東方幻想今日紀 百十六話  彼我事は僻事にあらず

野孤を寝かしつけた後、
俺は彼我さんから彼女の考察を聞いた。

・・・積もる話になるかもしれないので、
部屋を一応空けて、外で話すことにした。



外に出るともう真っ暗で、水を撒いたような光が
煌々と空に散らされていた。

この時期にしては珍しく、空気は乾いていた。
むっとした暑さも少ない。


「・・・やはり、夜は落ち着きますね。」
「そうですね。」


彼我さんは大きく伸びをした。



どうしてと尋ねても返ってくるはずもなく。
ただ、頷くだけだった。


彼女のペースじゃないと話の続きも聞けない。
それが彼我さんなのだから、仕方ないのだろうか。


「・・・リアさん。」



「・・・はい。」



ぼんやりと彼女の顔を見ていると、彼我さんが微笑みを返した。
意味ありげな、呼びかけと一緒に。

珍しく、名前だけを呼ばれた。


次に何を言われるか全く想像が付かない。
回らない頭でいくら考えても、次が出てこない。



「・・・私は、いつ死んでも不思議はありません。
 ある時、突然この世から姿を消してしまうかもしれません。」


「・・・?」


ぽつぽつと語りかけるように言う彼我さん。
伏目がちに、頬に手を当てて。


それは、まるで遺言のような、託すような言葉。


真意は分からない。
だけど・・・。



「・・・どうしたんですか?」


尋ねずには、いられなかった。




「・・・さっき、私は夢の中の小春さんに殺されそうになりました。」

「・・・!?」



彼女が質問に答えた・・・!!


でも、そんな大事件を超えて、新しい疑問がわいてきた。
彼女が口にした言葉の印象が強すぎたのだ。



「・・・それは珍しいことではないのです。
 本来、私は夢の中の住人なのです。夢だって作れます。
 しかし、休むときは自分の夢の中では駄目なのです。
 夢を維持するのには、力を消費する必要があるからなんです。」


今日の彼我さんは・・・すごく、やさしかった。

彼女が自分の事をこんなに話すのは、きっと初めてだろう。



「・・・だから、休む時は他人の夢の中でひっそりと休んでいるのです。
 でも、他人の夢は勝手です。
 異常な力を身に着けていたり、その人の都合のよい世界だったり。
 だから、夢の中の小春さんに殺されそうになったのです。」


そういえば・・・闇の力を身に着けたとか言ってたな・・・。
確かに、夢なら許される理不尽な力だ・・・。


「・・・私は、夢を作れる代わりに身体ごと夢の世界に移動することが出来ます。
 しかし・・・それは、夢の中での死が本当の死である事を意味しています。
 なので、もしあの時やられていれば、私はここにいません。
 いつ死んでも、おかしくない状況に身を置いているのです。」


「・・・。」


彼女の笑顔を前に、俺の唇は震えていた。
言葉が出てこないのだ。
 

夜の空気は、重たかった。




「あなたに、一つだけ、伝えたいことがあります。」




口を開く代わりに、軽く首を縦に振った。
目は、軽く閉じていた。

涙がこぼれないように。




「・・・ありがとう。」



「あなたがいてくれたから、あの時私は・・・
 ・・・価値のある間違いをすることが出来ました。
 あなたがいてくれたから・・・今、さびしくないです。」



「・・・。」



こんなことを言われたのは、生まれて初めてだろうか。
あったとしても、忘れているのだろう。


そうじゃなきゃ・・・



「・・・彼我・・・さん。」



こんなに、喉が詰まって喋りにくくはないだろう。

こんなに、胸の奥があったかくないだろう。






「・・・リアさん、本題ですが・・・。」

「彼我さん・・・今は・・・卑怯ですよぉ・・・。」



さらりと言ってのける風に、彼我さんは話題を切り替えた。
ちょっと頭が追いつかない。


・・・でも、彼我さんもそれは同じだった。



なぜなら・・・



「今晩、あなたの夢の中で説明しますね。」




そう言って、俺の頬に触れて、すっと消えたのだから。



その手は、温かかった。






俺はしばらく、ぽつねんとたたずんでいた。










『青春じゃのう・・・。』


さて・・・この刀はどこに捨てようか・・・。
















「・・・おーい、秋兄、どこ行ってたんだ?」
「・・・。」


命蓮寺に戻ると、小春が破顔でお出迎えだった。
今は、その笑顔が俺を無性にいらだたせた。



「いてててっ!?いきなり何すんだよ!?」
「・・・これで、帳消しだ。」

「はあっ!?」


小春が頬を押さえたままこちらを軽く睨む。
理不尽な行動だと、我ながら思った。


「・・・おやすみ、小春。」

今度は彼女の頭を軽く撫でた。
・・・もう、変な夢を見るなよ。


「うなー・・・って何だよ今度は!?
 今日のお前は何か気持ち悪い!!寝ろバカヤロー!」


小春は一瞬目を細めて、
はっと我に返ってから俺に困惑しながら怒鳴った。

「へいへい。」



それだけ言って、俺はさっさと自室に戻って寝た。





疲れていたのだろうか。
布団に入った瞬間、一瞬でまぶたが重くなり、気を失った。





その日は、よく眠れなかった。
でも・・・ちょっとだけ、楽しかったのをよく覚えている。



彼我さんは、自分の考えを全部自分に言ってくれた。
あと、久々に一緒に将棋を指した。


前より彼女は腕を上げていて、飛車角落ちで互角になるまでになった。
以前は飛車角桂香落ちで勝ったのだが、練習したんだろうな。




・・・さて、明日は寺子屋であることをしよう。






ずっと・・・頭の片隅に残っていた、あることを。




つづけ