東方幻想今日紀 百話記念番外編 強盗をする行事じゃないからね

寒風が吹き荒ぶ季節、風も冷たくなってきた。

幻想郷の秋はどんどん深まってきた。




・・・よし、そろそろだ・・・








「・・・リア。どうしてこんなにかぼちゃを買ったんだい?」


木枯らしが足の間を抜けるお昼ごろ。
市場から命蓮寺への帰り道。


眉根を寄せつつ、ネズミ耳の少女が手に提げた大きな袋を持ちながら言う。
袋の中身はごろごろしていて、非常に大きい。

中身は大きめのかぼちゃが六つほど。


一方の俺の手には、大量のろうそくと小かぼちゃを入った袋。
もちろん、くりぬいてジャックランタンにするつもりだ。


俺は足を止めて彼女に向き直り、飛び切りの笑顔を振りまいた。


「ひ・み・つ。」





「・・・そういえば、近くに川があったな・・・。」


「ごめんなさい説明します捨てないでっ!!
 せっかく給料はたいて買ったかぼちゃなんだからっ!」



・・・まったく、ユーモアをわきまえないネズミだ。
いきなり仏頂面でかぼちゃを取り出して振りかぶるんだもの。恐ろしい。



「・・・で、どういうつもりなんだこれは?」

「命蓮寺に戻ったら、皆の前で説明するから待ってて!」



「ふうん・・・。」

ナズーリンは指を軽く口元にあてて、疑念の表情を浮かべた。




命蓮寺まで、あと少し。
もうちょっとで、面白いことができる・・・。











「おかえりなさい、ナズーリンとリアさん。
 突然出掛けたと思ったら・・・二人でどこ行ったんですか?」


命蓮寺に戻ると、寅丸さんが出迎えてくれた。


・・・寅丸さんはあいさつをすると、すぐに俺達の手元に目をやった。


「あっ。」


俺がどさっと少々乱暴に袋を降ろすと、小さいかぼちゃが二つほどこぼれた。



「・・・リアさん、その大量のかぼちゃは・・・?」

寅丸さんがかぼちゃを拾い上げ、それをまじまじと見ながらの一言。

・・・まあ、そりゃそうだよね。
いきなり狂ったように何十個もかぼちゃを買ってくるなんて、
何かあるのかと思っても仕方ない。

もちろん、何かある。


俺は得意気になって、指を一本ピンと立てた。


「・・・それは広間についてからのお楽し・・・」

「リア君おかえりっ!!あっ、今日はかぼちゃ料理だねっ?」


話を遮るように、廊下の向こうから
どたどたと音を立てて小傘が走り寄って来た。
目を輝かせてかぼちゃを眺める彼女は、子供みたいだった。


「・・・んーん。もっと、いい事をしようと思ってね・・・。
 きっと、小傘が一番楽しめると思うんだけど・・・。」


・・・そう、今日の主役は、小傘かもしれない。
人を驚かす楽しみ。

彼女が、一番よくわかってる・・・のかな。
めちゃくちゃ失敗してそうだけど・・・。



「本当!?わー・・・楽しみだな・・・!
 ねえねえ、何をするの?教えて教えて!!」


小傘が今にも身を乗り出さんばかりの勢いで食らい付いてたずねる。
