東方幻想今日紀 百十四話  盲目ナイトバード、その名はルーミア

暗い道を歩く一人の少年の影。


着慣れた様子の和服の襟も直さず、手には小さな手提げ鞄。
どこか物憂き顔で、後ろ布をわずかにはためかせていた。









「・・・今から帰ると、大体九時くらいになるのかな。」


歩を進めながら、誰ともなしに独り言をつぶやく。
もちろん、聞いてくれる人も入るはずもなく。

特に急ぐこともない。


急いでいるのは、気持ちだけ。



ましてや・・・丙さんや野孤が死ぬとして、
俺が早く来て何の足しになるのだろうか?


どうせ、俺なんかに何もしてやれることなど無い。
何か能力があるわけでも、知恵があるわけでもないのだ。


そんなとりとめもないことを、ぼんやりと考えながら鞄をゆらしていた。



昨日あったこと。



野孤が蛾に襲われて、水銀中毒で倒れた。
彼女を看病しているところに、丙さんがやってきた。


やってきた、というのはおかしいな。

・・・正しくは、運ばれてきた、だ。



今、家には二人の病人がいる。
一人は意識不明。


何を隠そう、丙さんだ。


彼は旧友と再会を果たして、お祭りに出掛けたはずだった。
でも、そのときの記憶を全て失って、
彼女は引き上げてきたムラサさんと一輪さんに運ばれてきたのだ。

そのとき丙さんは、野孤よりも重い症状だった。
丙さんの倒れていた周囲には、大量の大きな銀色の蛾が死んでいたという。


今日の朝の時点では、意識を失っていた。


直前に何かを言いかけた彼我さんは、時期が来たら話すだの言って、
どこかに消えてしまったのだ。時期はとっくに来てると思ったから頭にきた。

一方の野狐の方は、だいぶ回復しては来た。
射命丸の言うとおり、下剤を使ったら少しづつ毒が排出されたようだった。

今はゆっくり命蓮寺で寝ていることだろう。



・・・気がかりなのは、丙さんの旧友だというあの少年だ。

不可解な部分があまりにも多すぎる。


まず、丙さんと一緒にお祭りに出掛けたはずなのに、
倒れた彼女のそばにはいなかったという。

彼がその友人ならば、もっと早い段階で連れてきただろうし、
姿をくらますこともありえない。

・・・つまり、あの少年は偽者だったと。



・・・あ、結論が出ちゃった。



いやいや、そんなことがあるものか。
彼は丙さんの前の世界での情報を正確に知っていた。
おまけに、丙さんが会った時気付かずに出掛けたのだから、
少なくとも容姿、声、様子は完全に合致していたのだろう。

・・・その様子は、この目で見ることはできなかったけれど。


もう一つ不可解なことがある。


・・・丙さんが、水銀ごときで倒れるだろうか?

彼女は非常に身体能力が高い。
おまけに、毒物に対する耐性も非常に高い。
水銀を含んだ蛾に群がられた程度で・・・そんな重篤な事態に陥るはずが無い。

彼女が毒物で倒れるとしたら・・・龍仙薬、といっただろうか。
そんな特殊な薬が龍への特効毒だと言っていた。

ただし、成分なんかは聞いていない。
刻印異変のときに、あれを使っていた敵がいたのだ。

という事は、その龍仙薬だろうか・・・?


