東方幻想今日紀 百四十一話  幻想は、どっち?

・・・視界がゆっくりと白んできた。


うとうととした、心地よい眠気。
しかし、これから俺は目を覚ますのだろう。


寝ていたい・・・


「東雲ッ!!」

「はいぃっ!!」

うっすら開いた目を、ぎゅっとつむると、今度は頭上から大きな声がした。
反射的に身体を震わせて、立ち上がってしまった。


・・・え?


ガタタッという音がすると同時に、はっきりと見えたはずの視界に混乱した。
少し遅れて、どっと笑い声があちらこちらから起こる。


「・・・どうした、勉強のしすぎか?随分と珍しいな・・・。
 ほら、唖然としていないで、座れ。」

横で腕を組んでいる、中年の眼鏡をかけた男性。
記憶が正しければ、高校の数学の先生である。


「あ、あの、命蓮寺のみんなは・・・」
「妙蓮寺とは、あの妙蓮寺か?みんなとは・・・?」

思わず先生に投げてしまった質問の内容に気付き、慌てて自分の口を押さえた。


「なんでもない!何でもないんです!!」
「まあ、座りなさい。大分疲れているようだから。」

「はい・・・。」


先生に促され、俺は静かに座った。


机には、教科書とノートがきちんと開かれてあった。
そして、そこにはまるで自分の字じゃないような文字がつらつらと並んでいた。


先生は教壇に戻って、黒板の板書を続ける。

教室は静かになった。



・・・みんなが筆を動かす中、俺は机に頬杖をつき、思索にふけっていた。


陽気や服装を考えると、どう見てもさっきまでいた冬の幻想郷ではない。
隣の生徒は半袖。俺は長袖だった。

窓の外を見ると、山は青々としており、民家はその下に立ち並ぶ。



・・・初夏だ。


あの時交通事故にあって、ここを後にしたのも初夏。
・・・すると、どうしても目を背けられない結論が、浮かんでは消える。


全部、夢だった。



冴えきらない頭の中では、これが限界だった。


右腕だって、しっかりと付いている。
服装だって和服ではなく、二枚重ねの洋服。

腰に刀なんて差さっていない。
なんとなく、身体が重い。


でも、やはりそれは仮説でしかなかった。

こんなに生々しい夢があるわけも無いが、
今までのことが夢だと思うのもやはり無理があった。


・・・頭はぐちゃぐちゃのまま、チャイムが鳴って、俺の思考は一時中断。


「起立。ありがとうございました。」

皆が立つのに一瞬出遅れて、慌てて立ち上がる。
そして、一呼吸遅れて皆より遅く頭をぺこりと下げ、すぐに座った。


冷や汗が、顔を伝っていた。



教科書を乱雑にまとめて、机の中にしまいこむ。

周りを見回すと、どうやら今はお昼のようだった。
皆がいそいそと箱やら袋からお弁当を取り出していた。


・・・お弁当があるとしたら、これかな・・・。


机の横にかかっていた軽い青い袋を取り出し、机の上に広げた。
・・・と、そのときだった。


「シュウ、一緒に食おうぜ〜。」


背後で、そんな朗らかな少年の声。
後ろを振り返ると、よく知った顔だった。

幼馴染の友人であった。

・・・でも、不可解なことが一つ。


「・・・シュウって誰?」
「はあああぁあ!?お前のことに決まってんじゃん!」

首をかしげて尋ねると、
彼は教室全体に響き渡るほど絶叫してから、ぽかんとした。

教室中の視線が一瞬、こちらに集まるのを感じた。


「・・・稟、声がでかい。」
「いや・・・本当に覚えてないのかよ?俺の名前は覚えているのにか?
 悪ふざけとかと違うよな?さっきから、変だと思ってたけど・・・」

怪訝そうにこちらを見回しながら、顔を曇らせる彼。
不思議と、こちらは彼のことをよく覚えている。

家が近くだから、小学校の頃から良く遊んでいたのだ。

「何でシュウなの?」
「ちあきの秋で、シュウだろ?」

・・・あ、なるほど。それでか。

ぽんと手を打つと、目の前の少年は頭を抱えて掻き毟った。


・・・余計、分からなかった。
これが夢なのか、現実なのか。


夢ならあまりにも生々しすぎるし、現実なら忘れてはいけないことを忘れている。


・・・現に、東雲晩秋という名前は未だにしっくり来ない。
誰に呼ばれてても、自分が呼ばれているような気がしないのだ。


シュウなんて、もってのほかだ。聞いてもピンとこない。


「まあとにかく食べよ、稟。」
「ああ、そうだな・・・。」


二人で机を並べて、お弁当を広げた。
