東方幻想今日紀 百二十四話  若きパイロット、ご臨終する

「・・・椛さん。」

「どうしたんですか?」


彼女に肩を貸してもらって妖怪の山を移動することしばし。
喉の調子も少しずつ、回復してきた。

昨日の敵は今日の友とはよく言ったものだ。
既に彼女には、感謝の念を感じている。


もしも、追い返すだけなら腕を切り飛ばさなくてもいいだろう。
脳の一部を壊す必要なんて無いだろう。

・・・でも、それは追い返す場合。


俺は、「頂上に行きたかった」のだ。

この状態なら、他の天狗に出くわしても安心だろう。
満足に動けない奴が、脅威になるとも思えないし。


・・・それにしてもこんなにも早く、憎しみが消えるとは思わなかった。
しかし、憎んだところで、逆恨みだろう。


最後の警告を無視したのだから、何をされても文句は言えなかった。


・・・でも、彼女はその中で最良の手段をとってくれた。
だから、俺はあの時それに気付いて泣いてしまったのだ。





辺りは既に真っ暗で、虫の声も聞こえない。



・・・右腕があったところが疼いて痛いのは、我慢するしかない。


・・・それとは別に、気になることがあった。


「・・・どうして、誰にも出会わないのですか?」

「そうですね・・・皆さん、頂上の方に事を当たったのでしょうかね。
 さっき、大規模な山火事が数箇所で確認されたそうですから。」


・・・え?数箇所?


落雷は確か一回だったはずだけど・・・。
まさか、細かく枝分かれした・・・とか?

・・・思ったよりも、事態は深刻だったようだ。


「・・・で、私達はこれを機に侵入者が入ってきたら
 直ちに殺せとの命を受けたのですが・・・。私には、無理でした。
 おまけに侵入者を頂上まで案内する始末・・・。」


こめかみに手を当て、苦笑いでそんな事を言う椛さん。
そのぼんやりとした目つきに、心を握り締められた。


「・・・ふふっ・・・駄目ですね、私は・・・。」
「そんなこと無いですよっ!!椛さんはいい人ですよ!」


「えっ・・・?」


勢いで、こんな事を反射にも近い間で言ってしまった。
目をぱちくりさせて、こちらに向き直る椛さん。

・・・体勢が体勢なのだから、顔が近い。

・・・俺はそれだけ言って、磁石みたいに顔を背けた。


我ながら、変だった。


冷静に、客観的に考えてみると、いよいよこっけいだった。
さっきまで敵で、俺の腕を斬り飛ばし、脳を破壊した奴。


そんな奴を、心の底から信頼できて、心から好ましく思えて。


「・・・あなたは、おかしな人ですね。
 ありがとうございます・・・。」



・・・横目で見ると、椛さんは目を細めていた。


正視できなかったけど、軽く頷いておいた。










「・・・ところで、いつまでに頂上に着けばいいのですか?」

ふいに足を止めて、椛さんが尋ねてきた。



・・・そうだな・・・。

「あと数刻かかるとまずいですね・・・。」


およそ二、三時間。
恐らく、これを過ぎると深夜に差し掛かってしまう。

・・・丙さんは命を狙われているのだ。

恐らく、思い立ったように妖怪の山へ行った理由は・・・
脅迫、もしくは罠とみて間違いないだろう。



・・・そして、突然の山頂への雷、山火事・・・。


あーあ、きな臭いなー・・・。
こんなもの、いかにも嵌めてやろうという感じじゃないか。


俺が薄ら笑いを浮かべていた、そのときだった。


「・・・じゃあ、飛びますよ。しっかりつかまってて下さい。」

「・・・へ?・・・うえっ・・・!?」


・・・彼女はそれを聞いた瞬間、俺を軽く上へ持ち上げ、おんぶの体勢にした。
頭が揺さぶられて、猛烈に気持ち悪かった。


・・・でも、それも一瞬。


「ちょっ、ちょっ・・・ああぁあぁあああああああ」


次の瞬間には、高く高く上に跳んで、間髪入れずに真横に飛んだ。
思い切り下に引っ張られ、後ろに引っ張られ、不安定な頭の中がかき回された。


・・・一言で言うのは難しいが、死ぬかと思った。






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「・・・あのー、大丈夫ですかっ?」

「うんっ・・・わかっ・・・ちょっ・・・やめっ・・・」
 

どのくらい風を顔に受けてしんどい時間を過ごしただろうか。
それは分からないが、地面に急に下ろされた。



ここまでの経緯。


急上昇!急発進!急停止!急降下!


