東方幻想今日紀 百七話  林に潜む一つ目のアウトサイダー

俺とナズーリンは、組んでいた互いの腕を解いた。





決して付いている量は多くない血の付いた赤い着物。

ぐしゃぐしゃに壊された、参加者の唯一の明かりである提灯。




・・・さっき地面に落ちていたこの二つから導き出されるもの。




それは、この近くに何かがいること。

もちろん、回避は可能だとは思うけど、
何が起こってもいいように俺達はお互いの手を自由にした。


ナズーリン、少し離れて歩こう。
 それと、位置を入れ替えよう。もし奇襲があったら、
 暗い方から襲ってくるはずだから。」


「あ・・・ああ、ありがとう・・・?」



ナズーリンが少し戸惑ったような表情で、俺の提案を受けた。
少しだけ気になったが、あえて気にしないことにした。


・・・それが、一瞬の隙になったら困るから。


緊張の面持ちで明かりから遠ざかり、肝試しの順路を進む。



「・・・なあ、リアはどうしてこういう時は冷静なんだい?」
「え?冷静・・・?」


不意に、横で歩いているナズーリンが額に小汗を浮かべて話しかけてきた。
息が少し不規則になっていて、かなり不安気な表情を浮かべている。


訳が分からなかったので聞き返した。


「・・・いや、だってさっきまではまるで子兎か何かのように
 頼りなく気を揉んでいたじゃないか・・・。
 それが今となっては、顔つきが引き締まっているし、
 何よりも、この状況でこんなに冷静に判断できるなんて・・・。
 まるで、さっきとは別人じゃないか・・・。」



子兎のように、という比喩を耳にしたとき、少し口元が引きつってしまった。
確かに、何か物音を耳にするたびに「ひっ・・・。」
とか言ってたさっきは、自分でも異常だとは思った。

でも、今は凄く落ち着いている。
怖いといえば怖いのだが、それは緊張感に近いものだ。
呼吸も深いし、遅い。

けれど、いざどうしてこうなのかを考えるとわからない。


怖いという状況は依然と変わっていない。
でも、心境そのものは変わった。


さっきと違うところ・・・。




あ、肝試しから、リアル肝試しになったところだ。

つまり・・・。


「命の危険があること・・・かな・・・さっきと違うのは。」

「変態か君は・・・。」


さっきとは違って、穏やかな顔で即答されてしまった。
また、お互いにいつもの会話に戻った。


・・・どういう訳か、恐怖だけは和らいでいった。



「・・・提灯は私が持つ。君は両手が空くようにしてくれ。
 頼りに・・・しているからな?リア。」


不意に、彼女が首を傾けて、俺に視線を投げて言ったその言葉。
あんなに、怖がっていた俺をまだ頼っていてくれている。


曲がりなりにも、自分は一人の男なのだ。


そんな事を言われて、何も思わない程俺は冷えてなんかいない。



「・・・絶対に、怪我させないよ。」


俺は腰についている鍔を、こつんと軽く叩いた。




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彼女が右、俺が左。
提灯は彼女が持つ。
常に俺は深水に手を掛けている。
握りこぶし四つ分の間隔で歩く。


