東方幻想今日紀 百二十六話  雪辱の月。

陰る満月の下。
二人の少女は、激しく刀と拳を交えていた。



一方は必死の形相で刀を激しく振り抜き、怒涛の如く攻めていた。

もう一方は憂悶の表情でその刀を腕で無言で受け流す。



誰がどう見ても、丙さんが押している。
・・・いや、もっというと、戦いになっていない。

丙さんの方は、半ば戦意を喪失しているように見える。






「・・・道。お前はただ見ているだけでいいのか・・・?
 あのエルシャって子の協力者なんだろ・・・?」

「・・・ボクのやるべき事はやった。
 あとは、なりゆきを見守るだけでいい。てこ入れは要らない。」


そんな事を彼に尋ねると、思いもしない言葉が返ってきた。
まるで、勝てる確信でもあるかのような口ぶり。

・・・いや、もしかしたら別の目的があるのかもしれない。



「・・・それよりも、ずっと気になってたんだけどさ・・・」


ふと、色違いの両目の視線が俺の肩に向く。


「・・・あ、これは・・・。」

考えてみれば当然だ。
数日振りに会ったら腕が消えてたなんて、気にしないはずが無い。


久々にあった人の長すぎる髪が一部消えてればさっぱりしたね、とか言う。
でも、腕がばっさりなくなってたらそんな暢気ではいられない。


「・・・誰がそれ、やったの?」

怪訝そうな表情で、道が尋ねる。


「・・・聞いて、どうするつもり?」

「殺そうかな、そいつ・・・。」


なんとなく分かるが、多分冗談だろう。
・・・椛さんが落ち着き無くこちらをちらちら見てるのが気になるが。


「ありがと。その必要は無いけどね。」


「・・・ふん。」


俺が少しだけ顔をほころばせてそう言うと、道は軽く鼻を鳴らした。
・・・たぶん、多分だけど、心配してくれている。




・・・この異変を通して少しずつ、道のことが分かってきた。

彼は、素直じゃない。

良識的だけど、本当に素直じゃない。
そして、多重人格だ。一人称も口調もころころ変わる。



・・・でも、性根は一緒。



今は敵だけど、完全に敵になりきれていない。
もしかしたら、ころころ変わる口調は自分の本性を隠す隠れ蓑なのかもしれない。



「・・・いいから見てろよ。
 俺が、何をしたかったかその内分かるはずだから。」


「・・・うん。」




・・・ふと、正面に視界を戻す。




二人の少女は、未だ均衡を保っていた。
お互い、傷らしきものが見えない。


・・・ただ、黒髪の少女の顔は、どんどん憎しみに引きつってきた。

・・・何かにとり憑かれたように、一心不乱に刀を振っていた。



「はあっ・・・はあっ・・・刀を抜けっ!!
 僕と刀を交えて・・・ここで死んでもらう!!」


・・・少女が憎しみに歪んだ顔でまくし立てる。
斬撃に、尚も力がこもっていたように見える。





「・・・嫌だよ。」




・・・初めて、丙さんが一言だけ発した。

深い深い憂き顔での言葉だった。



「・・・なるほど、戦意を喪失させてから徹底的に僕をなぶり殺す気か・・・?
 そんなこと・・・絶対にならない事を僕が証明してやるよっ・・・。」



それだけ言うと、黒髪の少女は頭の羽飾りを外して天に投げ、
剣を空高く振り上げた。

薄紫の羽飾りは空中で粉になり、剣を包んだ。


・・・少女の手には、洋風の両刃の剣から、
柄に羽飾りが大量についた針状の武器が握られていた。


「・・・!」


丙さんは、わずかに動揺した。
その一瞬目掛けて、黒髪の少女は間合いを詰めて、剣を振り抜いた。



次の瞬間には、鋭い金属音が響き、丙さんの手には真紅の刀が握られていた。


丙さんの頭に、帽子はもう無かった。
そこには血塗られた一角が、灰みのペールピンクの髪の上に屹立していた。


黒髪の少女は、眉をきっと吊り上げた。



「・・・やっぱり龍っていうのは、化け物だね・・・
 生かしておけない。兄さん・・・絶対に・・・仇を獲るから・・・!」




・・・少女はそれだけ言って獅子奮迅の如く、猛攻を仕掛けた。

丙さんは刀を使って、その斬撃を素早く弾いていた。





響く金属の音が、静かな黒い草原の上にこだまする。





「・・・ボクの力を、半分彼女にあげた。
 エルシャは・・・どんなに頑張っても、人間だからね・・・。」


道が横で、独り言ともため息ともつかぬ風に呟く。
俺は、その声を遠くなるような気持ちで聞いていた。




・・・どうして、あのエルシャっていう子は、
丙さんをそんなに憎んでいるのだろうか。


兄さんの仇。
汚らわしい龍。
化け物。
生かしておけない。
徹底的になぶり殺すつもりか。


・・・彼女の言葉の端から端まで、丙さんに対する憎悪が感じ取れる。



彼女にとって、丙さんは理解できない化け物であり、兄を殺した敵だ。

俺にとって、丙さんは明朗快活で芯の通った、あたたかな女の子だ。



・・・この違いは、どこから来るのだろうか。





「・・・僕たちをよくもコケにしてくれたなっ!!
 よくもっ・・・僕の大切な兄を奪ってくれたなっ・・・!!」


「・・・。」



丙さんは、額に小さな汗を浮かべながら、少女の攻撃をひたすら流していた。
激化する攻撃を全ていなしながら、何かに切迫されていた。



「・・・あの時、僕がどれだけ悲しかったか・・・!!
 兄を失って・・・どれだけ辛い目を見たか・・・っ!!
 お前なんかに、わかるわけが無いんだっ・・・!!」


「・・・。」



・・・黒髪の少女の目には、大粒の涙が浮かんでいた。
少女の声は、既に枯れていた。

出ないはずの声を、必死に発していた。










「あの日僕の前から・・・大好きな兄が消えたんだッ!!!」









「・・・っ!?」







・・・喉を絞り詰めるような叫びと一緒に、細い針は少女の身体を貫通した。













叫んでも、聞こえないことは分かっていた。

でも、叫ばずには、到底いられなかった。





気が付くと、俺は立ち上がって声を振り絞っていた。









紅角の少女は、ゆっくりと力なく膝を突いた。




つづけ