東方幻想今日紀 百二十三話  せきわんのがいらいじん

薄れた視界から、ぼんやりと何かが見える。
ぼうっとした赤い光に照らされた、木の影。


「・・・。」


身体がびりびりする。
顔がひりひりする。


何だか、けだるい。







「・・・はっ!?」



がばっと起き上がると、目の前にあの少女がいた。
しゃがみこんで、俺をじっと覗き込んでいた。


犬尻尾の少女は、たいまつを持っていた。


生きてた・・・。


俺、生きてたんだ・・・。

じーんとした、ぼんやりとした、感慨にふけっていた。
そんなときだった。


少女が、無表情気味に口を開く。



「・・・今回は特別です。命が助かっただけよかったと思って下さい。
 とりあえず、応急手当くらいはしました。
 本当なら、あそこで処分していたんですけれどね・・・。」


そら恐ろしい事を淡々と告げる彼女。
そうは言うものの、あそこまでして殺さなかったのは感謝すべきことなのだろう。



・・・応急処置・・・か・・・。


彼女の言葉を反芻しながら、自分の身体を確認した。



上半身は裸で、包帯が巻いてあった。
首からへそにかけて、深めの切り傷。

うまく頚動脈をよけたらしい。
・・・とんでもない腕だと思う。

・・・そんな、悠長な感情も、そこまで。





「・・・っ!?」


・・・次の瞬間には、身体が、意識が凍りついた。



異変に気付いたのは、右肩に目をやった時だ。



見ると、団子状に真っ赤な包帯が巻かれていた。
それだけだった。



・・・あるべきものがない。




・・・右肩から先が、無くなっていた。




「・・・っう・・・」
「・・・?」



唇が、震えて止まらなかった。
背中から、悪寒が突き抜けるように走った。




それが、意味するもの。





取り返しの付かないものだった。









「うわああああああああああああああ!!!!?」





・・・気が付いたら、あらん限りの叫びを上げていた。

無い腕を、必死に押さえながら。



左手は、むなしく空を切っていた。





左手がちぎれそうだった。
喉が張り裂けそうだった。


・・・でも。






・・・それ以上に、胸が張り裂けそうだった。






























「・・・はあ・・・はあっ・・・。」

「・・・やっと、落ち着きましたね。」



叫び続けること、どのくらいが経っただろうか。
既に喉が、限界だった。


後半は、「あ」から濁った「え」に近い叫び声だった。




頭が、事態を徐々に飲み込み始めた。




・・・こんなに騒いでも、誰も来ない。
きっと、天狗の誰かが、侵入者を殺した。

そんな風に、聞いた者は解釈しているのだろうか。



・・・そして、目の前の少女は俺が叫び終わるまで、黙って待っていた。



そして少女は、再び口を開いた。



「・・・あの時、半分になった刀を投げて、利き腕を飛ばしました。
 その後、小脳を柄で壊してから、顔からへその辺りまでを切り結びました。」



説明するような口調で言い放つ彼女には、ほとんど感情がこもっていなかった。



「・・・刀を両断された瞬間、私はあなたを危険と判断しました。
 生かしておきたかったのですが、それでも戦力を完全に殺ぐ必要がありました。」


「・・・。」


彼女は、俺のことを「お前」から「あなた」と呼び変えていた。
どういう思惑かは分からない。


・・・少なくとも、生かすつもりで
そこまでした残虐な奴のことなんか、俺には分かるわけもない。



その時少女は、俺にずいと近寄った。


「・・・教えて下さい。そこまでして、どこに向かいたかったのですか?
 どうして勝つ見込みも無い相手に・・・戦いを挑んだのですかっ!!?」


身を乗り出して尋ねる犬尻尾の銀髪少女。
彼女の目の奥に、小さな光を見つけた。



「・・・!」




・・・やっと気付いた。



彼女は、後悔してるんだ。
そうじゃなきゃ・・・感情を押し殺して、そんな事をするはずが無い。


・・・天狗は、すごく仲間意識が強いと聞いたことがある。
それと同時に、上下関係も厳しいと。

・・・彼女は、きっと俺をどうしても殺したくなかったのだろう。
でも、戦う以上は、相手を戦闘不能にする必要があった。

・・・もちろん、そうでなければ、仲間を危険にさらす可能性があるからだろう。
少なくとも、刀を両断できる武器を持つ者は、危険だと判断したのだ。






・・・なんで・・・


・・・なんで泣いてるんだろう・・・俺・・・。







「・・・俺は・・・頂上へ向かうつもりでした。」

しゃがれた鼻声で、それだけ言った。







「・・・わかりました。私が同行します。一緒に、行きましょう。」


少女は、初めて俺に満面の笑みを見せた。

そのとき彼女の目から、一滴の涙が零れ落ちた。



「・・・はい。」

俺も、笑顔を作った。






どうせ彼女は、俺が斬り合いを提案した時からそのつもりだったのだろう。

















・・・もしも、彼女が敵じゃなかったら。

彼女に会ったのが、命蓮寺に来る前だったのなら。


・・・俺は、きっと彼女を好きになっていただろう。















「・・・肩、貸しますよ。ほら・・・」
「・・・一人で歩けます。」



「・・・無理ですよ。」
「うわっ、本当だ・・・。」




上着を着せてもらって、肩を貸してもらって、
少女が持つたいまつが照らす暗い林道を、二人で歩いた。


彼女の肩は・・・すごく温かく感じた。





「そちらの名前は、何というんですか?」

「・・・リア。」


「いい名前ですね。私は犬走 椛と申します。」

「・・・そっちもです。」




喉が千切れそうだったから、最低限の言葉しか発せなかった。

・・・でも、きっと伝わってくれるだろう。





・・・ありがとう。





もし頂上に丙さんがいたとして、命の危機に瀕していたとして、
こんな状態の俺の存在がいったい何になるのだろうか。



・・・でも、そんなことは、着いてから考えればいい。





短い間に、右腕と、運動機能を失った。


両利きだから、一応は左も利くというのは・・・気休めだろう。




・・・ああ。



こんな形の優しさも・・・あるんだなって。


・・・完全に妖怪になる前に、気付けてよかった。






夜の林道は、そこはかとなく静けさが漂っていた。
















『・・・青春じゃのう・・・。』





・・・十中八九、こいつは青春を履き違えているんじゃないだろうか。





つづけ