東方幻想今日紀 百六話  最期の判子

二個目のチェックポイントを抜けると、道幅が少し広くなっていた。
夜は更に深くなって、木々は少しだけ数が減った。

少しずつ、出口に近付いてきているのだろう。


・・・そういえば。


始まってから一度も、他のお客さんに会っていない。
それはそれで好都合なのだけど・・・なんだか薄気味悪かった。



それはさておき。


あんなことがあってから、足取りが重くなっていた。
今度は何がくるかわかったものじゃない。


もう完全にナズーリンに怖がりだってばれちゃったし・・・。

・・・とりあえず、口止めをしておこう。
丙さんやぬえに漏れたりすると、もうアウトだ。


とりあえず、彼女を軽く手招きした。


「・・・あのさ、ナズーリン。大事な話があるんだけど・・・。」
「ああ・・・どうしたんだ急に?」


彼女は少しだけ、面食らったような顔をした後、
真剣なまなざしになって大きな耳を傾けた。
いや・・・別にそこまで気張る事じゃないんだけど・・・ね。


「その・・・俺がこういうの苦手だって事、
 二人だけの秘密って事でいいかな・・・?」


ナズーリンのことだから、何か交換条件を付けてくるかも・・・。
まあ、あんまり酷い事は言わないと思うけど、背に腹はかえられない。


「えっ・・・!?」


しかし、彼女の反応は俺が想像してた反応とは違った。
軽く頬を押さえて、こちらを感情がこもった目でぼーっと見つめだしたのだ。


ナズーリン?」

「あっ・・・いや、わかった。秘密にしよう。
 二人だけの・・・秘密だなっ。」


不安になって話しかけると彼女は、はっとして我に返った。
珍しく動揺していた。どうしてだろう?


何か、まずい事でも言ったかな・・・?



