東方幻想今日紀 百十九話  やった毒蛾だ!わっしょいわっしょい

「はあ・・・丙さん、軽いな・・・。
 ちゃんと物を食べてるのかな・・・?」




丙さんを布団に運び込んで、軽く一息。


丙さんを負ったのは初めてだったのだが、軽い。
同じ年齢くらいの小春よりも軽かった。


これも、毒の作用なのだろうか。




・・・でも、彼女は今、かなり珍しい様子だ。


「こんな格好で寝るんだな・・・。」



布団に運び込んだ丙さんは、
そのまま軽く手を広げてリラックスした状態で
布団を胸の辺りまで掛けて寝息を立てていた。


珍しく命蓮寺に泊まる時は、猫のように身体を丸めて、
布団を抱き込むようにして寝ている。

おまけに眠りが浅く、
そばを通っただけですぐに目を覚ましてしまうのだ。


普段の朗らかで気さくな態度に反して、警戒心が強いのだろう。



・・・そんな彼女が、今仰向けに寝ている。

安心しきっているのだろうか、いい夢を見ているのだろうか。
表情がほぐれて、気持ちよさそうに寝ていた。





・・・何はともあれ、よかった。



毒も、日々薄まってきているのかもしれない。
射命丸さんの言うとおり、野孤も回復してきている。

そろそろ、慧音先生のところに帰してもいいかもしれない。




「・・・おや、リアじゃないか。」



そんな事を考えていると、不意に顔を覗き込むようにして、
少し不安げに話しかけるナズーリンの姿が視界に入った。



「あ、ナズーリン。」


驚いたので、間の抜けた声になってしまった。

その様子を見て、ネズミの少女はくすっと笑う。



「全く・・・君は相も変わらずお人好しだな・・・。」

「違うんだよ、帰ってきたら丁度倒れちゃってさ・・・。」


丙さんをチラッと見た後に、その一言。
看病していたとでも思っていたのだろう。

一応、弁明しておいた。



・・・あ、そうだ。


どうして寺子屋に行ったはずなのに、
お昼時の今、ここにいるかを説明しなきゃ・・・


「・・・ナズーリン。」


「・・・ん?」



言おうとすると、また唇に力が入りそうになった。
激しい痛みと大量出血はもうごめんだ。

それを楽しめるほど、俺は変態じゃない。




「・・あのさ、何でここにいるかっていうと・・・」

「・・・いい。みなまで言わないでくれ。」


話し始めた途端に、彼女に言葉を遮られてしまった。
思わず、声に詰まってしまった。



「・・・それよりも、今暇なんだ。
 食材も切れてることだし、一緒に買い物にでも出掛けないか?」
 


その言葉を耳にして、身体が痺れるような錯覚に陥った。


・・・きっと、彼女は唇の傷と、表情、
そしてこの時間に帰ってきたことからすべてを察したのだろう。


それも、積もる話と分かった上で。



・・・ああ、なんて・・・



「しょーがないな・・・どうしてもと言うのなら
 俺が付いていってやってもいいよ?」


「わかった。君は足手まといだから今日のところは・・・」
「ごめんなさい嘘です一緒に行かせて下さい。」




・・・素っ気無くて、優しいんだろう・・・。








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「・・・ねえ、ナズーリンって、力あるんだよね?」


「ほら頑張れ。あと少しじゃないか。」



買い物のあと、がっつり荷物を持たされました。
実に買い物の八割ほどを持つ羽目になったのです。


正直、手に袋の紐が食い込んで痛い。

・・・まあ、気を使わせないようにしてるのはわかるんだけど・・・。
これからしばらくは事実上無職になる訳だし・・・。


それにしても、ちょっと腹立つ。



・・・もう少しで命蓮寺だ、頑張れ俺。
こんな尻尾だけで荷物を運んでる奴には負けないぞ。



・・・あーあ、かっこつけてお前の分も持つよ、
なんて言わなきゃよかったなあ・・・。



・・・そんな事を思いながらも、自分の顔は、しまりなかった。


どういうわけか、嬉しいのかもしれない。








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夜。


今日は買い物に行ってきたので、新鮮な野菜類や淡水魚が食べられた。
ムラサさんが捌いたお刺身も、えもいわれぬほどの絶品だった。


ムラサさんが作ったおいしいご飯を食べたあと、
ナズーリンと久々に将棋を指している。


彼女はかなり前に負けてから猛烈に練習してきたのか、
逃げ続けて消耗戦に持ち込む戦い方から、
逃げに逃げてから一気に攻める戦法に変わっていた。


案外、彼女は負けず嫌いなのかもしれない。

油断していたので、あっさり負けてしまった。


「むぅ・・・本気を出すんだ。さあもう一度。」
「いや、普通にやってたんだけど・・・。」



困った。もしかしたら本気でやっても勝てないかもしれない。

ナズーリンは練習しすぎてて、
自分が強くなりすぎてるのに気付いていないのだろう。


ここまで強くなるのに練習相手という名の犠牲になった寅丸さん。