・・・元気だなあ。こんなに寒いというのに。

これだけエネルギッシュなら、大丈夫だろうな。


しかし、それにしても皆かぼちゃの用途に興味津々だな。
さすがに、これ以上説明するのは面倒だ。


「んー・・・今は教えられないかな。
 広間にこれから集まってもらうから、その時・・・」


騒ぎを聞きつけたのだろうか。
近くのふすまが開いて、セーラー服の少女が顔をのぞかせ、こちらに寄って来た。

・・・まさか。


「おーっ、ずいぶん面白そうなことやってるじゃん!!
 ねね、このかぼちゃを何に使うの・・・」


「・・・ええい!お前ら他に何かいう事は無いのか!
 もういっその事ここで話したろうか!!手間が省ける!!」


勢い余って玄関前で叫んでしまった。
・・・そろそろ限界だったのだ。


「えっ・・・急にどうしたのリア君?」

驚いたのか、ムラサさんが目をぱちくりとさせた。



「落ち着くんだ、馬鹿か君は。
 間が悪かっただけで、皆に悪意は無いぞ。」

「・・・そ、そうだよね・・・。」


冷静になだめるナズーリン
確かに、考えてみると、皆は別にしつこく訊いているわけじゃない。


「・・・それよりも、皆、広間に移動してくれ。
 リアが積もる話があるそうだ。」


・・・そこまでの話じゃないけど・・・まあいいか。


ナズーリンがそう言うと、皆広間の方に思い思いに向かった。







「・・・ここを出て行きたい・・・とかじゃないですよね・・・?」


不意に小声のそんな言葉が、耳に入ってきた。


見てろよ。きっとがっかりするからな。
そんな大仰な話じゃないんだってば。







広間に、ちゃぶ台を囲んで皆が座る。

気持ち悪いほどの張り詰めた空気。
皆が、いっせいに俺を見つめる。


・・・誰だよ。こんなに話しづらくしたのは。



・・・軽く深呼吸して、出来るだけソフトなノリで話そう。



「・・・実は、かつて俺が過ごしてた世界にはハロウィンって行事がありました。
 その行事は、仮装して『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』って言って、
 お菓子をもらって家々を回る行事なのですっ!!どうですみなさん!」


「「・・・?」」


やばい。アウェーだった。
誰一人、ピンと来ていない様子でした。


・・・仕方ない、かいつまんで説明しよう。

俺はそばに作っておいた黒い魔女帽をかぶり、一緒に作ったモノクルをかけた。



「・・・要するにだ、俺達の住んでいた現代では、
 こうやって魔女の格好をして、家を訪ねるとお菓子がもらえたんだ!
 そのときに、『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』って言ってね!」


そこまで説明すると、ぬえと丙さんがぽんと手を叩いた。
・・・よかった。分かってもらえた。

特にぬえにはとっつきやすいのだろうか?