・・・こればかりは、自分ひとりでは分からない。
意識を取り戻した彼女に尋ねるしかないだろう。



そうだ、帰る前にその蛾を慎重に捕まえて、永遠亭にもっていこう。
そしたら、すぐに薬を作ってくれるに違いない。

なかなかの名案だった。


俺は手をぽんと叩いて、道をそれた。






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「・・・あれ、なかなかいないな・・・。」


お祭りがあったところの付近を探してみること数十分ほどだろうか。
銀色の蛾はどこにもいなかった。

集団で襲うから、かなりの個体がいると思ったのに、ぱったり姿を消している。


電灯に集まっている気配もないし、地面にも落ちていなかった。


閑散とした道は、昨日と打って変わって静かで暗かった。
かつて、ここでお祭りがあったなんて信じられないほどだ。

街灯が所々にあるだけで、石の道が暗く照らされている。


・・・まあ、群れを見つけられるかもしれないし、もう少し粘ってみるか・・・

そう思った瞬間だった。


「ん・・・?」




街灯が、突然消えた。




いや、街灯が消えたという表現は間違っているだろう。
全ての光が吸い取られて、目の前から色が消えたと言った方がいいだろうか。


目をつぶっていたほうが、まだ明るいくらいだ。


幸いにも、何が起こったかすぐに分かった。
そう、妖怪の仕業だ。



・・・対処法は簡単だった。



まず、足を大きく開く。
次に持っている刀を取り出し、横に構えて両手で持った。

あとは、神経を研ぎ澄ませて息も潜める。



感覚を出来るだけ敏感にして、集中する・・・。
気配を潜めて、目を閉じる。



・・・たった一瞬だった。


何かが、僅かに右足に触れた。




次の瞬間、右足に全ての力を込めて、思い切り足を上に跳ね上げた。




「うぐっ」



少しの間を置き、
ドスンと鈍い音と短い高い声を立てて、石段の上に何かが落ちた。
それと同時に、視界が一瞬で目の前に復活した。



・・・さっきと違うところ。

それは、石の道の上に幼女がぶっ倒れていることだろうか。


「・・・残念だったな、ルーミア。外来人は食えないぞ?」


白黒の服、ロングスカート、金髪ショートボブ。
そんな少女に向かって、腕を組んで洒落じみた口調で言い放った。


「あー・・・失敗しちゃったー。またかー・・・。
 ・・・で、どうしてあなたは私を知ってるの?」


きょとんとした表情で顔をこすりながら問い掛けるその幼女。
実際に出くわしたのは初めてだが、予備知識はあった。


「そりゃ、俺はこの付近の寺子屋の先生だから。
 まあ、これに懲りて人を襲うのはやめるんだな。」



闇を操る人食い妖怪が生息している。その名はルーミア

一見強そうだが、自分もその闇の中では何も見えないから、
感覚に頼って出端をくじけば普通に圧倒できるのだ。

・・・ただし、この方法は彼女より感覚が鋭くないとアウト。

普通はゆっくり気配を消して逃げるのがいい。



「うー・・・まあ、いいや。ねえ、どうしたら人を狩れるの?」

「人の話聞いてた?人を襲うのはやめろって言っただろうが。」


天真爛漫な瞳で言う彼女は、身も蓋も無い事を言い放った。
とりあえず、話を聞いていなかったようだ。


「そんなあ・・・私、飢え死にしちゃうよ・・・。
 人を襲わないのは無理だよ・・・だから襲う。」

「・・・。」


潤んだ瞳で訴えかけるルーミア
・・・最後は、あっさりと言ったが。


・・・俺は思わず返答に詰まってしまった。


彼女のような野良妖怪は、通貨のある枠組みで生きていけない。
よって、人を食べることになる。


生きるためには仕方が無いことだ。

かといって、彼女に適切な人間の襲い方を教える訳にもいかない。
当然、自分はこっち側の人間であるのだから。



「・・・じゃあさ、一緒に協力してくれたら、
 今晩のご飯はお腹いっぱい食べさせてあげるよ!」


「ほんとっ!?」


・・・気が付いたら笑顔で俺は、こんなことを口走っていた。
別に、人間じゃなくてもいいのだろう。

普通のご飯だって、普通においしく食べられるだろう。
冷たく突き放せばよかったのだが、俺にはそんな事出来なかった。


・・・そして、俺はそろそろ命蓮寺から追い出されそうである。



「・・・じゃあ、何をすればいいのだー?」


八重歯を見せて、満面の笑みを見せながら朗らかに言う彼女。
正直、息が詰まるほどその様子はかわいらしかった。


・・・もちろん、してもらう事はひとつ。



「・・・一緒に、すごくでっかい銀色の蛾を探してくれないかな?」

「お安いごようだーっ!」


金髪ショートボブの少女は、にっぱりと笑って敬礼のポーズをとった。





その様子が、どうにもおかしくて、くすっと口から息が漏れてしまった。




さて、あの二人を、早く助けてあげないと・・・。
俺にも、きっと何かが出来るんだから。



つづけ