東方幻想今日紀 百一話 異変を終えて、さあ謎解き

「わあっ・・・本当にリア君をそっくりそのまま
 女の子にしたみたいだねっ・・・!
 この目元なんかもう完全にそっくりで・・・!」


今目の前で黒髪で猫耳の少女の頬を
目を輝かせながらつついたり触ったりしている
背丈の小さな赤帽の女の子、丙さん。




俺はそんな二人の少女が今俺が使わせてもらってる客間で
小さめの本を片手に横目で見ていた。


その横でその様子をにこにこ眺めている
紺色ぱっつんの幼女。

彼女の名前は「のの」といった。





「・・・まあ、そりゃ平行世界の俺だから当たり前ですよね。
 というか、いじりすぎじゃ・・・。」



東雲 小春(しののめ こはる)。
 
今ほっぺをパン生地をこねるレベルでいじられている女の子だ。
中二病罹患者。二人でいるとすごく恥ずかしい。

軽く嫌そうにしているが、こいつだから問題ない。


・・・だって、「俺」なのだから。



あの一件以来、ずっと消息を絶っていた
丙さんの暇つぶしになるのなら、そんなの軽いものだ。



でも、これはさすがにいじりすぎだろ・・・。






「ひわっ・・・!?ちょっ・・・そこはやめろっ・・・!
 おいっ、助けろののっ、秋兄っ!!やぁっ・・・。」

「・・・ふーん・・・?
 結構ちっちゃいのに感度は良いんだね?
 もっと声出していいんだよー・・・?」




丙さんの手が小春の胸に行った。

あまり大きめではない双丘が
黒い直垂の上から同じ抑揚で弄られる。
小春の口から押し殺した声とも息ともつかぬ音が漏れる。




・・・正直、小春に対してはまったく平常心なのだが、
いやらしい笑みを浮かべて丙さんが発する淫靡な声が、
まるで自分に言っているかのように聞こえて気が気じゃなかった。



ののはそんな様子をにこにこと眺めている。
全く助ける気が無いのが、らしいといえばらしい。





・・・とりあえず、自分の精神衛生的に丙さんを軽く制止した。
丙さんは少しだけ満足したような表情を見せた。



もしかしたら、俺には想像もできないほど
途轍もなくストレスがたまっていたのかもしれない。







・・・そんなとりとめも無い憶測を頭で考えながら、
俺は彼女に遅れた「おかえり」を言った。






・・・丙さんは笑顔でちょっとだけ首をかしげた。







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「・・・残すところ、あと一つだな。」

「・・・え?」




同日、ナズーリンと一緒に夕食の準備をしていると、
不意に彼女が話しかけてきた。


俺は小さなじゃがいもを洗う手を止めて目をまたたかせた。




「刻印の異変も無事に解決して・・・。丙が戻ってきて・・・。
 ・・・でも、君は徐々に妖怪になってきているんだろう?
 完全に妖怪になるまでまだ時間があるようだが・・・
 妖怪になると、元の世界に戻れなくなるんだろう・・・?」


心配なのを隠すようにして、語勢をちょっと強めて言う彼女。
こちらの目を見ようとせず、手も止めずに彼女は訊いてきた。



妖怪化したら元の世界に戻れない。



・・・前は俺もそう思っていたけれど、実はちょっと違う。





「・・・妖怪化が進んでいるから、
 もし戻れたとしても戻れないよ。
 向こうで妖怪化したら・・・それこそ困るからね・・・。」


そう。妖怪化が進んでいる以上、俺は戻るわけにはいかない。
もし向こうにいる間、完全に妖怪にでもなったりしたら大変なことになる。


そんな事を俺がしゃべる間、
ナズーリンは口を硬く噤んで黙っていた。


何か言おうとしているのだけど、彼女は言葉にして言わなかった。
黙々と片手で包丁を動かしていた。


何を考えているのか・・・。
そんなの、大体見当がつく。


・・・でも、どうして黙っているかはわからなかった。



「・・・うれしいのを照れくさくて言えないんですよ、きっと。」
「え?そうなの?」


なるほど、さすが彼我さん、心の動きにすごく詳しいなあ・・・・。


「・・・いきなり現れたと思えば、死にたくなったのか。
 全く・・・ご苦労な事だな君は。さて、どこを刺されたいんだ?」

「・・・って、彼我さん!?いつの間に?」


真後ろには、どこからとも無く現れた包帯の少女の顔があった。
おかげで洗っていたじゃがいもを落としました。

俺は悪くありません。奴です。


「物騒な真似はやめてくださいよもう・・・。
 あなたの考えていること、今ここで言ってあげてもいいんですよ?」


彼我さんが意味深な笑顔で脅しを投げる。
最近わかったのだが、彼我さんは基本、質問に一切答えない。


聖さん曰く、彼女の悪い癖なのだそうだ。



「はん・・・そんな脅しが私に通じると思ったのかい?
 それよりも、その減らず口を縫うのが先だろうか・・・?」


そして、ナズーリンがここまで殺気立っているのはなんでだ。
何か彼我さん、悪いこと言ったかな・・・?



「・・・ふふっ、じゃあ、今すぐあなたを眠りの底に突き落として、
 寝言で、それもあなたの言葉で素直に話して頂きましょうか?」

「ぐっ・・・!?」


ナズーリンが顔を引きつらせて短く声を詰まらせる。

彼我さん怖ぇ。そんなことも出来たっけそういえば・・・。
なんて恐ろしい夢魔なんだ。


でも、ナズーリンの本音も気になるな・・・。
何を隠したかったんだろう・・・?



