東方幻想今日紀 百十話  深い禍根をのこしたまま

「・・・ごめんね・・・連れてきておいて、いきなりこんな事言って・・・。」

丙さんは、そのままの格好で、そのままの表情で言った。
彼女が仰ぎ見ているのは星ではなく、そのもっと向こうに思えた。

「・・・大丈夫ですよ。」


俺は、それしか言えなかった。


丙さんが初めて俺に見せた、こんな様子。
とめどなく伝う涙を拭こうともせずに、うつうつと。
自分の事を・・・責めていた。


絶望していたのは、一度見たことがある。
涙を見せたのも、やっぱり一度だけある。

でも、自分を責めているところは初めて見た。


声は少しだけ明るかったが、空元気だった。すぐにわかる。

「・・・最近リア君を見てるとさ、その殺されちゃった友達に
 どこからどう見てもそっくりなんだよね・・・。」



・・・それは彼女にとってかなりつらいかもしれない。
「似ている」からある意味仕方はないものの、相当苦しい。

見る度にそんなつらい思い出を引きずり出されるなんて、
到底たまったものじゃないだろうから。


「・・・そのさ、もしかしたら・・・さっきリア君が言ってたその子、
 もしかしたら・・・って思ってるんだけど・・・」


少し伏し目がちで笑う丙さん。


もしかしたら・・・とはもちろん、死んだその子ではないかということ。
さっき聞いたところ、「丙子」とは丙さんのかつての名前だったらしい。

そう、その子が死ぬとき、丙さんはその名前だったのだ。



それを知っていた自分を探していた少年。
だから、生き返ったか、生きているのではないか。


・・・常識で考えるとバカなことかもしれない。
でも、ここは幻想郷なのだ。


ここにおいて「死」は永遠の別れではない。
転生して、生き続ける。

獣かもしれない。猛禽かもしれない。虫かもしれない。

・・・でも、「記憶をそのまま受け継いだ妖怪」かもしれない。



「丙さん・・・可能性、ありますよ。」

だからこそ、その考えは間違ってなんかいない。


「・・・そっか。」

丙さんは、視線の位置を変えずにそれだけ言った。





・・・でも、声は弾んでいた。



「・・・明日が楽しみだなあ・・・。」



彼女は、目を閉じてつぶやいた。
涙の跡は、もう乾いていた。


星が綺麗だったのを、よく覚えている。





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「・・・もう、片付け始めてるのか・・・。」


誰にともなしに、人もまばらになった道で一人ごちる。

丙さんは、どこかにあるらしい自分の宿に帰った。
彼女の住処は、命蓮寺ではない。

たまに泊まりに来るけれど、大した頻度ではない。
一ヶ月に一回あれば多いほうだ。



・・・あ、ということはもう命蓮寺の焼きそばも・・・。
片付け手伝わないとなあ・・・。

ほとんど根を下ろしているに近いけど、居候なんだし・・・。
追い出されてもおかしくないかも・・・。

いや、追い出されないけど怒られちゃうな・・・。


あーあ、結構前は、あんなに肩身が狭かったのにな・・・
今じゃ、比喩抜きに命蓮寺は家だ。


・・・さて、怒られないうちに急ごう・・・あれ。


「だから・・・それが何だというの?やられたのはすべて妖怪でしょ?」


少し向こうに、言い争っている少女の影が三つ。
一人は・・・赤いリボンの目立つ霊夢さん。もう二人は・・・知らない。
緑色の左右非対称のロングヘアーと動物の髪飾り。脇出し巫女服。
薄い茶髪セミロングに紅い山伏帽。ワイシャツ。



