東方幻想今日紀 百三話  お祭り雑踏、花交々

「すごい屋台の数だねー・・・人の数も・・・。」
「・・・ああ、本当にすごいな・・・。」

「二人とも、はぐれないでくださいよ?」


「・・・子ども扱いか、ご主人。」

「いえいえ、私もはぐれそうですから。そのぐらいすごい人の数ですよね・・・。」




七月のからっと晴れた日の夕暮れ、むしっとした嫌な暑さはない。


寅丸さんが言うとおり、
大人でもはぐれてしまいそうなほどの賑わいっぷりだ。

あちらこちらに、わたあめやらヨーヨーやらの屋台が見て取れる。
いろんな看板が目立とうとして、それぞれが激しく視界を争っている。


今、俺はナズーリンと寅丸さんとの三人でお祭りを楽しんでいる。
その名も冷涼祭。守矢神社主催のお祭りだ。



・・・何故この三人で行動しているのか。


・・・それは、三交代制で屋台の焼きそばを販売するからだ。
だから、ある程度の時間になったら戻る。それまでの散策だ。



「・・・ところで、丙さんの着付けは中々大変でしたね。」

しばらく歩いたところで、寅丸さんが困ったことを蒸し返すようにして切り出した。


「・・・ああ、全くだ。だが、彼女も可愛いところがあるんだな。
 中々見られない貴重な瞬間ではあったがな。」


ナズーリンも、それに対してくすっと笑いながら返す。





・・・そう。話はさかのぼる事三時間になる。





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お祭り出発直前の、浴衣のお披露目会。


みんなが浴衣に身を包んで、凄く華やかな感じだった。

特にぬえなんか、もともと持ち合わせていた黒髪と綺麗に合っていて、
正に和服美人って感じの言葉が似合う感じだった。


一輪さんに至っては、普段頭巾で隠している薄瑠璃色の長い髪が
少しだけ大人の雰囲気をかもし出していた。

片側で束ね、ポニーテールにしていたので、思わずドキッとしてしまった。



・・・そして。

花が咲き零れるような紺地の綺麗な和服に身を包んで、
照れくさそうに袖元を軽く上げて、小さな体躯をさらに縮込めるネズ耳の少女。




「ど・・・どうだろうか・・・。」



意外にも灰色の髪が浴衣地と合っていて、
おまけに小さな髪留めもしていたので、額が珍しく露出していた。


いつもと違う彼女に、ちょっと、平常心ではとても居られそうになかった。



・・・もちろん、そんな様子で俺が彼女をまともに見れるわけがない。



「・・・うんっ、いいと思うよ。」


何だろう・・・ちゃんとした言葉が、声になって出てこない。
もっと、しっくり来る言葉があるはずなのに。


「リア君、もしかして浴衣の女の子見るの初めて?
 目が完全に泳いじゃってるよっ?」


そんなはずあるかい。


ただ、あまりにもその様子が可愛すぎて・・・
凝視なんてもっての外、まともに見ることすら恥ずかしい。


丙さんめ・・・俺がまともに見れないのをいいことに・・・。


あれ・・・そういえば・・・。



「・・・丙さんは、浴衣着ないの?」


一応、丙さん以外みんな浴衣だけど・・・。
一方の丙さんはいつもの肘膝露出の赤ライン入りぱっつん服。


「・・・ん?私はこの格好でいいんだよっ。
 それにほら・・・こういう格好って・・・その・・・恥ずかしいし・・・。」


「「「えっ?」」」


俺だけじゃない。
一同が同じ顔で大量の疑問符を浮かべていた。


普段あれだけ卑猥な発言、行動を繰り返している彼女の一体どこに、
浴衣を恥ずかしいと思う羞恥心があったのか不思議でしょうがない。


というか、そんな彼女から「恥ずかしい」
なんて言葉を聞く事は今までまるで想像が付かなかった。


「・・・待て。浴衣のどこが恥ずかしいのか言ってみるといい。」


ナズーリンが厳しく待ったを掛けた。

・・・もう丙さんは逃げられない。空気的に。



「いや、その・・・体にぴったりと張り付いていない服は・・・
 今まで・・・着たことが無くて・・・だっ、だから、恥ずかしくて、着れない・・・。」


やばい。顔を真っ赤にしてる丙さんなんて、
生きているうちに見れるとは思わなかった。
おまけに、軽く口ごもっている。

・・・これは、録画録音して大量に焼き増しするべきなんじゃないだろうか。


はっきり言って、丙さんにとっては嫌な空気だが、これは仕方が無い。


だって、これは・・・。


「・・・よし、皆丙を押さえてくれ。無理矢理着替えさせるぞ。
 リアは部屋から出て行ってくれないか?」

「承知。」



・・・俺は敬礼のポーズをとって、素早く広間を後にした。




一応その後着付けが終わって、丙さんの様子を見に行った。

