東方幻想今日紀 百十五話  ドクガトキシン

「・・・どうルーミア、見つかった?」

「だめだー・・・見つからないよ・・・。」



がっくりとうなだれる金髪ショートボブの女の子。


別にそんなに熱心に探さなくてもいいのにな・・・。
特にそっちに利点は無いわけだし・・・。



「このままじゃ・・・ご飯にありつけない・・・!」

真剣な表情でわなわなと震えながら言うルーミア
ああ、そういう事ね・・・どうりで熱心な訳だ・・・。


まあ、別に見つからなくても
ご飯は食べさせてあげるけどね・・・。


俺は苦笑しながら、そんな様子を見つめていた。

まあ、モチベーションを保つ意味でも、ご飯をかけて必死に探してもらおう。





彼女と辺りを探し回ること、既に小一時間ほどだろうか。
草むらや茂み、電灯の回り、石段、道。


そのどこにも、あんなにいたらしい蛾は姿をくらましていた。


・・・実を言うと、その蛾を俺はまだ見ていない。
だから、大きいといってもどの程度かは分からない。


ただ、群れでいるのだから、どこかにはいるのだろう。


現に、身の回りにも被害者がいるくらいだし・・・。


そう思いつつ、頭を抱えていた。
正直手詰まりである。

・・・あー、こんなときナズーリンがいればなー・・・。

帰ってから一緒に探そうと持ちかければ良かったかもしれないし・・・。
それに、あんまり遅いと皆から心配されてしまうかもしれない。


しかも、遅くに帰ってきておいてこの子にご飯をとか言ったら
土葬に出されても文句は言えないだろう。

・・・探すのは、明日でもいいだろう。
どうせ今日いないならいないだろうし。


まあ、いずれにせよ、今日は帰るのが得策だ。
野孤を見取れるのも小春しかいないわけだし・・・。


「・・・ルーミア、今日はもう帰ろう。お疲れ様。
 だから、これからご飯を食べに行こう。」


「えっ・・・?」


きょとんとした表情で尋ねるルーミア
無理も無い。

彼女は報酬として、ご飯を期待していたのだから。


「・・・努力賞って・・・知ってる?」



俺はそれだけ彼女に言って、足を命蓮寺に向けた。


・・・そう、別に報われなくたっていいのだ。
課程が大切なのであって、結果は二の次。


それは、次があるからだ。





「・・・あー?」

「・・・。」




彼女が首をかしげたまま付いてこなかったので、
あらかた説明をしてから彼女を命蓮寺に案内した。


歯切れが悪かった。



多分、彼女はそんな感覚を持っていないのだと思う。
結果が全て。

失敗したら、何も得られない。


そうやって生きてきた彼女だからこそ、
あの言葉が理解できなかったのかもしれない。















「・・・さて、リア君。」
「・・・はい。」


憂き顔でため息をつくムラサさん。



足が痛い。
ちょっと冷たい。


でも、それはじきに治まるだろう。


「・・・さすがにね?二人分以上は用意してないんだ・・・。」
「ごめんなさいごめんなさい!」



俺は今、ムラサさんに正座で説教をされていた。

人も妖も受け入れる命蓮寺。
しかし、夜に突然アポなしはNGのようだ。


「あいつ、馬鹿だろ・・・。」
「元々だ。驚くことではない。」


その様子をぬえとナズーリンがニヤニヤしながら見ていた。
畜生、丸聞こえだよ。

ひそひそ話はもっとトーンを落として喋ってくれと切実に思った。




内訳を説明すると、連れてきたルーミアが余りの食材でも
食べたりなかったらしく、せがんできたので俺の分のご飯も食べさせた。

・・・で、判断力が鈍ってたのか、
片づけで来るのが遅れていたムラサさんの分を
余りと勘違いして食べさせてしまったのだ。



「・・・まあ、私は別にいいんだけど・・・
 そもそもこの夜に人食いの妖怪を連れてくるのはちょっとね・・・。」


ムラサさんが苦笑いで苦言を呈する。

彼女は自分の夕飯が無くなった事にはもう触れなかった。
野孤を心配しているのか、それとも丙さんを心配してくれてるのか。


ムラサさんは大人だと心から感じた。


