東方幻想今日紀 百四話  最低だ。クズだ。バカだ。愚か者だ。

「なんか・・・この提灯、でかいね・・・。」
「当たり前だろう?これ一つで進むのだから・・・。」


本殿に行くとどういう訳か、係員さんから簡単な説明があって、
その後でかい提灯を渡された後、妖怪の山に飛ばされました。


妖怪の山の中腹から帰って来い。
どうやらそれだけの事らしいが、ちょっとルールじみている。


つまり、ただ生還して来い、という訳ではなく、
整備された山道をお化けが驚かしてくるから逃げつつ帰る。


その際にチェックポイントをいくつか通過しなきゃいけないらしく、
そこでハンコをもらって押す。
ただし、ペアのどちらかがいないとハンコがもらえない。


要は肝試し付きスタンプラリーだ。危険は無い。


「・・・しかし・・・こうも単純だと逆に良いな!
 下手に建物作ってその中で驚かさないところが余計怖いな・・・!」

「そうだね。」


ふと横を見ると暗い林道で提灯に照らされた、
きらんきらんに目を輝かせているナズーリンが目に入る。


・・・その発言や様子からして、彼女はこういう類の物が好きなのだろう。


普段なら可愛いと思えるかもしれないが、今はそんな余裕は無い。


さっさと終わらせてしまおう。
いくら彼女と二人きりとはいえ・・・楽しめるはずが無い。


「・・・具合でも悪いのかい?随分と元気がなさそうだが・・・。」


思いつめていると、彼女が心配そうに声を掛けてきた。


「大丈夫だよ。さ、早く行こう。」
「あ・・・ああ・・・。」


提灯を前手に持って、心配そうなナズーリンを差し置いて歩を進める。
自然と早足になるけれども、その早足すらおぼつかない。


そもそも、今は聞こえてくる小さな虫の声すら怖い。
静かなところで虫の声がするのは、余計静かに感じる。


・・・そう、これから何か怖い目に遭うのだ。
考えるだけでも嫌な話だ。

お化けが苦手なのをナズーリンにばれるのも避けたい。
・・・意気地なしだって、思われたくないから。



「・・・おいっ、ちょっと待ってくれないかっ・・・!?」


気がつくと、かなり後ろのほうで、彼女のよく知った声がした。
後ろを振り返ると、彼女は薄ぼんやりと見えるほど遠くにいた。


「あっ・・・。」


・・・しまった。提灯は俺が持っているんだった。
置いていったら・・・彼女は暗がりの中一人で・・・。


歩を止めて、少し待っていると、彼女がかなり急ぎ足で駆け寄ってきた。
ほとんど小走りに近かった。


「・・・ふう、やっと追いついたよ・・・。
 全く、浴衣というのはこうも歩きづらくてな・・・。」

「・・・ご、ごめん。」


・・・彼女を見ると、少しだけ疲れたような顔をしていた。

その様子を見た瞬間、胸の奥がつきんと痛んだ。




ナズーリンは軽く呼吸を整えると、俺に軽く詰め寄った。

「・・・さっきから随分と様子がおかしいぞ? 落ち着きが無いし、
 会話も片言で素っ気無いし、目をあまり見ずに話すし・・・」

「う・・・。」


図星で、ぐうの音も出ない。
もしかしたら・・・ばれちゃうかな・・・?


心臓を高鳴らせていると、ナズーリンが続けて口を開いた。
それも、何かに失望するような呆れ顔で。



・・・その顔は、無性に腹の立つ顔だった。



「臆病者なのか、落ち着かないのか知らないが・・・」


「っ・・・るさいっ!!臆病者なわけがないだろおッ!!?」
「うっ・・・!?」




気が付いたら、俺は自分もびっくりするほどの大声で、彼女を怒鳴りつけていた。
虫がぴたりと鳴り止んで、地面の草だけがぼんやりと照らされていた。


思わず、俺は提灯を下に叩き付けていたらしかった。
提灯が、硬い地面の草を冷たく照らしていた。




・・・理不尽な怒りは、その一瞬で冷たい何かに変わった。




彼女は何も言わなかった。
暗闇で顔も見えない。



ただ、俺のほうを向いたまま立っていた。




・・・この世の終わりみたいな、真っ暗闇の中で。





・・・そのしばらくが、途轍もなく長かった。





彼女がゆがんだ提灯を無言で拾い上げて、
手渡したのは、それからしばらく後のことだった。




俺は、何も言えずにひしゃげたそれを受け取った。




・・・手が、震えていた。







どっちも。








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草をゆっくりと踏みしめる音。
虫が静かに鳴く声。
草木が静かに風に揺れる音。


