東方幻想今日紀 百五話  ゆがんだ提灯は温かく照らし

虫の声に遠くからのカエルの声が加わって。
夜の林道も、いよいよ静けさと寂しさをかもし出していた。

二人で歩く道は、息苦しさなんてとうに超えて、恐怖の一つだった。


無言の圧力。

彼女がどんなつもりなのかは分からないけど、
少なくとも今の俺には途轍もない圧力に感じられる。


こんなに、彼女が何も言ってくれないのが怖いなんて・・・。



この中で・・・彼女は何を考えているんだろう?
一緒に、肝試しに来たはずなのに・・・

彼女がこんな状態で、楽しんでいるはずが無い。



・・・よし。


俺は無言で提灯をすっと上げた。

・・・彼女の顔を、見るためだけに。



「・・・っ!?」「!?」




・・・視線が、かち合った。
まるで、嫌な硬い音がするかのように。


そして、かち合った瞬間に、
何か強い力に引き剥がされるように俺は目をそらした。



・・・でも、睨んでいた訳じゃなかった。



彼女も、俺と同じように、びっくりしたように目をそらしたのだ。
スーパーボールを、床に強く落としたときのように。


たった一瞬だけど、はっきりとわかった。


・・・憎しみなんて、彼女の目には全く映っていなかった。






・・・もう一度だけ、ゆっくりと視線を上げた。




・・・いびつな形の提灯照らす赤い瞳が、こちらを見つめている。
どこか、もどかしそうな表情だった。


・・・視線が、今度はかみ合った。



・・・まるで時間が止まったように、視線が同じ様に引き合っていた。




お互い、何も言えなかった。


・・・何も言わなかった。



・・・虫の声と、カエルの声はもうほとんど聞こえてこなかった。


お互いに何かを言おうとしていた。
でも、頭が回らない。


何を言えば良いのかわからない。



言葉が出てこないのではなくて、言葉が思い出せない。





でも・・・なんだかあたたかい。





・・・少し前の沈黙とは、全然違う沈黙。
だって・・・



・・・ナズーリン、ちょっとだけ表情が緩んでるんだもの・・・。




「・・・あの・・・。」
「えっ・・・あっ・・・うん?」



・・・先に沈黙を破ったのは彼女だった。


何を言われるんだろうか・・・・?
そんな不安で、いっぱいだった。


・・・この時俺は、何をするか、何をするべきかも、全部忘れていた。


「・・・その・・・さっきはすまなかったな・・・。
 無節操な言葉を吐いて・・・君の気持ちも考えずに・・・。」

「えっ・・・?」



頭の中で、混乱が交錯した後、すぐに一つにまとまった。

そう・・・。

俺は彼女に謝らなきゃいけなかったんだ・・・。


「違っ・・・!むしろ俺が悪くて・・・!
 その・・・ごめんなさい!大声出しちゃって・・・。」


頭の中で整理が付かないまま喋ってしまった。

自分の発したたどたどしい言葉に、彼女がくすっと笑った。
それが・・・ちょっと恥ずかしかった。


でも・・・




「・・・ふふっ。おあいこ・・・かな?」
「・・・かな・・・?」








・・・なんだか、とってもあたたかかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「・・・しかし、今日の夜はずいぶんと涼しいな。」
「珍しいよね・・・妖怪の山だからかな?」



ぼんやりと、あたたかい光を放っているゆがんだ提灯。

・・・今は、ナズーリンがそれを持っていた。


今度は、二人近くで歩いていた。






彼女と、いつもの会話が出来る。

なんて幸せなんだろう。
さっきの記憶が嘘みたいだ。



・・・そう思っていたから今、何をしているのかなんて頭に無かった。


・・・だから、ある意味この時が一番平和だったかもしれない。





不意に、彼女がはたと立ち止まった。

自分もぴたりと歩みを止めた。



「ん?どうしたの?」


「・・・リア。何か後ろから音がしないか?」



・・・ナズーリンが少しだけわくわくした様子で言う。

そういえば、足を止めれば何か音が聞こえるのが分かる・・・はず。



・・・でも、何も聞こえない。

風の音。虫の声。遠くのカエルの声。ナズーリンのちょっとだけ早い呼吸の音。


後ろを振り返っても、何も見えない。


彼女は耳が大きいから、耳がいいのだろうか?
正直、全く何も聞こえない。




「・・・やだなあ、何も聞こえないよ?」

「しっ・・・。」

俺が軽く笑い飛ばすと、
彼女は人差し指を口元に当て、尚も耳をそばだてた。


・・・しばらく聞こえない何かを聞こうとしていると、何か聞こえてきた。



ひた、ひた、と、何だか足音に近い何か。
それが遠くで、かすかに聞こえる。


・・・どうせ、他のペアだろう。



でも・・・裸足?

