東方幻想今日紀 番外編 夢現の小さな僻事

俺には小さな特技がある。

夢ということを、自分で気付けるようになったのだ。
つまり、自分で夢の中と割り切って行動できるのだ。
普通は起きた時にあれは夢だったと気付くものだが、俺は違う。

ただ、夢の中の事は操作もできない。
最後に寝た世界が待っているのだ。


近ごろになって、それは少し変わることとなる。

何をどう誤ったのか、最近昼寝をする癖がついてしまった。

昼寝と言っても、悪癖の類となるほどで、
太陽が出ている内は寝ていなくては気が済まない。

自分は呉服屋を親父と営んでいるのだが、
最近は親父に任せっきりである。


それもこれも、奇妙な夢のせいだと思う。




「私と将棋でもしませんか?」

「またかよ」

そんな言葉を交わすと、俺の1日は始まるのだ。

太陽の有無なんて関係ない。
気が付くと、俺は彼女との将棋を楽しみにするようになっていた。

最初は、決まって彼女が夢に出てくるだけなのだ。

彼女は名を尋ねても名乗らなかった。
それどころか、どんな質問をしようとも答えなかった。

好きな食べ物は何か。
どうしてここにいるのか。
年はいくつか。

全部、はぐらかされてしまうのだ。

もしかしたら、彼女は 俺の想像上の人物なのかもしれない。
起きている時では見たこともない顔。
服装も、呉服屋を営んでいる俺ですら見たことがない。

彼女は飄々としていたが、聞き上手だった。
仕事の愚痴や失敗談、最近読んだ本、とにかく何でも彼女に話した。

将棋をしながらである。

だから、彼女とする将棋は、いつしか楽しい物になっていった。

ある時、無垢な顔で彼女が言った。

「あの、昼寝は習慣なんですか?」

返答に窮したものの、首を縦に振った。
すると、彼女は笑って、
「では、昼にあなたが寝ている時は会いにいきますね。」と言ったのだ。


その日からである。
毎日のように昼寝をする癖がついたのは。

仕事もほっぽって、昼寝ばかり。

彼女と将棋をするためだけに。

対局の途中で親父に起こされることもあった。
その日から数日は、店は休みになった。
今考えると、実にばかばかしく、嘆かわしい。
ごめんな、親父。


そんな経緯もあってか、俺は彼女に将棋以外を求めた。
どこかの茶屋で、一緒に団子でもどうだいと。

彼女はくすっと笑って、栗ようかんが好きですと答えた。

俺の好物が、栗ようかんになった瞬間でもあった。




何かにつけて茶屋に行き、座りながらうたた寝をする。
すると、横に彼女が座り、一緒に栗ようかんをつまむ。

そんな日々が、幸せでたまらなかった。
ようかんのような、甘美な時間。

ただ、目を覚ますといつも横には誰もいない。

そんな事はわかっていたのだが、
虚しくて仕方なかったのだ。


この頃には、だいぶ物の分別がつかなくなっていたのだろう。

その証拠と言っては何なのだが、意を決して彼女に求婚しようと思ったのだ。

その手段がまた滑稽で、栗ようかんを大量に買い、茶屋の長椅子の上に置く。
そして、瑠璃の指輪を買い、小箱に入れ。

後は茶屋で微睡むだけである。




「おはようございます…あれ?何を後ろ手に隠したんですか?」
「いや、なんでもない。」

茶屋で微睡むと、やっぱり彼女はやってきた。

手に持っていた小さな木箱。
今は彼女に見せる訳にはいかない。


今日こそ、彼女に言ってやるんだ。

彼女は気にした素振りもなく、栗ようかんを頬張る。

「今日は随分と奮発されたんですね。すごく、嬉しいです。」

「まあ、好きらしいからな。」

たくさん話したかったからに決まっている。

何事も無いように振る舞うが、心臓がはちきれそうだった。
嬉しそうなその表情は、何にも代え難かった。
ますます、想いは強くなる。

言え…言うんだよ。


固唾を飲み込んで、やっとの思いで言った一言。

「ちょっと、大切な話がある。」

さっきまでようかんを摘まんでいた彼女は、きょとんとした。

俺は、祈る思いで木箱を彼女に渡した。
困惑しながらも、優しく受け取ってくれた。
「開けていい。お前のだ。」

彼女に目を合わせぬまま、うわずる声を抑えて言う。

「…これを、私に…?」

心臓が早鐘を衝く。
一瞬たりとも、休もうとしない。

「ああ。もう一つお前に受け取って欲しい物がある。」

「…はい。」


時間が止まっているようだった。
こんなにも、長く感じる。




「俺と、これからも一緒に居てほしい。」




今度は、はっきりと彼女の目を見て言った。

一瞬のはずだったが、こんなにも時間が長く感じる。


やがて、彼女はくすっと口角を上げた。


「・・・では、私が恩人の夢を叶えたらまた会いに行きますね。」



彼女は、屈託の無い笑顔でそれだけ答えると、消えていった。



その日から、俺は彼女の夢をぱたりと見なくなった。



俺は昼寝をする癖をやめた。
仕事も、再開をして店の後を継げるように頑張った。



いつか、今度は夜、夢で会えることを信じて。


いっぱい栗ようかんを買えるように、お店を繁盛させるんだ。



番外編 終