東方幻想今日紀 百三十九話  はいはい、おはよう。

幻想郷に、また冬がやってきた。
俺が来たのも、ちょうど冬のはじめだった。


そう、幻想郷に来て、一年が経ったのだ。


長かったような、短かったような・・・。



・・・そう、あの事件から、早三ヶ月が経つのだ。

まだ、鬱々とした気分は残っているものの、だいぶ改善されてきた。
そろそろ、寺子屋にも復帰しようかなとも思う。


・・・まだ、教鞭を取るのが怖い。


教室に行っても、もう彼はいない。



でも、もう逃げない。

すぐにでも、休みの分を取り返すようにして仕事を頑張らなきゃいけない。



・・・そんな事を、外と違ってぬくぬくとした布団の中で考えていた。

時計を見ると、夜明け前。
もう、一時間ほども考えごとをしていたらしい。



あれ以来、すごく深く考える癖がついてしまった。
気が付くと、三十分は考え事に没頭することなどしょっちゅうだった。


・・・でも、最近は考える内容は暗いことばかりではない。


少しは、前を向けるようになったのだ。


命蓮寺の皆も、以前と変わりなく接していてくれた。
そんな皆が大好きだった。


ナズーリンも、あの事件のことを説明したらきちんと分かってくれた。
元々、疑ってなどいなかったそうなのだが。


目はとっくに覚めていたのだが、一応目をこすっておいた。

掛けてある刀を取り出し、腰に差した。


この刀、最近俺に気を使っているのか、うんともすんとも言わない。
彼我さんだって、最近ぱったり出てこない。


・・・少し、さびしくもあった。


もぞもぞと布団から這い出し、服を取り出して着替える。
ぶるっと身が震えるのを感じた。寒い。



・・・そうだ、門の近くの掃除をしよう。



考え事をしながら掃除をすれば、きれいになって一石二鳥だ。
そもそも、特に何もしてないのだから、そのくらいは当然だ。

よし、掃除をしよう。



変なのがいたら、ついでにそいつも掃除してしまおう。なんつって。





そんなバカな事を思いながら、竹箒を取り出して、門の前に走り寄った。

つんと寒い空気が鼻をつつく。
石畳の上には、紅葉や暗い色の枯れ葉がちらほら。
これは掃除のしがいがありそうだ。

もちろん、外の空気が肌寒いのは俺が悪いからではない。


・・・え、ちがうよね?