・・・暗い林道、それしか今は聞こえなかった。



提灯を左手に、ひたすらナズーリンと一緒に歩みを進める。



さっきと違うことは、一緒に歩いているという事。
お互いに、何も喋らない事。
提灯の位置が、顔が見えない程度に低いこと。



・・・そして、少しだけ、離れて歩いていること。






初めて、彼女に怒鳴ってしまった。


初めて、彼女がこんなにも俺に無言を貫いていた。


初めて、彼女を心の底から怖いと思った。


初めて、こんなにも自分が嫌いになった。



「ごめんね」と、そんな一言も言えずに、黙って歩いていた。


・・・そんな自分が、嫌だった。


ナズーリンは、多分俺が自分を嫌ってる以上に俺を嫌っているかもしれない。
そんな事を考えていると、だんだんそんな気がしてきた。


・・・そんな自分は、死んでしまえばいいかもしれない。


さっきから、自分の事ばっかり考えて、彼女のことを考えていなかった。
・・・そんなことに、たった今気づいた。

彼女の気持ちも考えずに、自分が嫌だとか、嫌われてるんだろうなとか・・・。



彼女を傷つけておいて、自分の事ばかり。
謝る事も出来ずに、ウジウジ考えてて・・・行動もできない。



・・・最低だ。

クズだ。バカだ。愚か者だ。






そう思ったとき、目の前に青い炎がゆっくりと通り抜けていった。


「ひっ・・・!?」


その瞬間、力が抜けて、腰が地面に降りてしまった。
背中に薄ら寒いものが走って、汗が出てきた。


頭の中が真っ白で、一瞬それが何だか分からなかった。





しばらくして我に返ると、落ちた提灯が草を照らしているのが視界に入った。
ナズーリンは歩みを止めていた。


・・・でも、やっぱり何も言わなかった。



提灯も、もちろん拾ってくれるはずもなく。

心配の言葉を掛けてくれるはずもなく。

不安そうに歩み寄ってくれるはずもなく。





・・・心臓が、締め付けられるみたいな感覚。
そんな気持ちを押し殺して、黙って提灯を拾って立ち上がる。



「・・・ふふっ。大丈夫かい?やっぱり怖かったんだな。
 全く、先に言ってくれたら良かったのにな・・・。」



そんな事を、言われたら・・・良かったのに・・・。


それなのに、彼女は黙ったっきりだった。
もう、「ごめんね」を言うチャンスなんて、跡形もなくなっていた。


頭も、胸も、締め付けられるように痛かった。
目頭が熱くなって、涙が零れそうになった。




もう、一緒に笑うことなんて、できないのかな・・・。






袖で顔をぬぐって、再び歩を進めた。



彼女は相変わらず、黙って付いてくる。
距離も離れたまま、無言で・・・。







彼女は・・・今何を考えているんだろう・・・。










・・・しばらく薄暗い林道で、草を踏みしめて歩いていると、
灯篭に囲まれた薄明るい屋台が見えてきた。


・・・きっと、チェックポイントだ。



「リアっ、もしかしてあれじゃないだろうか。」




・・・いつもなら、指を指して笑顔でそんな事を言ってくるんだろうな。


なんてね・・・。
本当に・・・くだらない妄想だな・・・。




遠くの方を軽く見てから、すぐに屋台に視線を戻す。





屋台ののれんを二人でくぐると、中には狸の着ぐるみを着た人がいた。

「やあ!お疲れ様!ここから先は、いっぱいお化けが出るよ!
 あと、ハンコはどこかに隠されているから、それを次の屋台で渡してね!」

「・・・そうか。どうも。」


そんな事を高い声で言いながら、ナズーリンが素っ気無く差し出した
スタンプ用紙にぺたりとハンコを押す着ぐるみの人。




・・・用紙を横目で見ると、ハンコは全部で四つ分あった。





「じゃあ、がんばってねー!」



屋台を後にすると、そんな高い声が後ろから背中を押した。




あと三つ。

たった三つなのに、とても多くに感じられる。




二人とも、明かりの薄いどす暗い林道へ、ゆがんだ提灯一つで踏み込む。
深淵。そんな表現がふさわしいかもしれない。



暗闇は重くのしかかるように、歩みを遅くする。









・・・遠くで、カエルの声が聞こえてきた。





つづけ