・・・ここで、ひとつの疑問が。



「・・・彼我さん、刺されても夢魔って死ぬんですか?
 夢が主な住処なんですよね?」


ナズーリンのセリフが脅しにならないなら、
彼女はあんなどすの利いた反論をすることは無かっただろうに。


「・・・いや、実体はあるのですから、そりゃ死にますよ。
 ただ、夢の中でも実体でしか存在できない、それだけです。」


・・・?死ぬということは驚きだけど・・・。
全然言っていることがわからない。


「・・・それは、どういう意味なんだい?」


ナズーリンが俺の代わりをするかのように、
語勢を弱めて彼我さんに問いを投げかけた。

もう、敵意らしきものは彼女の顔には無い。


「・・・つまり、あなた達は夢の中で刺されても、
 現実世界に引き戻されるだけで死にませんよね?
 それは、夢を見るということは、あなたの精神だけが
 一人歩きして、夢の世界で存在しているだけなのですから。
 でも、私は自分の体ごと、夢の世界で存在できるのです。
 逆に言うと、私、夢魔は夢を見ることが出来ません。
 精神だけを夢の中で存在させることが出来ないからなのです。」


指をピンと立てて、笑顔で説明をする彼我さん。

なるほど・・・
夢魔ってもしかしたら凄く不便なのかもしれない・・・。
もし、夢の中で殺されちゃったら・・・そのまま死んでしまうわけだし・・・。



「・・・なるほど。ところで、君は何しに来たんだい?
 もちろん目的は挑発ではないだろう?」


ナズーリンが腕を組んで、いぶかしげそうに彼我さんに尋ねる。
料理の手が止まっているあたり、よほど気になるんだろうか。




「・・・はい。面白いことがわかったので、報告に来たのです。」

「「・・・面白いこと?」」


思わず二人で彼我さんに食い入るように訊く。
その様子が面白かったのか、彼我さんはくすっと笑った。




「・・・リアさん、あなたの刀、深水さん・・・夢を見ますよ?」

「えっ・・・!?深水が!?」


深水が意思を持ってるのはわかったけど・・・。
まさか夢まで見るとは・・・。


「・・・ええ。最初は意思を持っているとはいえ、刀ですから、
 夢なんか見ないと高をくくっていたのです。
 妖刀の一部は意思を持っても夢なんか見ません。刀ですから。
 でも・・・深水さんは夢を見ます。」


「・・・つまり、深水は刀じゃないってことですか・・?」


俺がそんな事を尋ねると、彼我さんは少しだけ返答に窮した。



「・・・まあ、少なくとも人妖神のいずれかが作った代物ではありませんね。
 あるいは、人妖神が何らかの出来事で
刀の形になってしまったのかもしれません。
 つまるところ、普通の刀ではないか、それとも刀ではないか・・・。
 そのどちらかでしょうね。どっちつかずな答えになりましたけども・・・。」


そうなのか・・・まあ、ただの刀じゃないことは想像がついていたけど・・・。
本当に、深水はわからない事だらけだな・・・。


「・・・ところで、深水はどんな夢を見ていたんですか?」


はっきり言って、深水が何の夢を見ていたかは凄く気になる。
もしかしたら、深水の正体がわかるような夢かもしれないし・・・。


「・・・どうしても、聞きたいですか?」


少しだけ間を置いて、言いづらそうに彼我さんが呟く。
・・・なんだなんだ。いったいどんな夢なんだ。



俺は首をコクコクと縦に振った。


彼我さんは、俺の目をちらっと見て、軽いため息をついて口を開いた。






「・・・あなたにひたすら、謝っていました。
 任務を遂行する、使命を果たすためと、謝っていました。
 たった・・・それだけの夢でした。」


「・・・!?」



重々しく言う彼我さんの様子が、背筋を掻きなでる様だった。


・・・どうして俺に・・・?
謝ることなんて、無かったはずなのに・・・。


もしかしたら・・・これからの事を・・・。



考えていると、どんどんと寒気が強くなってくる。
間違いなく、これは悪寒だ。


「・・・あっ、夕飯の準備の邪魔をしてしまいましたね。
 では、私はそろそろ・・・。」



そう言うが否や、
彼我さんはすっと霧が晴れるようにいなくなってしまった。


二人、台所に取り残された。
そんな空気が、周りを包んでいた。


俺はじゃがいもを拾い上げ、黙々と洗い出した。


もちろん、頭の中はさっきの深水の夢のことでいっぱいだった。



ナズーリンは、その様子を不安そうにちらちらと見ていた。
何も言わないのが一番いい、そう判断したのかもしれない。


彼女も、鍋と包丁の同時作業を再開した。






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会話いっぱいの楽しい夕飯を終えて、
客間で寺子屋の子供たちの答案を持ち帰って一人で採点をしていた時のこと。


とある生徒の回答が目に付いた。





問題は、「あなたがともだちとけんかしたら、どうする?」
といった内容だった。


答えは与えられていなくて、採点者の自己判断だった。









・・・その解答には、こんなことが書かれていた。







『次もけんかできるように、ずっとともだちでいる。』







「・・・。」








俺は羽ペンで、紙の上にきれいな丸を描いた。







つづけ