そんな完全防備で、ひたすら暗い順路を歩いていた。
決めてから、歩いてから、もう大分時間が経った。


・・・でも、大きめの提灯もなんだか頼りなく見える。
明かりから遠ざかる感覚。

それは、恐怖を助長する演出の一つだった。




・・・さっきから、お化けの類が息を潜めたように全く出てこない。


そんなのが、どうも腑に落ちなかった。


もし、これが演出ならば、とんでもなく手が込んでいる。
本当の肝試しというのは、こういうのを言うのだろうか。

・・・でも、どういう訳か死地に踏み込むと途端に冷静になる俺は好都合だ。
これを妖怪化の影響と言えば、説明も付くし、納得もいく。


・・・でも、今はそんなのどうでもいい。

彼女に怪我をさせずに、一緒に肝試しを終える。
それだけが今の願いで、目標だった。


「・・・何も無いのが薄気味悪いな・・・。」
「・・・そうだね・・・。」


どうやら、同じような感覚だったらしい。

不安気に言う彼女は、あまり顔色も良くなかった。
浴衣から出した尻尾も、力なく下がっていた。



・・・彼女から、視線を目の前の暗い林道に戻す。




すると、遠くに何かぼんやりと影が見えた。
目を軽くこすっても、影は消えない。



自然と歩みが止まる。
彼女もそれは一緒だったようで、ほとんど一緒に歩みを止めた。

体が反射するように、俺は深水を取り出し彼女の前に立つ。



・・・もし、敵ならば、彼女を護る。

絶対に・・・。






「・・・ごめんね?キミの視界の向こうのそれ、ボクじゃないんだ。」


「「!!?」」


不意に後ろから、トーンの高い少年の声が不意に背中を刺し抜いた。
まるで気配を感じなかったそれは、突然現れた。


振り向くとナズーリンの向こうに、
ナズーリンと同じくらいの身長の子が
片目をつぶって片足を軽く上げて立っていた。

髪型は癖の無いうなじが隠れるミディアムヘアの藍色の髪。
すらっとした無地ベージュの洋服。
つぶっていない方の丸いくりくりした右目はピンク色だった。

手には、小傘のそれを連想させる閉じた大きな黒い番傘を持っている。
もちろん、片目をつぶり片足を軽く上げるしぐさも、小傘を思い起こさせた。


・・・なんだ、小傘と同じ、一本だたらか。


目の前の子はどう見ても、一本だたらの少年だった。
一本だたらに危険は少ない。

そう思ったのは、寺子屋でそんな事を教えているのもあって、
その知識に少々の自信があったからだ。


「・・・ねえ、そんなに構えないでよ・・・。
 ボクさっ、キミたちに訊きたいことがあるんだあ・・・。
 人を探しているのっ。大切な人をね・・・。」


黒の左目をぱちっと開いて、目の前の少年は少しだけ、悲しげな顔をした。
・・・オッドアイだった。


「・・・何?訊きたいことって。」


俺は軽く、視線を下げて笑顔で答える。
ナズーリンも、表情が緩んだみたいで、軽く腕を組んだ。


「あのね、「へいし」っていう子、知らないかな・・・?
 ボクより少し、年上なんだけど・・・。」


「・・・へいし?」

頭の中で「へいし」という漢字が変換できなかった。


「あっ、ごめんね、甲乙丙の「丙」に、子どもの「子」って字で・・・」


少年は慌てたように漢字の説明をする。
甲乙丙という言葉がすっと彼の口から出てきたときに、少し恐怖を覚えた。



きっと、このお祭りではぐれてしまったんだろうか?
そんな子は、俺は知らないけど・・・。


ナズーリンに視線を送ったら、彼女は黙ってふるふると首を振った。



「・・・で、髪型は、真ん中でくるっと曲がってて、
 髪の色が薄い桃色で・・・あと、触角のついた赤い帽子が・・・。」



・・・聞いていて、明らかに誰かとそっくりだった。
俺は彼女と軽く顔を見合わせた。

 
・・・名前以外は、全部同じだったのだ。
おまけに、その名前も読み以外は酷似していた。

同じ格好の「丙子」と「丙」。
本当に別の人物だろうか・・・?



「あはっ。・・・その顔、知ってるでしょ?
 お願い、ボク、どうしてもその子に会いたいんだ!どこにいるの?」



混乱していると、少年が追い討ちをかけるようにまくし立てる。
困ってしまった。彼に、丙さんを教えてあげるべきだろうか。

ナズーリンと軽く顔を見合わせた後、
彼女が穏やかな口調で少年に疑問を投げた。


「・・・その丙子に会って、どうするんだい?」

「・・・どうしようが、ボクの勝手でしょ?」



彼から要領の得ない答えが返って来る。
少年の左右色の違う目は、提灯の光を拒んでいた。


・・・その目の奥の異常な様子に、俺は一抹の危険を感じた。


「・・・ごめんね、丙子っていう子は知らないから
 他をあたってくれる・・・?あそこに守矢神社が・・・」

「・・・どうしたら、教えてくれるの?」



俺が話をそらそうとすると、少年はうつむきながらつぶやいた。
番傘を持つ手が震えていた。


「・・・え?」


聞き返したら、次の瞬間だった。




「ぅあっ゛!?」


少年は横にいたナズーリンの鳩尾を思い切り足で振り抜いた。

鈍い音がして彼女の小さな体は短く宙を舞った後、地面に叩きつけられた。


「っ・・・ナズーリンッ!?」


その次の瞬間には地面に落ちた提灯が、
お腹を押さえて倒れている少女を投影していた。

彼女の小さな綺麗な口元からは、赤い糸がこぼれていた。


ナズーリンっ!?ナズーリンッ・・・!?」
「・・・大丈夫だ。すぐ立てる・・・から・・・。」


彼女に駆け寄ると、彼女の目はまだ焦点がしっかりと合っていた。
ナズーリンは体をゆっくりと重たげに起こして、袖で口元をぬぐった。



「・・・その女の子が死ぬまでに、教えてくれるよね?」



・・・迫ってくる恐怖は少し落ち着いた。

その代わりに、胸の中で何かが弾けて燃え上がった。



「・・・ごめん、ナズーリン。・・・かばえなくて。
 それと、ちょっとだけ、見るに堪えない光景になると思うけど我慢してね。」



俺は軽く深水に手を掛け、柄を思い切り引っ張った。












「えっ・・・!?」





・・・しかし、柄はびくともしなかった。
今まではあんなに簡単に抜けたのに、どんなに引っ張ってもだ。


・・・その瞬間、嫌な記憶が頭に蘇った。


『まあ・・・不安じゃから、儂は祭りが終わるまで眠りに付く事にするぞ。
 それまで、お主は儂を抜くことは出来んぞ?いいかの。』


祭りの二日前、深水が俺に言った言葉だ。





・・・。








「深水のばかああああああぁああっ!!」





そう叫びながら、俺は鞘付きの刀を少年に向かって斬りかかった。





つづけ