まあ、いいや。
とりあえず先に進もう。


・・・早く抜けないと・・・またあんなのが・・・。


「ううっ・・・。」


考えるだけで、身震いがしてくる。
正直・・・もう自分の足だけで抜けられる気がしない・・・。


「・・・リア?大丈夫かい・・・?」

「・・・ごめん、あんまり・・・大丈夫じゃないかも。」




もう、彼女の迷惑になりたくない・・・。
だから・・・ここは正直に言っておきたかった。

見栄なら、張ろうと思えば張れるけど、
そんな事をしたって、どうにもならない。


・・・俺がうつむき加減に言うと、
急にナズーリンが俺を正視した。


そして、あろう事か、俺の腕を持ち上げて自分の腕に絡ませた。


「・・・!!?」

「・・・こうすれば、怖くないだろう・・・?」


彼女の温もりが、和服の厚い布を通して体の横全体に伝わってくる。
心臓が一気に跳ね上がるように、速く荒い呼吸をしていた。


彼女は、そんな俺のどぎまぎした様子を目を細めて見つめていた。



・・・でも、同時に恐怖は一気に霞んでいった。



「・・・うん。もう怖くなんか無い・・・。」



俺がそれだけ言えるようになったのは、少しだけ後のことだった。

熱いお風呂に慣れるように、自分は次第に落ち着きを取り戻していった。
でも、熱いお風呂に慣れるということは、自分も熱くなるわけで・・・。


・・・凄く顔が火照ってるのが、自分でも分かる。





・・・でも。





彼女と、こうしてくっついている。
それだけ、たったそれだけで・・・



・・・無敵になれた、そんな気がする。




・・・だから・・・もう何も怖くなんか無い。














「うあああああああっ!!?」

「いやああああああ!!」

「もうやだああああぁあああ!!」






「・・・こっちのセリフだ。凄く耳が痛いのだが。」

「・・・あっ、ごめんねっ・・・ごめんねっ・・・?」



彼女がやかましげに耳を塞ぐ。



・・・それもそのはず、迫りくる沢山のお化けに、
いちいち腰を抜かしたり悲鳴を上げたりしているのだから。


ちなみに叫んでいるのはすべて俺だ。てへ。


・・・おまけに、俺と彼女は少し身長差がある。
彼女の頭の上にぴょこんとついている耳、密着していると、
上を向いて叫ぶと綺麗に彼女の耳に向かって叫ぶ位置となる。

彼女は耳がいいから、たまったものじゃないだろう。


それでも、俺が彼女の腕を解こうとする度に
「この程度はいい・・・。」と、腕を解くのを制するのだ。


・・・ナズーリンに申し訳なかったけれど・・・嬉しかった。


こんな思いまでしてでも、一緒に・・・居てくれているのだから。
さっきまでの無言の不和が嘘みたいだった。



もしも、今仮に元の世界に戻れるとしたら、即答で断っていただろう。

・・・それほど、俺にとって幸せな時間だった。





・・・そんなこんなで、腕を組んで歩くことしばらく。




小さな屋台が遠くに見えてきた。



・・・二人でその屋台に駆け寄って、ハンコを押してもらう。

腕を組んだままで。


屋台のお兄さんが軽く茶化して、二人で顔を合わせて照れながら笑いあった。
・・・たった、それだけ。



あと、残るハンコは一つ。



・・・たった一つなのだ。






この幸せな時間がもうすぐ終わると思うと、胸が苦しくなってくる。




確実に、出口に近付いてきている。



その証拠に、祭囃子がだんだんと聞こえてきたからだ。
更に、向こう側、かなり遠くに露店の提灯が見える。


・・・今、恐らく回り道をしているのだろう。


順路なのだが、行く先はその明かりから遠ざかっている。

恐らく、一番凝った仕掛けが施されているのだろうか・・・。
考えるだけで、ぞっとしてくる。


だいぶ低くなった丈の草を二人でゆっくりと踏みしめ、
林道の暗い方向へと進む。


・・・しばらく進んだところで、地面の何かが提灯に照らされた。
それを目に留めたのは、恐らく二人同時だったのだろう。


「・・・これ・・・は?」


彼女がかがんで、それを確認する。
自分も、それに合わせて一緒にかがんだ。



・・・それは、ぐしゃぐしゃになった提灯だった。



自分たちのゆがんだ提灯とは違って、
ほとんど原型をとどめておらず、粉々だった。

もちろん、怒りに任せて叩き付けた位ではこんなことにはならない。


・・・参加者は、明かりの類は持ち込めない上に、この提灯を渡される。


二人一組。どちらかが欠けると、チェックポイントより向こうは進めない。
さらに、提灯が無いとそもそも暗くて進めない。


・・・だから、二人で行動するのは不可欠なのだ。


・・・とすると、考えられることは一つ。





「・・・誰か・・・襲われたのかな・・・。」

「それはないな。ありえない。」


ぼそりとつぶやくように言うと、
彼女が間髪入れずに指をピンと立てて反論してきた。


「・・・どうして?」


「・・・この場所は普段、天狗の管轄だ。
 天狗の組織力と個々の能力は妖怪の中でもかなりのものだ。
 おまけに、今は守矢神社と共同で管理している。
 だから、ここでそんな事が出来る奴がいるなら、
 今頃祭り自体をめちゃくちゃにしているだろうな。
 ・・・これは恐らく、恐怖を助長させるための仕掛けだろう。
 神社側が提灯を壊して順路に置いておけばいいのだからな。」


なるほど・・・ナズーリンは頭がいいなあ・・・。
確かに、そうすれば俺みたいに勘違いした奴を怖がらせられる。


凝ってるなあ・・・この仕掛け・・・。


「さあ、先に進もうじゃないか。」

感心していると、ナズーリンが軽く組んだ腕を引っ張った。

「うん。」

俺は首を一瞬下げて、足を踏み出した。





・・・またしばしの間歩くと、また足元に何かを見つけた。








「・・・着物・・・それも、赤い。」

綺麗な、くしゃくしゃになった着物。
土をかぶっているが、真っ赤な花柄だ。



・・・かがんで確認すると、つんと鉄くさい匂いが鼻を刺した。


よく見ると、着物の赤い色と一緒に、所々まだらに深い紅のしみがある。



・・・これは・・・模様なんかじゃない。





「・・・血だ・・・。しかも凄く新しい・・・」

「・・・。」




・・・これは彼女も、硬い表情で黙っていた。








きっとお互い、考えていることは同じだ。










この先に、「何か」がいる。







・・・俺は先の見えない深い林を見据えた。







つづけ