「・・・なるほど、それは面白そうだな。
 要するに、奪い尽くせばいいのか?」

顔をほころばせて言うぬえは、楽しそうだった。



「・・・あたりかはずれかで言うのなら、死んでる。」

「その言い回し、喧嘩売ってるよな・・・?」


ぬえがぴくっと眉を吊り上げる。
俺は軽く目をそらした。怖い。



「・・・あれでしょ?甘蜜をくれなきゃ、やらしいことを・・・」
「ちょっと黙っててくれませんかね。」


丙さんはもっての他だった。
というか、トリックオアトリックだった。


ああ。やっぱり平和的に驚かすって文化は幻想郷に無いのだろうか。
確かに現代でそれをしたら、警察のご厄介になってしまうだろう。

・・・こうなったら、後で俺が見本を見せるしかないみたいだ。


「・・・まあ皆さん、とにかく前もって俺が作った衣装に着替えて下さい!
 ここに、全員分用意してありますから!」


・・・そう言った後、すかさず移動式のたんすを引っ張ってきた。


若干一名以外、全員唖然としていた。
用意が良すぎるからだろうか。


俺はクローゼットから一着一着、困惑する一同に手渡した。


「・・・君が最近自室にこもって何かをやってると思ったら
 まさかこの為だったとは・・・びっくりだよ・・・。」


ナズーリンが腕組みをしながら、感心したように言う。


「・・・わあ・・・すごい本格的!!
 この真っ黒の羽とか・・・すごく作りこんであるね!!」


ムラサさんが、手渡した堕天使の服装を見て感嘆の声を上げた。


「・・・おお、お前にしては・・・よく頑張ったんじゃないか?
 それにしても意外だな、なかなかかっこいい・・・。」


ぬえが包帯と一体化したキャスケットと、
羽飾りをあしらった鍵裂きの衣装をかわるがわる見て、ため息を漏らした。


・・・ニヤニヤがとまらなかった。
こうやって意外なことして褒められるのは、かなり気分がいいな・・・。



「・・・リア。ところで・・・私の衣装は?」


自分以外全員に衣装が行き渡ったのを確認してから、
疑問符を浮かべながらナズーリンが尋ねる。


「・・・ナズーリンは、特に仮装はいらないでしょ?」


ナズーリンはくすっと笑った。
俺も、釣られて口角を上げて微笑んだ。



軽い冗談のつもりだった。



・・・だからといって、ストマックブローからのアッパーはやめてほしかった。






「・・・ほら・・・これ・・・。」

「おお、これはなかなか・・・」



息も絶え絶えにナズーリンサキュバスの衣装をあげた。

サキュバスといっても露出は無く、機械風のメタリックな真紅の翼
紅いラインの入ったダークグレーのタイツ系の衣装の上に、
黒い楔形の立体文様をつけたものだった。

漆黒の角は彼女のネズミ耳をホールドして、前後に四本角になるようにした。



「・・・君にこんな技術があるとは思わなかったな・・・
 これ・・・全部君一人でやったのだろう?」


ナズーリンが驚嘆とも歓声とも付かぬ息を吐く。



「いや、聖さんとの共同作品だよ。」

「そうか。聖の作品だったのか。」


ひでえ。あんまりだと思う。
イデアは全部俺なのに。


「・・・あー、なるほどな。聖なら仕方ない。」

「やはり聖でしたか・・・そんな予感がしてました。」


もうみんな嫌いだ。泣いちゃうぞ。
どうしてこんなに俺は信用が無いんだよ・・・。



・・・それにしても、寅丸さんに鬼のチョイスは間違ってなかったと思う。
小さな飾り角と、あの衣装はかなりきれいにマッチする。

金棒をもった彼女は、かなり荘厳だった。
見た者は菓子だろうが、米だろうが、金だろうが全部差し出す気がする。


「・・・正に、鬼に金棒ですね!」

「あー、ご主人、その棒でぶったたいても構わないぞ。」

ナズーリンが氷の眼差しで言い放つ。


「・・・やだなあ、冗談にきまってるじゃないですか!」


こんなところで殺されたらたまったもんじゃない。
早く、お手本を見せに外に飛び出そう。







「・・・というわけで、今からこの家に押し入ってお手本を見せます!」



事情を全て説明して、実際に外に出てお手本を見せる。
ここまでするのに、かなりの時間がかかった。


日もだいぶ傾いており、寒くなってきている。
せいぜい、数軒が限界だろう。



・・・ターゲットは命蓮寺から徒歩三分のご近所さん。
ここの人はきっと、寺子屋に通っている途中の姿を良く見かけているはずだ。



・・・それにしても、ずらりと並ぶ仮装軍団。
これはかなり異質な光景だ。

あと、俺のセンスのせいなのか、半数は翼持ち。
ええ、中二病ですいませんね。


・・・ふくれていないで、さっさとお手本を見せよう。



俺はそっと扉に近寄り、呼び鈴を鳴らした。