そしてまた、気絶寸前のところを、がくがく揺さぶられる。




ああ・・・妖怪の山。

侵入者に対しては、こんな仕打ちが待ってるのね・・・




「着きましたよっ!?しっかりして下さい・・・!」

椛さんは、俺を殺す気なのだろう。
今、俺の頭の状態を考慮してほしい時なんだけどなあ。


「あうっ・・・やめてくだっ・・・ひうっ・・・おいやめろ。」

「うひゃっ!?」


椛さんは拘束を解いて、慌てて手を離した。

そしたら頭を強打した。地獄だ。


うひゃっ、じゃねえよ。
何でここで恩人に殺されなきゃいけないんだよ・・・。


「・・・ちょっと、休ませて下さい・・・。」

「あ・・・はい・・・。」



椛さんはしゅんとなった。
もしかして、彼女は力加減を知らない頑張り屋なのではないのだろうか。



・・・。



・・・休むこと、数分ほど。
どういった訳か気分もよくなり、身体を起こせる程になってきた。







・・・身体を起こして、真っ先に視界に入った物。



「・・・。」




声が出なかった。



辺り一面の・・・焦土。
生きているものは、何もなさそうな。


・・・月に照らされた黒色の草原が、そこに広がっていた。



「・・・一応、この辺りが頂上付近の・・・はずですが・・・
 私は今まで一度も来た事が無いので・・・」

険しい顔立ちになりながら、顎に手を当てる椛さん。



・・・妖怪の山は、こんな殺伐とした、文字通りの廃地だろうか。

いや、そんなはずが無い。



山火事が燃え広がったのだろうか?

・・・いや、燃え広がる前に河童が最新鋭の道具を使って、
ここまで広がる前に消し止めたり出来るだろう。


・・・ここを統括する人は?
幻想郷のパワーバランスの一角は?



「・・・わからない・・・。」


こんなの、おかしすぎる。
幻覚を見ているのなら、全て納得がいく。

そう信じたかった。


・・・でも、目の前の光景は生々しくて。

焦げ付く草木の匂いは鮮明で。




「これを、幻覚と思う方が無理だ・・・。」




そうぼやいた次の瞬間。


・・・首元にひやりとした硬い感触を感じた。

・・・見ると、首元には番傘。



「・・・その通りだよ先生っ。すごいでしょ。」
「・・・!?」



聞き覚えのあるこの声。
間違いなかった。


間違いであってほしかった。



「・・・道か・・・。」



・・・奥歯が、ぎりりと嫌な音を立てた。
視界に映るは、あのオッドアイの少年。




「おっしいね・・・幻覚ってとこまではあってるんだよ!!
 ボクがね、天魔の留守を狙って妖怪の山の妖怪に幻覚をねっ・・・」

はつらつとした笑顔で少年がまくし立てているその時。






スラッという音を立てて、
白刃の半身が、少年の白い細い首元に当てられた。


「・・・ん。」


「・・・そこまでです、侵入者。
 これをやったのは、あなたなのですか・・・?」


オッドアイの少年は、片目を閉じて軽く舌を出した。


「・・・邪魔、しないでくれるかなあ?
 ボク達には、やることがあるんだからさ・・・。」


椛さんは気圧されて、言葉を失った。


少しだけ気だるそうに、道は俺達から視線をはずし、片目を細めた。



・・・視線の先には・・・うっすらと、うっすらとした人影。


・・・それが、二つ。




「・・・ちょうど良かった。今から、始まるよ。
 よく見ているといいよ。これは、ボクの戦いじゃないんだから。」

オッドアイの少年は、ふっと笑った。




「・・・どういう意味だ。」



真顔で、俺はあざけた。




「・・・ついてきて。近くまで行こう。」

そう言い放つと、オッドアイの少年は立ち上がり、
その遠くの二つの影に向かって歩き出した。



俺と椛さんは、顔を見合わせた。
そして、少年の後に続いて歩き出した。







空の満月に、雲がかかった。



つづけ