意気消沈しながら竹箒を持ってうろつくと、遠くに誰かの人影を発見した。


・・・が、自分の知る影ではなかった。


まだ日は出ていないから何とも言えないが、少なくとも知らない人だ。
本当に掃除する必要があるかもしれない。


・・・二つは持てないので、一度箒を放棄して、
刀に手を掛け、そっと近付く。



姿の全容がうっすらと見えてきた。女の子だ。


若干の癖毛。ショートボブ。たれ耳。丸いおしりの方には小さな尻尾。
長袖のワンピース。背丈はやや低めだろうか。


そんな女の子が竹箒を持って、さかさかと落ち葉をはいていた。


・・・どう見ても、悪い奴じゃなさそうだな・・・。
楽しげな後ろ姿を見ていると、こちらまで掃除しなきゃいけないような気分になる。


もちろんこの子をではない。地面の落ち葉をだ。



・・・更に近付くと、彼女はたれた耳をぴんと動かした。
気付かれてしまった。


少女はくるりと振り向くとこちらをまじまじと見つめた。
綺麗な明るい色の瞳がじっとこちらを見つめる。


「・・・何してるの?」

「えっ・・・ああ、いや、掃除をですね・・・。」


突然尋ねられたので、どぎまぎしながら答えた。
目を細めて尋ねる犬耳の少女。


・・・そんな俺の左手には、カタナ。



やべえ。



箒を置いたの忘れてた。



「ちょっと、箒置いてきたんで取りに行って良いですかね。」

「じゃあ、そこを動かないで取りに行って。」


困った。泥棒と思われているみたいだ。
間違いなく、怪しまれている。


・・・ん?でもおかしくない?
俺、ここの人だぞ。


・・・それならば。


「お前こそ誰だ!!」

指をさす事ができないので、鞘つきの刀を向けた。
少女は、ぴくっと眉根を吊り上げた。




これはいかん。攻撃態勢だ。




いいでしょう、あなたがその気なら・・・俺にも考えがある。



・・・ならば、やられる前にやってしまおう。
これがいわゆる正当防衛というものである。


過剰防衛?いやいや、そんなはずがない。




鞘を口で引き抜いて、青い刀身がすらりと左手に現れる。


緊張の一瞬。
俺は彼女が動き出すのを待っていた。



「理不尽でしょ、自分が誰かくらい名乗ってよ。」


・・・しかし、眉根を寄せたまま、その犬耳をひくつかせながら少女は言った。


口にくわえた鞘を離して、刀を少し下げた。


鞘が石の上に落ちる、乾いた音がした。


「・・・俺はリアと言います。命蓮寺の住人です。」
「うそだ。今まで私はあなたにあった事なんて無いもの。」


即答されてしまった。

ここまで話がかみ合わないと、少し腹が立ってくる。



「お前こそ誰だ!!」


一語一句違わず、同じ言葉を叫んだ。

・・・しかし、その瞬間だった。




「・・・いい加減にしてッ!!」



耳がキーンとするような、大音声。
耳元で大声で叫ばれたような感覚。

めちゃくちゃ声が高いわけでもない。
腹に響くような低い声でもない。


・・・声量が、でたらめだったのだ。


わんわんわん・・・と耳に残って聞こえた。


思わず刀を落として、その場にへたり込んでしまった。



そして、彼女は座り込んだところに腰に手を当てて詰め寄った。


「・・・さっきから聞いていれば、筋に合わないことをべらべらと・・・
 おまけに、刀を取り出して・・・どうせ、人間でしょう?」


詰め寄っているときも、声は信じられないほど大きかった。
防犯ブザーが常に耳元で鳴っているようだった。

耳を押さえながら、彼女の勢いに気圧されていた。


・・・しばらく聞いていると、自分のやったことがわかってきた。
いきなり泥棒と決め付け、刀を向けた。

この暴走思考は、いつまでたっても治らないのだろうな・・・。


・・・でも、おかげで頭が冷えた。


「・・・ごめんなさい。」

俺がうなだれて彼女に謝罪すると、彼女はすっと息を抜いた。



「・・・挨拶できるんだ。それならまあいいや。
 で、あなたはここに何をしにきたの?」


・・・どうやら溜飲が下がったらしく、彼女は落ち着きの色を見せた。



俺は立ち上がり、鞘を拾い上げ、上に投げた。

刀を拾い上げ、狙い済まして刀の先を上に向ける。

刀を拾い上げた瞬間、彼女はまた目を開いたが、俺は気にしなかった。
今度は敵意なんて無い。刀をしまうだけだ。


カシャッという音がして、回転運動をしていた鞘が刀に収まる。


その一連の様子を、唖然とした様子でその少女は見ていた。


「すごい・・・!」


・・・まあ、右手が無いのだから、こうする他にない。
案外慣れれば、すんなりできることだ。


「ありがとうございます。」


でも、一応お礼は言っておいた。
もうずっとやっている事だから、自分にとってはすごくも何とも無いのだが。


・・・でも、内心にやついていた。
尊敬にも似た眼差しが、心地よかった。



「・・・何事ですか!?」


一人で悦に入っていると、あわただしい様子で寅丸さんが駆け込んできた。
寅丸さんだけではない。その横にはナズーリンもいた。


・・・いや、何事って、こっちが訊きたいんだけど・・・。


「「いや・・・知らない人が・・・」」


その少女と、お互いに、お互いを指差して同時に言う。



「ぷっ・・・はははっ・・・。」

ナズーリンが突如、意地の悪い笑みを浮かべて笑い出した。
なんか・・・腹立つ。


「・・・ふふっ、面白いですね。二人とも結構前からいたんですけど・・・
 恐らく、今までリアさん、この時間帯に起きたこと無いですよね?」


寅丸さんが口に手を当てながら、そんな事を言った。


・・・確かに、こんな時間には今まで起きた事が無い。
という事はもしかして・・・奇跡的な確率で今まで会ったことが無かっただけ!?


「・・・なんだ、知り合いだったんだ・・・。」
「いや、信じてなかったんですか、やっぱり・・・。」


案の定というか、信じていなかったようだ。
まあ、当たり前といえば当たり前か。


「・・・じゃあ、同じ命蓮寺の仲間?」
「そういう事になりますかね・・・よろしくお願いします。」


・・・一瞬彼女は怪訝そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「わかった!よろしくね、リアさん。」

「えっ・・・うん。よろしく?」


・・・面食らった。
彼女は、さらりと言った俺の名前をしっかり覚えていてくれたのだ。



「・・・私の名前は幽谷 響子っていうの。よく修行で来ているんだ。
 ところでさ・・・一つ訊いていいかな?」


・・・よし、響子ね。覚えた。

言葉の最後に、犬耳の少女は首を軽く傾けた。
一体何を訊くつもりなんだろうか。



首を縦に振ると、彼女は無垢な笑顔で口を開いた。





「・・・ねえ、山彦ってどうして返ってくるか知ってる?」




思わず笑ってしまいそうになった。
そんなに、英知に乏しい奴と見えたのだろうか。


簡単だ。


「山に声が跳ね返ってきているからに決まってるじゃないですか。」


笑顔で、そう答える。


・・・しかし、響子さんの顔は一気に曇っていく。
これは一体どういう事だろうか。


・・・わかった、説明が足りないんだな。



「そもそも声というのは、音の波なんですよ。
 山に向かって叫ぶと、山に声が反射して、帰ってくる。
 子供の頃は山に誰かいるのかと思ったんですけど、今思うと馬鹿でしたね。
 誰もいる訳がないのに・・・うっ。」


・・・そこまで言った所で、一瞬視界がちらついた。
思わず、膝を突いてしまった。


彼女に箒で鳩尾を思い切り突かれたのだ。


「・・・あの・・・なんで?」


「そんなのは迷信だよっ!!馬鹿じゃないの!!?」


座り込んだまま声を絞り出すと、響子さんに上からめちゃくちゃ罵られた。
いよいよ訳が分からなかった。


ナズーリンと寅丸さんは、そんな俺を苦笑いで見ていた。

なんだおまえら。



二人が半べその響子さんをなだめすかすと、今度はうずくまる俺を助け起こした。

・・・朝からこれでは、身が持たない。
今日は厄日かもしれない。



四人で、庭を離れて命蓮寺の中に向かった。


朝ごはんを食べながら、ゆっくりと話を聞かせてもらうことにしよう。




つづけ