少しの間を置いて、中から若いお兄さんが出てきた。

こちらの姿を見ると、すこしぎょっとした様子だった。
黒ずくめに、魔女帽、モノクル




・・・冷静に考えてみれば、不審者だったろうな。


そんなこと、思いもせず、笑顔で大声で叫んだ。


「お菓子をくれなきゃ、いたずらす・・・」

喋っている途中、バムッって音を響かせて、ドアを思い切り閉められた。



「・・・。」



ゆっくり後ろを振り返ると、みんなは気まずそうに目をそらした。

泣きそうだった。




・・・もう一度呼び鈴を鳴らした。


さっきのお兄さんが、恐る恐る扉を開けて、隙間からのぞいた。
ペコペコして開けてもらった。



「・・・すいません、怪しいものじゃないんです。命蓮寺の者です。
 実は今、新しいお祭りを広めようとしていて・・・。」


「はあ・・・。」


「・・・で、こんな掛け声をして、お菓子をもらって歩くという
 行事なのですが・・・。これが初めての試みですので・・・。」


「最初は何かと思いましたよ・・・殺されると思いました・・・。
 えっと・・・お菓子はありませんが・・・何をしたら良いんですか?」


「ごめんなさい・・・そうですね・・・
 ・・・お菓子が無いならお米とかでもいいですかね?」


「えっと・・・ちょっとお米は高くて、今家にありません・・・
 干し草と薪ならありますけど・・・。」


「じゃあ、それをください・・・。」


「・・・あ、ちょっと待っててくださいね・・・。」




お兄さんは、今度はゆっくりと扉を閉めた。




・・・後ろを振り返ると、みんなは目をそらした。

既に俺は涙目だった。




しばらくすると、扉がまた開かれて、さっきのお兄さんが頭を下げた。

「すみません・・・持ち出そうとしたら女房に怒られてしまって・・・
 ごめんなさい、また別の日に来てくれませんかね・・・」

「あ・・・はい、今日限りなんですけど・・・ごめんなさい。」

「・・・すみません・・・うちは貧乏でして・・・
 毎日の食にも困っているんです・・・今日はちょっと・・・。」


「あ、すみません、そんなつもりじゃ・・・
 ありがとうございました。今度、何かおすそ分けしますね。」


「ありがとうございます・・・いいんですか?」


「いえいえ、助け合いは大切ですから。」




・・・こんなやり取りをして、一軒目、終了。




後ろを振り返ると、三、四人減っていた。

ちょっと泣けた。


 

「・・・えっと・・・これが、はろうぃん?」

「・・・うん。」


持ち場に戻ると、くりぬいたかぼちゃの冠に赤いマントの小傘が、
いつもの明るさを失っている。残念さが半端なかった。



「・・・まだ・・・続ける?」

「・・・・・・ううん。」





こうして、俺達は命蓮寺に戻ることにした。





帰りに小傘が、来年はいっしょに頑張ろうねって言ってくれた。

・・・ちょっぴり胸の奥に熱いものを感じた。
















「・・・お帰り、どうだった!?」


命蓮寺に帰ると、割烹着の丙さんが出迎えてくれた。

・・・そう、彼女はかぼちゃをくりぬいて中にろうそくを入れる
ジャックランタンを、寺に残って聖さんとせっせと作っていたのだ。



「・・・あー、うん。まあ・・・よかったよ。」

「あははっ、そっかあ。」


重い空気を察したのか、丙さんは明るく笑い飛ばした。

・・・こんなさりげない優しさが、今は身にしみた。



「・・・それよりも二人とも、かぼちゃ鍋出来上がってるよ!
 早く広間に行って食べよう?みんな、心待ちにしてるよ!」


華々しい笑顔で、丙さんが広間の引き戸を手のひらで指した。



・・・そういえば、ランタンにしてもかぼちゃは余るよね。
ハロウィンってのは・・・そういうものでもあるかもしれないし。


・・・胸が締め付けられるようだった。




広間の引き戸を開けると、いつものちゃぶ台ではなく、
皆がこたつを囲んでいた。その中央には、大きな黄色い具沢山の鍋。



・・・そっか。もうこたつの季節なのか・・・。



「・・・お帰りっ!!お先に食べてるよー!
 さっ、二人とも、座って座って!」


ぼんやりとしているとムラサさんが、笑顔で手招きした。
言われるがまま、二人でこたつの空いたところに足をもぐりこませる。



身体の下から上に、熱がしんと伝わってきた。

足と足が軽く触れて、その感触がちょっぴりくすぐったかった。






・・・俺は軽く目元をぬぐってから、
よそってもらったとろりと黄色いかぼちゃ鍋を、れんげですすった。



のどを撫でるような、ふわりとしたあたたかさを感じた。









・・・今日は、いい日だった。














番外編 終