東方幻想今日紀 百三十一話  償いは、生きること

「射命丸さんっ!後ろ!!」
「わかってます!!指図しないで!!」

あの化け物の素早い攻撃をかわしながら、息も絶え絶えに怒号を飛ばしあう。

もう、四人とも限界に来ていたのだ。


どのくらい戦っていたのだろう。
椛さん以外は、おおよそ酷い戦力差はない。

・・・俺に至っては、多分一番の火力がある。

右手で殴れば吹き飛ばせるし、手刀で腕だって斬れる。

今奴が狙っているのは、射命丸さん。
それを全員で防衛する形で、立ち回っている。



「どうすればっ、奴を倒せるんですか!」


こちらに化け物は照準を切り替えてきた。
腕を右に振ってくるので、それをかわしながら射命丸さんに向かって叫ぶ。


「私に聞かないで下さい!!今はスペルカードは持ち合わせてないし・・・」


うわっ・・・危な!
聞き入っていたら髪の毛を数束もってかれた・・・。


伸ばしきった腕に、手刀を叩き込む。
ギャーンと、奴は胸を張り裂くような叫びを上げる。



・・・どうせ、すぐに生えてくる。ものの数秒で再生してしまうのだ。

翼を切っても、首を切っても、腕を切っても、すぐに元通り。
心臓を射命丸さんが貫いても、すぐにふさがる。
こんなの・・・化け物のほかに、どんな呼び名があるんだろうか。


今度は下から上に、奴は銀色の脚を振り上げた。
それを掴んで、後ろにぶん投げる。


巨体は、弧を描いて地響きを立てる。

すぐに起き上がり、今度は猛然と丙さんに向かって行った。


エルシャさんが立ちはだかり、それを食い止めようとする。
彼女をすり抜けようとしたところを、射命丸さんと挟み撃ちにした。

奴の肩に、深い切れ込みが入った。


・・・しかし、奴はその腕を自分で引きちぎった。


「「!!?」」



そして、大きく跳んだかと思うとその腕を椛さんに向かって投げた。
椛さんは、悲痛に短くあえぎ、地面に叩きつけられた。

驚いて、一瞬でも見送った俺が馬鹿だった。


背中に激痛が走ったかと思うと、悪寒が走って、地面が目の前にあった。
時間差で、胃液が上がってくるような強い衝撃を全身で感じた。


視界の横には、うなだれた黒い翼があった。
山伏帽がその付近に落ちているのが見える。


重い身体を起こすと、上から何かが途轍もない速度で落ちてきた。


慌てて手を出すと、胸の辺りに、それは落ちてきた。
再びさっきの感覚に苛まれながら、その正体を確認した。


丙さんだった。


・・・さらにその向こう、見上げた先には、大きな両翼。





あの、機銃掃射にも似た、針がやってくるのだ。



怪物の右手には、ポンチョがぐっと握られていた。
握りこぶしの先には、苦しそうな表情の頭が乗っかっていた。
末端には、ぶらりと下がった脚。

エルシャさんは捕まったのだ。





笑えてきた。





体中が萎えて、使い物にならなくなっていたのだ。

もう、誰も抵抗しようなんて、思っていなかった。



ただ、目の前の大きな存在に打ちひしがれていた。






・・・ゆっくりと、まぶたを落とす。




もういい、よく頑張った。










まぶたに合わせて、目の前の化け物もゆっくりと下がっていく。
翼も折りたたまれて、下がっていった。






まぶたを閉じるのと同時だった。





何かが崩れ落ちるような、大きな音。




・・・え?