・・・俺は風呂敷の中におにぎりが一つだった。


・・・うちの親は高校生の胃袋をなんだと思っているのだろうか。



まだ、学校が始まってから、一ヶ月と少し。
受験が終わって、ほっとした気分が少し教室に残っていた。

みんな、同じ中学の友人とか、席が隣の子と食べていた。


・・・可能性があるとしたら、何かの拍子で突然現代入りしたとか。

いや、そうなら右腕がある説明が付かない。



・・・駄目だ、ちっともわからない。


「まあ、そんなこたいいんだよ。それよりも、次は調理実習だからな?」

頭を抱えてがしがしやってると、凜が口を開いた。


「え?調理実習?」
「お前なあ・・・お前は今日、おにぎり一個だろ?」

・・・確かに、そうだった。
思えば稟だって、ほとんど食べていなかった。


食べ終わった後汚れていたのは弁当箱の四分の一くらいの面積だった。


・・・という事は鞄の中にエプロンが・・・あった。


まあ、当たり前といえばそうなのか。俺の記憶に無いだけで。

稟はくすっと笑った。









「昨日説明した通り、八宝菜と鮭の塩焼きを作って下さい。以上!はじめ!」


悪夢、再び。


先生バーロー。以上、はじめじゃねえよ。
頼むから折り返しの説明くらいしてくれよ。


・・・まあ、稟が一緒の班でよかったなあ。


「おしーえて、お稟さん♪」
「・・・はいはい、わかったから歌うな。まず野菜を洗って。」

俺の班員は、稟と時たま話すクラスメイト男子一人女子二人。
計五人の班だった。

料理は俺が一番下手である。


稟が指示するように、野菜をひたすら洗っていく。


だいたい、こういうとき洗い物だったり下ごしらえだったり。
命蓮寺で料理を手伝うとしたら、こんな事しかできないから笑ってしまう。


・・・一方、凜は怒涛の勢いで二本の包丁を使って、
二種類の野菜を切り刻んでいた。


この光景はどう見ても・・・。


ナズーリンそっくりだなあ・・・」

「え?なずーりん・・・?」


・・・慌ててまた口を押さえたが、当然間に合わなかった。
クラスメイトの女子がこちらをじっと見つめる。

「いや、なんでもない、なんでもないんだよっ!!」

慌てて手をふって弁明する。
思わず口走ってしまったその一言が、本当に恥ずかしかった。


「・・・晩秋君って、さっきから変だね。」
「もー、茶汰野さんひどいなあ!至って平常ですってば!」

・・・俺が声を大にして言うと、茶汰野さんはまた首をかしげた。

「何で敬語なの?・・・変なの。」
「あ・・・。」


またやってしまった。
癖というのか、影響というのか・・・。

でも・・・もしも幻想郷で過ごした日々が夢なら、こんなに影響が出るだろうか。


「おーい、茶汰野さん、洗い物おねがーい。
 シュウはお皿と箸と、塩を取り出して。」

稟の指示が飛ぶ。

我に返ると、流しにはもうまな板やらボウルだかが置かれていた。
やっぱりというか、稟は料理がうまいだけではなく、早い。


・・・塩と、お皿。箸は・・・あったあった。


全部取り出して、塩を稟に渡すと彼は笑いながら塩を拒んだ。


「それ、みりんな。」
「え・・・ほんとだ。」


俺が取り出したのは、塩じゃなくてみりんだった。
凜は苦笑いで、ほかの三人は爆笑していた。


「・・・はい。」
「やれやれ、しっかりしろよー?」


・・・稟はそう言って、塩を軽く振り、火を止めてお皿に移し変える。
どうやら、もう出来上がったみたいだ。


・・・周りの班は、まだ野菜を切っていたりした。
そう考えると、めちゃくちゃ早い。


やがて、鮭も焼きあがり、それをお皿に移し変える。
椅子を引っ張り出してきて、皆で食べ始めた。



・・・なんだか、この品目は久しぶりな気がしなかった。


おいしかったし、温かかった。







・・・料理実習が終わると、掃除の時間になった。
その後、残りの英語の授業を終えて、流れ解散という形で下校になった。



曜日を確認すると、月曜日だった。


陸上部は月曜日は休みなので、そのまま帰ることにした。
別段寄るべき所もない。


時間を見ると、電車にちょうどいい時間帯だった。



荷物をささっとまとめて、帰路に着いた。



結局のところ、これは現実なのだろうか、幻想なのだろうか。

そんな中途半端な、やりきれないモヤモヤが頭の中にいっぱいだった。




つづけ