というか・・・参加者ってさ・・・
提灯、携帯してるはずだから・・・・見えるよね?明かり・・・。



じゃあ・・・あれって・・・何?



・・・考えた途端、背筋に何か薄ら寒いものが走った。
氷を背中に当てて滑らせたような嫌な感覚。


ひたひたひたと、足音の間隔が狭く、音が大きくなってくる。

・・・まだ、足音の正体は見えない。



少しして、ぼんやりとした薄明かりの向こうにシルエットが映し出された。

足の形がはっきりしているけれど、他は丸かった。
全円に、両足を付けたようなシルエット。



「リア!逃げるぞ!って、おい・・・。」

「・・・ごめん、起こしてくれないかな?」



腰が抜けてました。ごめんなさい。
訳が分かりません。なにこれ。なにこれ。なにこれ。


「まったく・・・世話が焼けるな君は・・・よっと。」
「・・・えっ・・・ちょっと?」



彼女が俺に近づいて、その瞬間体が持ち上がった。
ナズーリンが俺を抱き上げて、おんぶの体勢にしたのだ。



・・・そのまま、彼女は小走りでその何かから背を向けて駆け出した。




彼女が走るのに合わせて、体が上下に軽く揺さぶられる。
彼女の小さな肩にしっかり掴まっていると、温かいぬくもりが伝わってくる。


・・・こんな少女が、青年をおんぶして走るなんて、とてもこっけいな光景だと思う。
でも、彼女はそれが出来る。

・・・妖怪だから。


情けない話だけど・・・
何でだろう・・・すごく落ち着いてきた・・・。


・・・破裂しそうだった心臓の鼓動も、だんだんと収まってきた。



「・・・ふう・・・降ろすぞ。」
「あっ・・・ごめんね?」



気が付くと、ひたひたとした足音は止んでいた。

俺は彼女の背中から、ずり落ちるようにして降りた。


残念なことに、立てるようにはなっていたが、
足がカクカク笑っていて使い物にならなかった。

おまけに、刺すようなものすごい量の汗が出ていた。


「・・・ごめん・・・。ちょっと、休んでいい・・・?」
「・・・全く、君という奴は・・・事前に言ってくれれば良かったものを・・・。」


ナズーリンが表情を緩めて、微笑んでいた。
・・・まるで、子供を見るかのような目だった。


袖で顔を拭うと、袖がちょっと重くなった。


「・・・ちょうど、向こうに屋台があるな。
 休んだら二つ目のハンコを押してもらうぞ。」


「・・・うん。」


右を向くと、少し遠くに赤い提灯が並んだ屋根が見えた。
・・・チェックポイントだ。




しばらく休んだ後、二人でそこに向かった。

・・・相変わらず足は生まれたての小鹿みたいに震えていた。
なんて情けない。




・・・屋台に着いた。無人だった。

その代わり、机の上に張り紙がしてあった。


(この屋台のどこかにハンコがあるよ。探せ)



最後の「探せ」が無性に腹立つけど、ハンコはもう間近だ。

・・・でも、ナズーリンはロッドを置いてきている。
彼女の持ち味のダウジングは使えない。


「・・・私の出番だな。」
「え?でもロッドが・・・。」


それなのに、ナズーリンは意気揚々としている。


「このペンデュラムも、ダウジングの道具なんだぞ?」
「ええっ・・・そうなの!?」


そう言ってナズーリンは、首から瑠璃色のペンデュラムを外して手に持った。

・・・そして、振り子のごとく、おもむろに左右に振り始めた。



・・・その見た目は正直、しょぼい・・・。



なんか、ポ○モンにそんなのがいた気がする。




「・・・この引き出しだな。」


・・・効果は抜群だったようだ。
彼女は少し遠くの引き出しに走り寄った。




「・・・うっ!?」


彼女がさっと引き出しを開けると、中から真っ赤な手が出てきた。


「うああああああああああああああぁあぁああっ!!?」

・・・また、血の気が引いた。
頭の中が真っ白になって、ただ叫んでいた。


俺と小さな引き出し、その距離数m。

・・・はっきり言って、ヘタレだ。


「・・・おい。そこの絶叫している馬鹿。
 あの手がハンコを持っていたぞ。もう押しておいた。」


「はあ・・・はあ・・・ありがとう・・・」




苦笑するナズーリン
噴出すような汗を浮かべながら体操座りする俺。





・・・二つ目のハンコは、無事押せた。


あと二つ。


なんて・・・長いんだろう・・・。



つづけ