東方幻想今日紀 百三十五話  ナズーリン熱中症

柔らかくて、冷たい布が顔を優しく撫でる。
布が動くたびに、見え隠れする、優しげな顔。


「君という奴は・・・これで何度になるのだろうな。
 いつもいつも、無茶をしてから誰かに迷惑をかける・・・。」

「はい・・・ごめんなさい・・・。」



あれからしばらくして、俺は目を覚ました。

さっきと違って、意識こそはっきりしているものの、
依然、頭は縛り付けたように重いし、顔は燃えているように熱い。


時計を探したが、見当たらない。

ナズーリンに取り除かれてしまったのだろうか。
・・・これでは、どれくらい寝ていたのかがわからない。

障子の外は真っ暗だったから、夜なのは間違い無かった。


そんなことはお構いなしに、ナズーリンは横で布巾を絞った。
ちょぽぽぽぽ、こちゃこちゃと、水音が聞こえてくる。

そして、また額にひんやりとした感触が乗っかる。


「・・・ありがとう。」


それを聞くと、ナズーリンはふっと笑った。


「早く良くなってくれ。馬鹿は夏風邪というからな。
 冬になって引いた風邪に、今気付く。だから治りも遅い。」


「・・・。」


巧みな比喩に対して、ぐうの音も出なかった。

ああ、馬鹿は夏風邪ってそういう意味だったのね。
雷雨とかの冷えた空気で風邪を引くとか、そんな意味かと思っていた。

・・・なるほど、確かに風邪に気付くのが遅れた俺は馬鹿かもしれない。

ああ、こんな事を考えないほうが良いのか。
知恵熱なんだから、頭を休めるべきなのに。


「お腹は減っているかい?」
「・・・すこし。」


ふと、ナズーリンがこんな事を切り出した。
はっきり言って、少しお腹が減ったかもしれない。


たとえ減ってなくても、食べなければ身体に毒だろうし。


「・・・なるほど。こんなこともあろうかと、お粥を作っておいたぞ。」

「絶対最初からわかってたよね・・・。」


ナズーリンは待ってましたとばかりに、
笑顔で自分の後ろから茶碗を引っ張り出してきた。

この通販の人みたいな良い笑顔がまた腹立つ。


「・・・自分で食べられるかい?」

ナズーリン、手。おてて。どけて。」

お前の手が俺の左手を押さえているせいで無理です。


そんな俺を無視して、彼女はれんげでお粥をすくった。
そして、俺の口元まで湯気の立つれんげを持って来てくれた。

彼女はそこで手を止め、思案顔になった。


「・・・いや、これでは熱いか・・・。」


そう言って、彼女は顔にれんげを近づけ口を軽く突き出して、
そのおかゆに二回、小さく呼気を送った。

自分の眉がぴくっと動いたのがわかった。



ふー、ふー、という音と一緒に、れんげの表面が軽く波立つ。


「・・・ほら、あーん。」


そして彼女は穏やかに微笑みながら、そのれんげを俺の口元に差し出した。


固まってしまった。

更に熱が上がってしまったようで、顔がこれでもかというほど熱かった。
そのれんげを目の前にして、石像のようになってしまった。


食べたいけど、食べられない。


この・・・葛藤というのだろうか。
頭の中でぐるぐると回って、身体が動かない。

冷や汗が出てきそうだった。


食べろよ。
何でこんなところで凍ってるんだよ。

男だろ、そのまま押し倒すくらいの勢いで行けよ!!
まじめな本に疲れたあと読んだ本の知識を無駄にするのか?


そう自分に言い聞かせるものの、身体はやはりただの棒になっていた。

視線だけは、ふわりと微笑む彼女の顔と、
既に湯気の収まったれんげを交互に見つめていた。


「・・・全く・・・君という奴は・・・ほら、もう冷めているぞ。」

・・・痺れを切らしたのか、ナズーリンが苦笑しながら切り出す。


「あわわっ・・・。」

我に返ると、慌てて目の前のれんげをくわえた。


まだ温かいおかゆが、少しの間口でとろけた後、喉を伝った。
思わず、ほうとため息を漏らしてしまった。



「・・・おいしい。」




ナズーリンは、屈託のない笑顔を浮かべた。








じっくりと時間をかけてお粥を食べ終わると、瞼が重くなってきた。
本能に忠実に、素直に寝ることにした。


濡れた布巾はひんやりとしてて、身体はぽかぽかと温かかった。


意識がなくなるのに、そう時間はかからなかった。






つづけ