炒飯ではなく、自分で一から作っていた。



その後、親と深水を含めて五人で朝食を摂った。
なぜか深水は三人目の妹として認識されていた。

絶対後付けの情報だろうけど、彼我さんならできる。
ここは、彼我さんが作った世界なのだから。


後で親から聞いたのだが、彼女はその朝はずっとフードをかぶっていたそうだ。
あの、白いウサ耳の付いたパーカーのフードを。





「・・・あれ、稟じゃん。どうしたの?」
「いや、雨だから自転車が使えないんだよ。」


駅での稟との会話。
そういえば、自転車で通学してたんだっけ。

「そういやさ、今日50m走の記録計るんだろ?」
「え、陸上部で!?」


頭をこづかれてしまった。

「アホか。何で陸部でもない俺がそんな事知ってるんだよ。
 学校だよ学校。まだ寝ぼけてるのか?」

「あ・・・そうだね・・・。」


なんだか、俺以外は皆しっかりしているような気がする。




・・・そして、問題の50m走。



「これ、明らかにストップウォッチがおかしいですよね?」
「だから、何度言ったら分かるんだ、二回もストップウォッチ変えただろうが。」


先生に抗議を入れること三回。
先生の顔は相当苦い顔だが、納得がいかないのだ。


遅いのではない。速すぎるのだ。


5.92、5.99、5.91。
何度計りなおしても、かなり速い。

走っているときは猛烈に身体が重いのに。
すごく遅く感じるのに。

・・・数字だけは、途轍もない記録が出る。


「とにかく、速いなら抗議しなくてもいい。黙っていろ。」

「・・・。」


仕方なく、皆が待機しているところに戻る。


「・・・東雲、何で抗議したんだ?」
「いや・・・なんか、速すぎるから。」

心配そうに尋ねる稟。

正直、ぶっちぎりで速いはずなのにあんな事を言っているのだから、
嫌味に映っても仕方ないだろう。


「なんかさ、身体が重いんだよ。
 本調子なら、今の三倍は速く走れる。」

「いや、三倍ってお前・・・。」

・・・三倍は大げさじゃない。
本当にそれくらい、走っていて景色が流れるのが遅い。


そこまで考えたところで、一つの考えが頭によぎる。


・・・体が妖怪化していた幻想郷なら、もっと速く走れたのでは・・・

そうだ。身体は幻想入りする以前、純人間のままなのだ。
妖怪化したときの身体とは、比べ物にならないくらい虚弱であるはず。

・・・なるほど、だから速く走っていても遅く感じたのか。


妖怪化がここまで進んでいることを、改めて感じた。


・・・そう、今のまま現代に戻ると、確実にまずい。
身体が、一部あるいは全部妖怪なのだ。





妖怪化を何とかしなければ、現代に戻れない。
結局あれから一年。妖怪化の解決の目処は立たない。


・・・原因すら分からないのだ。



「おーい、秋兄?」
「・・・ふへ?」


顔を上げると、いつもよく見る顔が目の前にあった。
黒い髪のショート、猫耳

・・・考え事をしているうちに、夢から覚めてしまったらしい。


さっきまで、太陽の照りつけるグラウンドだったのに。
今は、肌寒い畳の部屋。


景色が暗転せずに、いきなり現実に引き戻されたようだった。
恐らく、彼我さんが力を使い果たしたのだろう。

昼夜を問わず、誰かの夢に入り込んだと言っていたのだし。
ある意味、こんな大仕事をしてここまでもったのはすごいと思う。


畳のにおい。小春の顔。いつもの広間。
・・・なんだか、久々に命蓮寺に帰った気分だった。


文字通り、長い夢を見ていたような気分。



「ただいま。」

「・・・はいはい、おかえり。」

小春は、朝のあいつと同じ笑い方をした。




俺は小さなあくびをすると、俺は自室に戻って、執筆を始めた。



つづけ