放っておけばいいものを、沸いてくる好奇心はそれを許さなかった。


「・・・霊夢さーんっ、何してるんですか?」

手を振りながらその場で大声で呼んでみた。


霊夢さんがこちらに振り向いた。
二人の少女も、こちらを向く。


「・・・霊夢さん、知り合いですか?」
「さあ・・・あんな珍妙な知り合いを作った覚えはないわ。」


・・・関係を全否定されてしまった。


しかし、それでも近付きながら笑顔で千切れんばかりに手を振る俺。
そう、ここは相手の良心に訴えかけるのが一番なのだ。


ストーカーすれすれな気もするけど。


「・・・はあ。何か用?こっちはつまんない話聞いてるの。」
「つまんないとは何ですかっ!?異変ですよこれは?」

霊夢さんがとうとう折れた。余計な言葉と一緒に。
それを聞いた緑髪の人が憤慨する。


「・・・異変?」

俺が尋ねると、緑髪の人がずいと前に立って指を立てて説明を始めた。


「今日、この祭りで人妖がやたらと通り魔に遭っているんです・・・!」


いや、それは事件だろう。通り魔が出た。それだけだ。


「えっ、人もやられたの!?」
霊夢さんが驚いたように目を丸くする。


「・・・そうですよ。それに、気味の悪いことに、
 被害者は赤い着物を着ている者だけなんですよね・・・
 おまけに誰も致命傷じゃなくて・・・変だと思いませんか?」

緑髪の人がどういった訳か切実にこちらに訴えかける。
恐らく、自分の論に乗っかってもらいたいのだろうか。

何にせよ、随分と人見知りしない子だな・・・。


・・・待てよ。

「・・・そういえば、自分も妖怪の山の麓で
 血塗れた着物を見ましたけど・・・それも地が赤でした。」


あの時見たのは確かに、赤い着物・・・。
でも、どうして赤い着物だけを・・・?


「・・・そうですね、私からも別件なのですが、
 最近、このあたりで銀色の蛾がよく見えますね。
 しかも、鱗粉の量が恐ろしいほどに多い上、それが銀色なのです。
 赤い着物を狙う通り魔と、大量発生した銀の蛾。
 あなたはどちらが新聞のネタとして人目を引くと思いますか?」


緑髪の人を押しのけるようにしてごく真剣に訊く薄茶髪の少女。
おまけに、新聞のネタの話を尋ねられた。

・・・どっちが、と訊かれるとより不気味なのは蛾の方では・・・


「あんたらまず名乗りなさいよ。初対面問い詰めてどうすんのよ。」

言葉を返そうとして口を開こうとすると、
霊夢さんがだるそうに二人に向かってぴしゃりと言い放った。


・・・なんて筋の通った発言なんだろう。
霊夢さん男前・・・。


「・・・あ、すみません。私は守矢神社の東風谷 早苗といいます。
 このお祭りの主催側の人間であり、現人神です!」


あ・・・現人神・・・?
っていうと、東風谷・・・さんは天皇の血筋?

半信半疑で首をかしげていると、今度は薄茶髪の子が前に出た。

「私は公明正大、清く正しきブン屋の射命丸です!
 ネタに命を賭け、野山を駆け抜ける、そんな天狗です。」

かなり大きく張った胸をぽんと叩き、悠々と自己アピールする彼女。
しゃめいまる・・・変わった名前だな・・・。


「・・・ほら、あんたも。」

「・・・あ、はい。俺の名前はリアといいます。
 最近命蓮寺に来た外来人で、半妖です。」


霊夢さんに促されて自己紹介すると、当の霊夢さんは目を瞬かせた。


「・・・あんた、以前は人間だって言ってなかった?」
「えっ・・・覚えてるんですか?」


怪訝そうに言う霊夢さん。
・・・最初の自己紹介。もう、あれは六ヶ月ほど前になる。

それなのに、覚えていてくれた・・・。
今は鬼みたいな顔だけど・・・すごく頭が切れて、優しいのかな・・・。


「・・・実は、妖怪化してまして・・・今は半妖なのです。だから・・・」

「外来人が半妖に!?ふむ・・・これは・・・
 是非取材させてもらわなければいけませんね・・・。」

「・・・えっ?」

話している途中で、目を輝かせた射命丸さんが遮って割り込んできた。
取材・・・って、まさか自分が新聞のネタに・・・?


「・・・ふふ、あなたが脚光を浴びる、またとない機会ですよ?
 あなたもなってみませんか・・・誰かの憧れに・・・!」


目の前でぐっと拳を握りこんで力強く言う射命丸さん。

・・・誰かの憧れの対象・・・!
その響きは、俺の口を緩ませるには十分なほど、あまりにも魅力的だった。


「・・・っやります!取材してください!」
「わかりました!あなたを神にしてやりましょう!」
「ありがとうございますっ射命丸さぁんっ!!」
「いえいえ!すばらしい記事があなたのおかげで書けそうですよっ!
 お互いにがんばりましょうねっ!!えいえい・・・」


「「おーっ!!」」


二人で拳を高らかに上げ、腹の奥から声のすべてを出した。
これで誰かの憧れの的に・・・なれる・・・!



「・・・確かに、人間とは思えないほどの気持ち悪い順応力ね・・・。」
「あはは・・・流石に私でも、あの流れはないですね・・・。
 完全に口車に乗せられてるじゃないですか・・・。」



後ろのほうで、何か聞こえたけど、昂ぶる気持ちでそれどころじゃなかった。
胸の奥がじんじんと暖まってきて、何かがはじけそうに膨らんでいた。




・・・なにか、忘れているような気がするけど・・・気のせいかな。



つづけ