東方幻想今日紀 百三十六話  病み上がりの好奇心は身を焦がす

・・・ふとした拍子に目が覚めた。


周りは真っ暗で、よく分からない。


頭の重みも幾分かよくなって、痛みもだいぶ引いていた。
熱っぽさも、倦怠感も、かなり和らいではいた。


どのくらい寝ていたのだろうか。

体調の治り具合を鑑みるに、どうせ大した時間ではないだろう。
せいぜい、五、六時間だろうか。


そもそも、その前にもぐっすりと寝ているのだから、
今更目が冴えてしまって眠れない。


・・・そうだ、本の続きを書かなければ。
多分あの時お茶を零して、一部は駄目になったのだろうから、
その分の遅れも取り戻しておきたい。


そう思いつつ、暗闇の中、手探りで明かりを探した。


「・・・?」


・・・手はふわっとした、硬い何かに触れた。
それを撫で上げると、ふわっとした何かは、手の上に乗った。
指先は、ふかふかの肉板を、ちょんと触った。

すぐに悟った。

・・・それは、彼女の大きな耳だった。髪だった。


あわてて手を引っ込めた。


「んっ・・・。」
彼女は軽く身をよじると、軽い寝息を立てはじめた。


・・・ナズーリンには、悪いことをしてしまった。
疲れて眠りこけるまで看病をさせてしまったのだから。


・・・明かりを点けるには、あまりにも忍びない。

執筆なんてやめて、このまま朝まで静かにしていよう。






・・・そう思い立ち布団に手を掛けた瞬間に、異様な音が耳に入ってきた。



それは、玄関戸のカラカラという音。




思わず、息を止めてしまった。
こんな真夜中に、それも夜明け前に誰かが出掛けていく。

ここは寺なのだから、朝早く誰かが起きていても不思議は無いかも知れない。


・・・でも、這って障子を開けると、そんな気持ちは消し飛んだ。



ちょっぴり欠けた月が、まだ高いのだ。


時間で言うと、深夜三時頃。寅の刻と丑の刻の中間。


こんな時間にうろつくのは、夜盗くらいのものだろう。
いったい誰が、何をしに抜け出したのか。



・・・冴えた目と頭は、刺激を求めていたのだ。



要らない好奇心だけれども、押さえることは出来なかった。
どうせ眠れない、そんな感情も手伝ってのことだった。

結局、こっそり自室を抜け出し、その音の主を追いかける事にしたのだ。










一人、月夜に照らされた田んぼ道をすたすたと歩く。

こんな夜中に水田の周りを歩くと、とある出来事が思い出される。
・・・それも、誰かを追いかけている、そんな状況。

ただ、違うのは蛙の声もしんとしずまり、当ても無くさまよい歩いていたことか。


・・・音の主がどこにいるのか、見失ってしまったのだ。



もしかしたら、戸が開く音は、誰かが入った音かもしれない。


・・・だとしたら、本当に夜盗が押し入ったことになる。
場合によっては、大惨事になるかもしれない。


物を盗むだけならまだいい。


・・・まずいのは、置き土産だ。
もしも、夜盗が去り際に火を放ったりしたら・・・・。



・・・やはり、まだ具合が悪いのだろうか。
どうにも悪い方向に考えすぎてしまう。



まあ、何にせよ、一度命蓮寺に戻ったほうが良いだろう。
・・・今となっては、こうして外にいる意味が無い。




・・・頭を軽く掻いて、命蓮寺へ足を向けたその瞬間だった。







遠く遠くで、金擦れ音にも似たけたたましい悲鳴が聞こえてきた。

方向は命蓮寺からではなく、さっきまで正対していた妖怪の山。


すぐに方向を変え、妖怪の山に向かって、俺は猛然と走り出した。
理由は簡単だった。


胸騒ぎがする。ただそれだけだった。









息が切れるまで走り、喉の奥が変になってきた所で、
妖怪の山の麓にたどり着いた。


あの断末魔のような悲鳴が聞こえてきた辺りまで、もうすこし。



何があるかはわからない。


わかったもんじゃない。


・・・刀を手にかけ、辺りをくまなく探す。
考えてみると、トチ狂っている。


・・・どうして、また俺は命の危険を冒しているのだろうか。


考えても答えは出るはずも無い。
今は好奇心というより、本能に近いその衝動を満たそう。

・・・何があるかだけ、確認して帰っても良いはずだ。




そんな思いを浮かべながら、
深い枝を掻き分けて、背の高い茂みの向こう側に踏み込んだ、その瞬間だった。





・・・視界に入ったものは、あまりにも想像を絶していたものだった。

それと同時に、びっくりするくらい予想通りであった。







具合の悪いときは、よく悪夢を見るものだ。






・・・血まみれのポンチョが落ちていて、その傍ら、呆然と立ち尽くす少年。


少年の口元は、紅に染まっていた。








・・・そんな悪夢が目の前に広がっていた。




つづけ