・・・そう、本当は野孤を看取らなければならないのだが、
ルーミアを返すまでそれは出来ない。


理由は簡単。危険だからだ。

さすがに彼女も襲ったりはしないだろうが、万が一があっては困る。



・・・で、当のルーミアは広間の隅で小傘とじゃれあっていた。
あの二人は、確かに空気が合う。


ほんわかした和やかな感じ・・・邪気が無い。


そんな表現がしっくり来るのだ。
多分、あの二人ならもうしばらく大丈夫だろう。











「・・・ふう、やっと寝たな・・・。
 これでも昨日より良くなってるのかな・・・」


ルーミアを帰して、野孤を寝かし付けた後、
俺は彼女の寝顔を見て誰ともなしにつぶやいた。

野孤の容態は依然良くない。


典型的な急性水銀中毒の症状に苦しんでいる。
このままさらされ続けたら、そのうち中枢神経まで侵されてしまう。


野孤がショックだけではなく、毒も相まって話せなくなってしまう。
おそらく、そうなったら彼女はもう二度と喋ることはできないだろう。


・・・考えていると、やり場の無い怒りが湧き上がってきた。


何の罪も無い女の子をここまで追い詰めるなんて。
犯人を見つけて、とっ捕まえてやりたい所だが・・・。

恐らく、霊夢さんをはじめとする異変解決屋が動いてくれるだろう。


・・・それより、こちらが動く必要がありそうなのは、丙さんだ。




「・・・深水、丙さんは・・・どうして倒れてるんだろう?」

『さあの・・・儂にはさっぱりじゃ・・・。』


何も無いところに向かって独り言のように語りかける。
すると、頭の中で声が返ってくる。

これが、妖刀である深水との会話の一連の流れだ。

そして、大した答えは返ってこなかった。



「真実は、何人にもわかりません。それが、真実です。」

こんな出口の無い話をしていると、
彼我さんが逆さになって浮いたままの状態で現れた。


・・・なぜか、アホみたいなセリフを掲げて。


「・・・頭でも強く打ったんですか?」

「失礼ですね。さっきまで小春さんの夢の中にいただけですよ。
 で、闇の力だかを手に入れたときにそんな事を言ってました。」



なるほど。深く深く納得した。
小春のセリフならしょうがない。




「・・・で、昨日話せなかった事ですが・・・。」
「あ、お願いします。気になってたので。」


彼我さんは昨日押しとどめておいた話題を今日持って来たのだ。
彼女にしては珍しく律儀な行動だな・・・。


彼我さんは左手の人差し指を立てて、口を開いた。



「・・・あの蛾の持っている毒は、恐らく水銀だけではありません。」


・・・え?
どういうこと・・・?


彼女の言っている事の意味が分からなかった。


でも、聞き返したところでどうせ答えてくれないので、
ここは理解したふりをしてそのまま続きを聞こう。


「そうなんですか・・・」


「・・・それでです。明らかに水銀のような症状が出て、
 丙さんに効くような毒があるとしたら・・・
 水銀が主成分で、そこに何かが入っていると考えると自然ですよね。」


「・・・あ、なるほど。」
『うむ・・・?』


今の感嘆は、「ふり」ではなく、素直な反応だった。
深水は訳の分からないような声を出したが。


丙さんは、身体能力も高く、おまけに毒に強い。
だから、水銀単体ではほとんど効果が無いはずだ。

少なくとも、その日の記憶を喪失するほどのダメージは受けないだろう。

・・・だから、彼女に特に効く何かが入ってたとしたら・・・。
そう考えると、確かに自然な話だ。


「・・・あと、もう一つ。」

「・・・はい。」


彼我さんが、さっきよりも神妙な顔つきで付け加える。
その様子に俺は少しだけ不審さを抱きながらも、それを受け入れた。


彼我さんは、少し深めに息を吸い込んだ。




「死別した丙さんの友人だというメルシアとやら、十中八九、偽者です。
 それどころか・・・その偽者が元凶と私は見ています。
 恐らく・・・彼女の命を狙っているのも、その方でしょう。」


『「えっ・・・!?」』






突然告げられたその言葉は、自分の頭を激しく揺さぶった。






つづけ