「・・・弱点は鳩尾か。よかった、一撃で決められて・・・。」

次に聞こえてきたものは、聞き覚えのあるそれだった。







何かに弾かれたように目を開くと、そこには彼がいた。

すらっとした無地ベージュの洋服。




凛としたオッドアイ



彼がやさしく抱きかかえている腕には、呆然としている黒髪の少女。



白昼夢のような光景だった。



でも・・・夢なんかじゃなかった。


だって。



皆が、重い体を起こして悠々と少女を抱えている、
そんな小さな勇者の姿を目の当たりにしていたのだから。



「やっとですね・・・。」
「ええ、全くです。本当に・・・強かったですねえ・・・ごほっ。」

「椛からしたら、強くも感じましょう。」
「・・・そろそろ怒りますよ?」


怪我の様子は色々。
後に引きずったものもいろいろ。


・・・ふと自分の右腕を見ると、元通りに、なくなっていた。
頭の後ろを触ってみても、結われた長い髪の束はなかった。



「終わったんだね・・・リア君。」

「・・・うん。」


でも、こうして、綻んだ顔で話し合えるってさ、素晴らしいことだと思うんだ。

あとみんな、
あたかも自分達が倒した前提で喋っているけど、倒したのは道だからな。


・・・とはいえ、道は救世主かというと、そうでもない。
単純に、沢山ある落とし前の一つを片付けたに過ぎない。



「・・・道、その・・・僕達を助けてくれたんだよな・・・。」

「まあ、その・・・結果的には。」


こんなに目が泳いでいて、顔が赤い彼は、初めて見た。
可愛げが、彼にもあったとはね・・・驚きというか、やはり新鮮だ。

復讐がもしも成功していたのなら、誰も笑っていなかっただろう。
道は、やっぱりすごい。

誰も殺さずに・・・復讐の行く着く先を彼女に教えたのだ。



ふっと、安堵のため息をついた。





「・・・皆さん、これを見て下さい・・・。」


その時、耳をかき撫でた、椛さんの震えた声。




振り返ると、強張った表情の彼女は、
さっきまで怪物が倒れていた地面を指差した。
そこにいたものは、あの怪物なんかではなかった。



見た瞬間に、思わず目を覆いたくなってしまった。
言葉が、出てこなかった。




そこには頭に風穴が開き、目の光を失った少年と、
数匹の銀色の蛾が落ちていた。




「・・・この子は・・・数日前、毒蛾に殺された子ですね・・・。」

射命丸さんが、誰にともなしにつぶやいた。




人間の勝手な都合で、水銀を吸わされ、中毒を起こして死んだ。
そんな使い捨ての兵器に仕立て上げられた、蛾たち。


やっと分かった。エルシャさんを狙わなかった理由が。


彼女に、慢性の水銀中毒で苦しみながら死んでもらいたかったのだろう。
そうやって同じように散った、仲間達のように。


・・・俺たちを執拗に狙っていたのは、露払いのためだったのだろう。





「・・・僕、なんてこと・・・」


・・・エルシャさんを見ると、この世の終わりのような顔をしていた。
唇は小刻みに振るえ、正気を失っているようにも見える。



「僕が・・・蛾毒から龍仙薬を作ったばっかりに・・・
 ・・・僕、いったいどうすればいいの・・・?」


頬を強く抑え、目を見開いたエルシャさん。



彼女の手は、剣の柄に行っていた。
そのまま、柄を引き抜こうとした、その時。




「・・・エルシャ。キミは生きなきゃ駄目だよ。」

その手の上に、やさしく手が覆いかぶさる。





「・・・僕は、生きていていい人間じゃない。お願いだ、放してくれ。」

「そんな人間はいない。生きるべくして、ボクらは生きているんだから。」


エルシャさんはきっ、と道を睨みつけた。
道は、首を振って静止を続ける。



・・・その時、真後ろに何か、気配を感じた。


「・・・罪を犯したのなら、償えばいい。
 死んで償うのは、責任放棄でもあるな。それは即ち、償ったとは言えない。」



大きな黒い翼。
金属質の肩当て、黒を基調とした軽装に袴。

凛々しい顔に、長い黒髪。



・・・威厳を感じさせるそれは、既に二人の少年少女の前に立っていた。



オッドアイの少年は顎が外れんばかりにぽかんと口を開けていた。
黒髪の少女は、大粒の涙を浮かべながら、呆然としていた。



「「・・・天魔さま!」」


椛さんと射命丸さんは、同時に声を上げた。
天魔と呼ばれたその凛々しい顔立ちの人は、ふと笑った。




「・・・さて、と。そこの男の子以外は、帰っても結構ですよ。
 お掃除を頑張りすぎたようなので、褒めてあげなければなりません。」





・・・オッドアイの少年の顔は、引きつっていた。








「帰ろ、リア君。みんな・・・きっと待ってるよっ。」

「・・・だと、いいね。」



丙さんは、ぱっと明るい笑顔を浮かべて、俺のぶら下がった右袖を引いた。



つづけ