彼女は本当に恥ずかしかったらしく、しばらくの間
隅っこでひたすら縮こまって、時折恥ずかしそうに辺りを確認していた。

俺が面白がって話しかけに行くと、彼女は小声で「お願いだから見ないで・・・」
と、そのままの格好で軽く上目遣いで言ってくる。

やばい。可愛い・・・。


・・・まさか丙さんをこんな形で可愛いと思う日が来るとは。


独特のクセが入った灰味のかかったペールピンクの髪と、
なで下ろせるような体型と合わせて、
浴衣のほうは普通に似合っていると思うのだが。

・・・ただ、本人のリアクションのせいで、完全に霞んでいた。


普段とのギャップがあまりにも酷すぎる。
むしろ、こんな状態の子をいじり倒すくらいの人だったのに。



・・・結局、彼女は俺が見ている限りではまともに動こうとしなかった。
多分俺だったら、メイド服とか着せられたらそうなる。

あれは、そこまでの恥ずかしがり様だった。





・・・回想はここまで。




・・・今は丙さん、向こうの方で屋台とかやってるんだろうか。
あの状態で接客をやらされるのは、なんともかわいそうだけど。


・・・いや、さすがにもう吹っ切れているだろう。




ところで、今寅丸さんとナズーリンはどこに行こうとしているんだろう。

お祭りなのに今のところ何を買うでもなく、
ただ雑踏の中を掻き分けて目的地に行こうとしている。



「・・・あのー、そういえば今はどこに向かっているんですか?」


「今は本殿の方に向かっています。色々な催し物があるんですよ。」


俺がいぶかしげそうに訊くと、寅丸さんが笑顔でそれに答えた。



なるほど、イベントが向こうであるのか。納得。
それに、確かにお好み焼きとか、から揚げとかは向こうで食べればいい。


「・・・ご主人、そういえば今の時間は何をやっているんだ?」


ナズーリンが寅丸さんに、何の変哲も無い質問を投げかける。


「・・・今は・・・『お化け屋敷』ですね。」

「ふうん、良いじゃないか。涼しくなりそうだしな。
 守矢神社のお化け屋敷と訊くと、非常に手が込んだものが期待できそうだ。」


・・・ただ、答えが。


額に冷たいものが伝う。
・・・冷や汗だ。



まだ命蓮寺の誰にも言った覚えが無いが、
こういう肝試しとかホラーとか、凄く苦手だ。


命蓮寺は、立地がひそかに墓地の近くだ。というか寺だから仕方ない。
だから、改築の際に、一番墓地から遠くなるように部屋を頼んだ。

・・・もちろん、理由は朝日が入るからと東窓の一番遠い部屋を選んだ。




そのくらい苦手なのだから、はっきり言ってものすごく逃げたい。

・・・でも、意気地なしと思われるのも嫌だ。


いかに自然に、逃げるか。


今のタイミングで焼きそばの手伝いに行きたいとか言い出したら、
寅丸さんはともかく、勘のいいナズーリンには気づかれてしまう。


さて・・・どうやってこの状況を切り抜けようか・・・。


「・・・ただ、残念ながら二人ずつって書いてありますね・・・。
 私は、もともとこういう物が得意じゃないので、二人で楽しんできてくださいね?
 私はその間、出口で何か買ってきて待ってる事にします。」


なんと、寅丸さんが先手を取りました。


畜生・・・寅丸さんのパンフを俺が持ってればっ・・・!!
先手が打てたはずなのにっ・・・!!


むしろ、三人じゃなければまだ逃げようがあったかもしれない。
二人組なので四人じゃなくて、五人。


どうして二交代制じゃなくて三交代制にしたんだろうか・・・。
本当に恨めしい・・・。


小傘の言ううらめしやとは比べ物にならないほどうらめしい。
いや、というかあれは恨めしいからそう言ってるんじゃないだろうけど。

むしろ、彼女は多分意味を知らずに言っている。だって小傘だから。



「・・・わかった。それなら私とリアで行ってくるよ。
 リア、君はこういうものは別に大丈夫だろう?
 特にそういう話は君から聞いた事がないし・・・。」


そりゃそうだ。言った覚えが無いのだから。


とりとめも無い事を考えていると、逃げられなくなってしまった。
ナズーリンはむしろ楽しそうにしているし、もう無理だなんて言えない。 


「・・・そうだね。大丈夫だよ。」

全然大丈夫じゃないけど。むしろダッシュで逃げ出したい。



「よし、決まりだな。ご主人、私はわたあめがいいな。
 ほら、リアも何かご主人に買ってきてもらうといい。」

「・・・えっと・・・オムラ・・・じゃなくて、お好み焼きで。」


「はい。わかりました。待ってますね。」



いかんいかん。頭がおかしくなってきたのだろうか。
オムライスなんて幻想郷にはなかったはず。






・・・冷や汗の量が、いよいよ尋常じゃなくなってきた。






つづけ