東方幻想今日紀 百二十五話  仇討の月。

陰った満月の下、焦土になった山の上。
道についていき、言われた場所で、俺と椛さんは腰を下ろした。


道いわく、彼女達には見えないようになっている・・・らしい。
あと、余計な抵抗をしたらコチョコチョした後ぶすり。とのこと。怖い。


腰を下ろしてから、前を向く。
・・・なるほど、向き合う二人の影がくっきりと見える。


月に照らされた影は二つ。
赤帽の少女と、腰に刀を差した見慣れない衣装の少女。

ワイシャツの上に羽織った、ひらひらとしたポンチョにも似た丈のケープ。
頭と肩には薄紫の飾り羽。髪は、きっと黒かそれに近い濃い色だろう。


・・・道が言うには、丙さんはちょうど今たどり着いたところらしい。





・・・もし俺の見立てが正しいのなら・・・彼女はこの後殺されるだろう。
でも、今の俺は何も出来ない。


・・・ああ、どうして俺は単騎で乗り込んできたのだろう。


目的は、たどり着くことじゃない。
彼女を連れ戻してくることだったはずなのに。

どこかで、彼女は厄介事に巻き込まれていないという、
そんな妙な確信があったのだろうか。

・・・いや、確信ではなく、この場合は錯覚だろう。


そんな事を思いながら、二つの止まっている影を正面に置いていた。



片方が、口を小さく開けた。
そして、腰の刀を軽く直した。




「・・・さて・・・と。
 僕が何者なのか、どうしてお前がここにいるのか。
 そんなのは、狡猾な龍様様なら、すぐに分かると思う。」


・・・黒髪の少女が、そんな刺々しい皮肉を切り出す。

丙さんは、表情を押し殺したまま、眉根一つ動かさない。



そして、黒髪の少女が、持っている洋風の剣を丙さんの目の前に突き出した。


「・・・安心しろ。このエルシャが。僕の兄を奪った罪をここで清めてやる。
 僕達の国を転覆させた、首謀者としても・・・な。」



黒髪の少女が、目を吊り上げながら、尚も語勢を強める。
・・・だが、言っている意味が分からない。


国を転覆?兄を奪った罪?



「・・・道。どういうこと?」

俺は横でひざをぺたんとついているオッドアイの少年に話しかけた。


「・・・略して?」

「どう・・・いうこと?って違う!!ふざけてる場合か!」


少年は、ふふっ、と笑い出した。


「・・・何一人で息巻いてんだよ。勘違いするなよ?
 お前がこの状況で何が出来るんだよ。」

「ぐっ・・・」


・・・言われてみれば、なるほどその通りだ。
俺に何が出来るだろうか。

いや・・・何も出来はしない。


こうして犬みたいに、行動、生死すら横の少年の思うがまま。
一方で、命の危険がある丙さんを助けることも出来ない。


・・・ああ、無力だな・・・



歯軋りをする気すら起こらない。



目の前で口を一文字に結んで、腕を構える丙さんを見ていることしか出来ない。


「・・・丸腰か。何を企んでいるんだ。
 舐められたものだな、僕たち人間も・・・。」


黒髪の少女が、嘲笑を浮かべながら、刀を高く構えた。




「・・・まあ、ボクも彼女から聞いた話なんだけど、
 どうやら目の前の丙子って奴が、下賤で冷酷な種族である龍なんだって。
 事あるごとに、自国に侵入しては略奪をする厄介な連中だったらしい。」


自分の無力に落胆していると、不意に道がすらすらと、早口で喋りだした。


・・・下賤?冷酷?

聞こえてきた彼女を指す言葉はどちらも、丙さんには無縁な言葉のように思えた。
もやもやを頭に抱えながら、道の次の言葉を待った。


「そして、彼女の兄が王国を継ぐ王様兼、総隊長の息子でさ・・・
 で、ある時彼が敵国の近く、国境付近に採取に行った時だ。
 彼はその丙子にそそのかされ、洗脳され、国外逃亡を企てさせたらしい。
 捕まえても、脱獄までさせたそうだ。恐ろしい話だと思うね。」


俺の焦点は、ずっと道の口許にあった。
・・・何かの間違いだ。


丙さんは・・・そんな奴じゃない。


「・・・で、結局彼はやむをえず、処刑されてしまったそうだ。
 大切な兄を失った彼女は激昂したんだって。
 しかも、その後国は後継者争いで衰退してしまったそうだ。
 だから・・・国と、兄の仇だと言ってるんだよ。」


道が視線を流しながら、話を終えた。

・・・こんなの、信じられるか。



「・・・多分、丙さんは誤解されてる。」

「・・・ほんと、キミはボクを信用していないんだね。
 あーあーあ、人の話を聞いたボクが言うのも何なんだけどさ・・・」


俺が真顔でつぶやくと、けだるそうに道は手足を投げ出した。



「・・・お前、自分の見える世界が全てだと思ってるだろ?」

「・・・!?」




・・・胸を刺し貫いた、針のような言葉。





「大した根拠もなく、人の話を否定する・・・?
 そんなので何が教師だ、笑わせてくれるよねっ・・・。」

「っ・・・。」


とうとうと言い放つオッドアイの少年。


・・・あまりにも、胸が苦しくて、声が出なかった。
全て、図星だった。




「誰が、どんな物を見て、どういう生き方をして、その内の何を話すか。
 ・・・そんなの、全部他人次第なのにさ・・・分かった気になるなよ。
 誰がどんな過去を背負っているのか・・・わからないのに・・・。」



悪寒にも似た、身体の震えを感じた。
自己嫌悪だった。


・・・彼の言葉の終わり際は、声が震えていた。





「・・・じゃあ、丙子とやらが、弁明もせずに・・・
 エルシャと戦っているのは、どうしてだと思うのだっ・・・?
 彼女の言がでたらめなら、弁明の一つや二つはするだろ?
 ・・・ボクなら、きっとそうする。」


「・・・。」


それを言われてしまうと、本当に返す言葉が無い。

今丙さんは、黒髪の少女の斬撃を手や袖、足技でひたすらいなしている。
全て、刀を受け流すようにして。



「・・・刀を取れっ!僕を舐めているのかっ!!
 汚らわしい龍なんかのくせにっ・・・!僕をっ・・・!!
 それとも何か策でもあるのかっ・・・?」


黒髪の少女は、眉間にしわを寄せて、
必死の形相で彼女めがけて、虚空を振っていた。



丙さんのあの沈黙は、いったい何なのだろうか・・・。








「・・・嫌な予感がします・・・。」


・・・ふと、固まった表情で横に座っている椛さんがそんな事を口走った。






月は、薄い雲に陰っていた。



つづけ