彼女のことを考えると涙ぐましい話だ。



「あー・・・じゃあ、もう一回だけね?」
「ああ。次は負けないでくれよ?」


そうは言っても、内心勝ててうれしいのだろう。
顔がほころんでいる。ちょっぴり黒い方向に。

知ってたけど、やはりこのネズミはサディストなんだろうな。


次は本気を出す。
まあ、下手に手を抜いてもう一度やる羽目になったら、
こちらの集中力が持たなくなってしまう。



「どっちがいい?」

「君はどっちがいいんだい?」

「歩がいい。」



・・・そう決意をして、振り駒を始めた頃だった。



「「・・・!?」」


バババババというけたたましい音が、突然障子窓の方から聞こえてきた。
音自体は、かなり細かい。

こんな状況でも、丙さんはすうすうと寝ている。
珍しい。



何かの羽音のような・・・。



・・・羽音!?




ナズーリン、ちょっと見てくる!」

「・・・あ、おい!?」





彼女の言葉を背に、俺は広間を飛び出して音のする方向に疾走した。



「おお・・・」



向かったのは、広間を出てすぐ、長い廊下に延々と張られた障子戸。
見るとその数枚に、かなりの数の影が蠢いていた。

少しの間、立ち尽くしたが、すぐにやることを思い出した。




「・・・いきなり走り出すな・・・うわ!?」


少し遅れて、追いついたナズーリンは障子に目をやると酷く驚いていた。


無理もない、全部、大きな蛾なのだから。
この大群は、明らかに例の水銀の蛾だろう。


ナズーリン、網か何かない?」


我ながら、トチ狂っていると思う。
こんな中外に出て行ったら、死ぬかもしれない。


「馬鹿か君はっ!!
 ・・・ちょっと待ってるんだ!今持って来るから!」


・・・え?


それだけ言うと、彼女は廊下の反対側に走っていった。


唖然とした。
まさか本当に網を持ってきてくれるとは・・・。

自分で物置をあさる羽目になると踏んでいたのに・・・。





しばらくすると、彼女はせわしない足音を立てて青い虫取り網を持ってきた。


「・・・ほら、さっさと行って来るんだ!逃げてしまうぞ!」

「あ・・・うん!」


ナズーリンは俺に網を渡すと𠮟咤激励した。
少し腰が引けたが、慌てて外に飛び出した。



今日の夜は、明るかった。








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蛾に触れないように、飛び回る蛾を捕るのは並の集中力じゃ無理だ。
とりあえず、隠れながらさっと三匹ほど捕まえてきた。


銀色の蛾は大きさはめいっぱい広げた親指と中指の間より大きいくらい。
羽を動かすたびに、細かい細かい銀色の粉がかごの底に降る。

こんな神秘的な蛾は、初めて見た。
息を呑むほど、綺麗で美しかった。



「・・・じゃーん!」



嬉々として、俺は銀色の大きな蛾が三匹、葉つきの木の枝が入った、
抱えるようなほど大きな虫取り籠を、
みんなの目の前、広間のちゃぶ台の上に置いた。




この騒ぎを聞きつけて、皆起きて下に集まってしまったのだ。
罪悪感がないといったら嘘になりますね。みんなごめんね。



「・・・何をするかと思えば・・・
 まさか、君はこれを飼う気なのかい?」


苦笑してナズーリンがこめかみに手をやる。


「お前は・・・子供か?」


ぬえがあからさまで身も蓋もない事を言う。
悪かったな。ちゃんと目的があるんだよ。


「リアくん、それ・・・きれいだけど、危ないんだよ?」


小傘は小さい子に教えるようにそんな事を口走っていた。
危険だというのはわかっとるわ。


「まあ、童心を忘れないのは大切なことですよね。」


一輪さんに至っては、最早馬鹿にしているのか、
褒めているのか分からない。


「猛毒の水銀を持つ蛾・・・カッコイイよな!」
「お前は黙ってろ!」

「何で俺だけ反論するんだよっ!!?」


小春とは一緒にされたくない。
うん、本心だ。




・・・仕方ない。


俺は手をぱんと叩いた。



「・・・みんな聞いて!これを捕まえたのは、
 明日、これを永遠亭に持っていって特効薬を作ってもらうためだよ!
 だから、それまでは飼育しておかないと・・・。」


要旨は伝えた。これで分かってもらえるはずだ。



「・・・なるほど。そういう事か。
 君は・・・意外と馬鹿ではないんだな・・・。」


これは褒めてるんだろう。そうに違いない。




頭に疑問符を浮かべているのが二名。
あとはみんな分かってもらえたようで、自室に戻っていった。








・・・さて、この蛾は異変解決の足がかりになるぞ・・・。



そんな事を考えながら、俺は虫かごを持って自分の部屋に戻った。
・・・ただ、かなり大きいので、置き場所に困った。


結局、枕元に置くことにした。





・・・やっと、事態が進展するな・・・。



俺はにやにやしながら明かりを消した。
そして、ゆっくりと布団をかぶった。


夏にしては、涼しくて寝心地がよかった。




あとは、虫かごの中がずっとバタバタうるさくなければ言う事は無いのだが。




つづけ