東方幻想今日紀 百三十四話  本を書いて、知恵熱を出して

・・・。




「ねね、僕は里に行って芝居の公演が見たいな!」

「だーかーらー、そういう人が多い所は嫌いなの!!
 もっとさあ、静かな所へ行かない・・・?頼むよ・・・。」



ぼーっと起きて、ぼーっと広間で朝ごはんを食べているとき、
目の前で見せ付けられるリア充ワールド。

お前らイチャつくならよそでやれ。

・・・まあ、どうせ仲直りというかデートの相談なのだろうが。
それにしても道のやつ、困りながらもすごく嬉しそうだ。

あんな生き生きとした表情、見せるんだね・・・。


恋愛というものは、こうも人を変えてしまうものなんだろうか。


「・・・リアくん、ずっと箸が止まってるけど大丈夫?」

「えっ?」


思ったより近く、隣の隣ほどの距離から聞こえてきた声。
振り向くと、水色にも似た青い髪の少女がじっとこちらを見つめていた。

この子もオッドアイ
我が家にはオッドアイが増えましたとさ。


「あ、だいじょぶだいじょぶー!」

「いや・・・寝ぼけてるよね、リアくん・・・。」


ここに奇妙な横ステップと、どや顔と、
腕を大きく横に広げてパンパンやれば、子供達にさぞ人気が出ただろう。


・・・起きて広間に下りたとき、彼女は大仰に腕のことを心配してくれた。

心配してくれているのにこんな事を思うのはあれなのだけど、
みんな、反応が三者三様で、ちょっぴり面白かった。


腕を失うことって、改めて大変なことだと悟った。


右腕がないから歩くのに億劫だし、バランスも悪い。
両利きだから幸いなのだが、箸だって若干面倒くさい。


・・・これで、左が使えなかったと思うと、ぞっとする。


今は特にやることもなければ、外出する用事もない。




・・・こんな時、かねてから、やりたい事があったのだ。
ずっと前から、纏まった時間が取れたら取り組もうと思っていたこと。



・・・それは。













「入っていいよー。」


自室の戸を軽く叩く音がしたので、中から声を張った。

すっと引き戸が引かれたと思うと、
ネズミ耳尻尾の少女がお茶を二つほど持って入ってきた。


「おや・・・ずっと自室に篭りっきりと思ったら・・・
 珍しいな、しきりに何を書いているんだい?」

彼女はこちらを見つけると、不思議そうに尋ねた。

「・・・ん〜、ずっと前からさ、書きたいものがあってさ・・・。
 ほら、外来人で寺小屋の先生って、中々いないでしょ?」

「・・・ふむ。確かにそうだな。」

机の上には大量の原稿用紙と羽ペン。
書き上げた奴は畳の上。

・・・まるで、小説家みたいな印象だったと思う。


「だから、本を書こうと思ってさ。」


それだけ言うと、俺は原稿に目をやって、また羽ペンをしきりに動かした。


「・・・そうか。くれぐれも無茶はしないでくれよ。
 あと、お茶はここに置いておこう。冷める前に飲んでくれたまえ。」


ことり、と小さな机に湯飲みが置かれる音がした。


「・・・ん。今飲むよ。」

「ああ、そうか。そっちの方が良いかな。」


時計を見ると、もう夕方の六時ごろになっていた。


・・・朝からずっと、ぶっ通しで書いていたためか、何だかだるい気がする。
正直、視界もぼやけて手も痛くなってきたところだ。

休憩にはちょうど良いかもしれない。


・・・左手で湯飲みを持って、そのまま口に運ぼうとした。


「ちょっ・・・リアっ!?」


・・・湯飲みだけを傾けるつもりが、
どういう訳か、そのまま後ろに身体ごと倒れてしまった。



少し冷めていたのだろう、やけどはしない程度に、熱い。



・・・ただ、倒れたら倒れたで、天井が渦巻き始めた。

目の前で俺の身体を拭いているのであろう、ナズーリンの顔もぐるぐるし始めた。


・・・これはやばいやつだ。









「・・・この馬鹿者・・・。
 すごい熱じゃないか・・・。」


「はは・・・。」

彼女が濡れた原稿用紙だの、俺の濡れた服の手当てだの、
軽い火傷の処理をして、俺を布団に寝かせた。


・・・彼女の俺の額に冷たい手を当てての一言。


彼女の手が冷たいのではなく、俺の身体が熱かったようなのだ。
確かに布団が冷たいし、畳もなんとなくざらざらが強い気がした。


「ちょっと待っていてくれ。今濡らした布巾を持ってくる。」


彼女はそう言って、すっと立ち上がった。

・・・しかし、ナズーリンは、はたと足を止めた。




「・・・お、おい、どうしたんだい・・・?」

「え・・・?」


どうしてかは分からない。
ぼんやりとした意識だったから、自分で何をしていたのかも一瞬分からなかった。



俺の手は、彼女の窓の開いた、暗灰色のスカートの端をきゅっと握っていたのだ。



「・・・わわっ。」

事態を飲み込むと、自分でも笑ってしまいそうなくらい弱弱しい声を上げて、
彼女のスカートを掴む手を離した。


ただ離したつもりだったのに、手がボタっと畳に叩きつけられた。


・・・手に力がうまく入らない。
ぎゅっと握ることすら、ままならないのだ。



彼女はその様子を見ると、目を細めてくすっと笑った。


「ふふっ、全く・・・良い子で待ってるんだぞ?」

「はい・・・。」



・・・そんなやり取りをした後、彼女はさっと部屋を出た。





彼女が扉を閉めて一拍置いてからのこと。

引き戸の外から、ものすごい速さで階段を駆け下りる音がした。
忍び足なのだが、軽く床が軋む音が小刻みに聞こえてくる。



それを聞いて、薄れた意識で悟った。





・・・ああ、俺、無理してたんだな・・・。




うまく働かない頭でぐわんぐわん歪む天井を眺めながら、
どこかどこか遠くでそんな事を思った。



つづけ